アルベール・マルケ展|フォーヴィスムと水辺の風景、見どころを初心者向けに解説【SOMPO美術館】

SOMPO美術館アルベール・マルケ展の展覧会看板

SOMPO美術館の開館50周年記念「アルベール・マルケ展」は、2026年9月22日から12月13日まで開催されます。国内では35年ぶりとなる本格的なマルケ回顧展で、ボルドー美術館、ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館、ブザンソン美術考古博物館などの重要コレクションを中心に、初期から晩年まで約90点が集まります。

マルケの風景は、一見すると穏やかです。セーヌ川、橋、港、船、道、遠くの建物を簡潔に描きながら、川や岸壁の斜線、橋の水平線、建物やマストの垂直線で強い骨格をつくります。その上に灰色を含む微妙な色調と、数本の筆で描かれた人や船を置きます。目の前の風景から要素を選び、少ない線と色で都市の空気まで成立させる「省略の精度」が、マルケの大きな魅力です。

SOMPO美術館の外観とアルベール・マルケ展の入口
SOMPO美術館外観。アルベール・マルケ展初日の2026年9月22日に撮影。

実際に行ってわかったこと

9月22日正午ごろの混雑と鑑賞時間

2026年9月22日の初日に訪問しました。12時ごろに入館し、13時15分ごろまで鑑賞しました。入場待ち、展示室内の鑑賞列ともにゼロでした。1作品の前に多いときでも2〜3人ほどで、待たずに自分のペースで作品を見ることができました。ミュージアムショップには列ができていました。

SOMPO美術館の展示室入場口
SOMPO美術館の展示室入場口。正午ごろは待ち時間ゼロで入場できました。2026年9月22日撮影。
SOMPO美術館ミュージアムショップの列
ミュージアムショップ付近の様子。展示室は待ち時間ゼロで、ショップには列ができていました。2026年9月22日撮影。

再入場は不可です。館内には無料Wi-Fiがあり、無料ロッカーは硬貨不要で使えます。各フロアにトイレがあります。紙の作品リストに加えて電子作品リストも用意され、鑑賞ガイド冊子も配布されていました。

SOMPO美術館の無料ロッカー
SOMPO美術館の無料ロッカー。硬貨不要で利用できました。2026年9月22日撮影。
アルベール・マルケ展の鑑賞ガイド冊子
会場で配布されていたアルベール・マルケ展の鑑賞ガイド冊子。2026年9月22日撮影。
アルベール・マルケ展の音声ガイド案内
アルベール・マルケ展の音声ガイド案内。ナビゲーターは増田俊樹さん、貸出料金は700円、収録時間は約30分。2026年9月22日撮影。

館内の動線と撮影

入館後はエレベーターで5階へ上がり、5階から3階までの展示室を順に鑑賞します。その後は2階のミュージアムショップを通り、1階の出口へ進む流れです。基本の移動は階段ですが、希望者はエレベーターも利用できます。

アルベール・マルケ展ミュージアムショップ
アルベール・マルケ展のミュージアムショップ。展覧会関連グッズや図録が並んでいました。2026年9月22日撮影。
SOMPO美術館2階カフェのメニュー
SOMPO美術館2階「Café du Musée」のメニュー。2026年9月22日撮影。

会場内には撮影可能な作品があり、撮影可能表示のある範囲で作品や展示室を撮影できました。建物外観や館内設備も含め、来館時の様子を記録しています。

SOMPO美術館収蔵品展示室の様子
SOMPO美術館収蔵品展示室の様子。2026年9月22日撮影。
ポール・セザンヌ りんごとナプキン SOMPO美術館収蔵品
SOMPO美術館収蔵品、ポール・セザンヌ《りんごとナプキン》。2026年9月22日撮影。
フィンセント・ファン・ゴッホ ひまわり SOMPO美術館収蔵品
SOMPO美術館収蔵品、フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》。2026年9月22日撮影。

アルベール・マルケ展は何を見る展覧会?

アルベール・マルケ(Albert Marquet、1875–1947)は、1905年のサロン・ドートンヌでアンリ・マティス、アンドレ・ドラン、モーリス・ド・ヴラマンクらとともにフォーヴィスムの画家として注目された人物です。強烈な原色を前面に出した時期は短く、やがて観察を土台にした簡潔な構図、灰色や青、緑などの中間色、水辺を見下ろす視点へと表現を深めました。

今回の回顧展では、フォーヴィスム期から約50年に及ぶ制作をつなげて見ることができます。SOMPO美術館は、1898年の《裸婦、通称フォーヴの裸婦》、1906年の《ル・アーヴル、船渠》、1909年の《ナポリ、帆船》、1912年の《ルーアン、ボワエルデュー橋とパリ河岸、快晴》、1916年の《マルセイユの馬》、1926年の《ラ・グレットの窓》、1935年の《ル・ピラ》、1940年の《ポン=ヌフとサマリテーヌ》、1942年の《税関、港の煙》などを主な作品として挙げています。年代を追うと、色使いが変化しても、形を単純化し、画面を大きな線と面で組み立てる関心が続いたことが分かります。

油彩に加えて約25点の素描類も展示され、素描は前期(11月1日まで)と後期(11月3日から)で展示替えがあります。油彩に登場する人物や船の小さなシルエットと、日頃のデッサンで培われた線とのつながりも見どころです。

アルベール・マルケとは誰か

マルケは1875年、フランス南西部の港湾都市ボルドーに生まれました。1890年に母とパリへ移り、美術教育を受けるなかでマティスと出会います。その後、国立美術学校のギュスターヴ・モロー教室で学び、マティスのほか、アンリ・マンガン、ジョルジュ・ルオー、シャルル・カモワンらと交流しました。

1901年からアンデパンダン展、1904年からサロン・ドートンヌに参加し、1905年のサロン・ドートンヌでは、マティス、カモワン、ドラン、マンガン、ヴラマンクらと同じ第7室に作品を出しました。この部屋の激しい色彩を見た批評家ルイ・ヴォークセルの「フォーヴ(野獣)」という言葉から、フォーヴィスムという呼称が広まります。

マルケの主要な仕事は風景です。パリのセーヌ河岸、ノルマンディーの港、南仏、ナポリ、ヴェネツィア、アルジェなどを旅し、水面と都市が接する場所を繰り返し描きました。ボルドー美術館は現在、120点を超えるマルケの絵画・素描を所蔵する基準的なコレクションを形成しています。同館やル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館の研究では、水と船への関心は港町ボルドーで過ごした幼少期までさかのぼるとされています。

マティスとの関係とフォーヴィスムの出発点

マティスとは生涯の友人だった

マティスとマルケは若い時期から一緒に学び、互いの作品を近くで見てきました。ボルドー美術館は、マティスが新印象派などの実験を経て強い色彩へ進み、その経験がマルケにも刺激を与えたと説明しています。1898年の《裸婦、通称フォーヴの裸婦》は、アカデミックな裸婦習作という主題を保ちながら、局所色から解放された明るい色を試した早い例です。

アルベール・マルケ 裸婦 通称フォーヴの裸婦 会場展示
アルベール・マルケ《裸婦、通称フォーヴの裸婦》の会場展示。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

二人は親しく交流しながら、それぞれ異なる画風を深めました。マティスは色面の自律性をさらに押し広げ、室内、人物、装飾を大胆な色の関係へ組み替えていきます。マルケは色を現実の再現から解放する考えを学びつつ、街路や川、港を観察し、その構造を短い線と色面へ整理する方向へ進みました。

フォーヴィスムとは何か

フォーヴィスムは、20世紀初頭のフランスで現れた短期間の前衛的な動きです。自然の色をそのまま写すより、強い純色、自由な筆触、単純化した形を使って画面そのものの力を高めました。メトロポリタン美術館が整理するように、フォーヴの画家たちは1905年前後に似た問題意識を共有したゆるやかな集まりで、各自が独自の方向へ展開しました。

印象派が光によって変わる見え方を細かな筆触や色の分割で追ったのに対し、フォーヴィスムでは色が現実の物体からさらに自由になります。赤い地面や青・緑の影など、自然の色から離れた配色も画面全体の関係を優先して用いられました。マルケもこの自由を経験し、鮮烈な色そのものより、色を絞りながら構図を強くする方向へ進みました。

印象派からフォーヴィスム、キュビスムへ続く大きな流れは、当サイトの「国立西洋美術館で学ぶ西洋美術史」でも整理しています。

なぜフォーヴィスムの代表作家から独自の道へ進んだのか

マルケの後半生には、フォーヴィスムの経験が形を変えて残りました。2016年にパリ市立近代美術館で開かれた大規模回顧展は、マルケがフォーヴィスムから受け継いだものとして、形の単純化、色の相対的な自立、素早く描いたように見える即興性を挙げています。マルケが重視したのは、強い色の衝突より、対象の要点を残す色調の調和でした。

ボルドー美術館もマルケを「より穏健なフォーヴ」と位置づけています。1906年にラウル・デュフィとノルマンディーで制作した時期にも、デュフィの活発な筆触と鮮烈な色に比べ、マルケは抑えた色を好みました。原色の激しさを抑えながら、形を大きくまとめること、色を写実から解放すること、少ない筆数で画面を成立させることを残しました。

その成熟した答えの一つが「マルケのグリ(灰色)」です。灰色には青み、緑み、紫みを含む中間色が重ねられ、霧、雪、曇天、川面の光をつくります。強い赤や黒を少量置くと、その小さな色が画面全体を引き締めます。色数を抑えるほど、一色ごとの役割が明確になります。

パリ、セーヌ川、港――なぜ水辺を描き続けたのか

マルケが水辺を繰り返し描いた背景には、三つの要素が重なっています。第一に、港湾都市ボルドーで育ち、水と船が身近だったこと。第二に、20世紀初頭の港が、船、荷役、煙、クレーン、街灯、人の移動が集中する近代都市の舞台だったこと。第三に、水面と岸、橋、船が、マルケの好む明快な構図をつくりやすかったことです。

アルベール・マルケ ル・アーヴル 船渠 会場展示
アルベール・マルケ《ル・アーヴル、船渠》の会場展示。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。
アルベール・マルケ ナポリ 帆船 会場展示
アルベール・マルケ《ナポリ、帆船》の会場展示。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

2016年のパリ市立近代美術館の研究では、マルケは港を、交通と労働が動く現代の景観として捉えています。引き船の煙、蒸気船、荷役の人々、クレーンが港を活気づける一方、画家は細部を省きます。大きな水面と岸壁の形を先に決め、人物や船を短い筆致で置くため、にぎやかな場所でも画面は静かに見えます。

アルベール・マルケ マルセイユの馬 会場展示
アルベール・マルケ《マルセイユの馬》の会場展示。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

水は構図の道具にもなります。セーヌ川の流れを斜めに入れると、目は手前から奥へ自然に導かれます。そこへ橋の水平線を横切らせ、建物、街灯、マストの垂直線を立てる。数本の大きな方向線だけで都市空間が成立します。水面は空や建物の色を受け止める大きな色面にもなり、天候による変化を描く余地をつくります。

窓から見下ろす都市景観

マルケの風景で特徴的なのが、窓やバルコニーからの高い視点です。フランス文化省のJocondeデータベースによると、1905年にパリのグラン=ゾーギュスタン河岸へ移ると、住居の窓からセーヌ川と河岸を何度も描き、1908年にはマティスが使っていたサン=ミシェル河岸のアトリエへ移りました。ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館は、マルケを「窓から描く屋外の画家」と説明し、ノルマンディーで高い視点、切り取り、単純化した形という方法を固めたとしています。

高い場所から見ると、人物の表情や建物の細部は小さくなり、代わりに道、川、橋、岸壁の形がはっきりします。これはマルケの省略に向いた視点でした。同じ窓から描けば、場所を固定したまま霧、雪、晴天、時間帯の違いを比較できます。ルーアンでもホテルの窓から同じ河岸を繰り返し描き、天候で変わる都市の表情を捉えました。

アルベール・マルケ《ラ・グレットの窓》展示風景
アルベール・マルケ《ラ・グレットの窓》の展示風景。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。
アルベール・マルケ《ノートル=ダム大聖堂、陽光》展示風景
アルベール・マルケ《ノートル=ダム大聖堂、陽光》の展示風景。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

一見すると普通の風景画――何がすごいのか

マルケを見るときは、描かれた名所より、画面に残された線と色の働きに注目すると作品の構造が見えてきます。実際の鑑賞で使いやすい視点は次の五つです。

  1. 川・道・岸壁の斜線を探す。 画面の奥行きは、一本の大きな斜線でつくられることがあります。セーヌや港では、その斜線に橋の水平線が交差し、画面の骨格になります。
  2. 灰色の中の色を見る。 青、緑、紫、黄を含む中間色が隣り合い、空気や水の温度を変えています。鮮やかな赤や黒がごく小さく置かれている場合、その位置を見ると色の設計が分かります。
  3. 人、車、船を「数本の線」として見る。 小さな人物は、傾きや一筆の輪郭だけでも歩く方向や速度が伝わります。マティスがマルケを北斎になぞらえた背景には、こうした線の簡潔さがあります。
  4. どの高さから切り取ったかを見る。 見下ろす視点では、屋根、道路、水面が広く見えます。画面の切れ方から「室内の高い位置から外を見る」感覚も読み取れます。
  5. 水面の反射と天候を比べる。 マルケは同じ場所を繰り返し描き、木や船の形をある程度保ったまま水面へ反転させることがあります。晴天、霧、雪で構図がどこまで残り、色がどう変わるかを見ると、連作の意味が分かります。

この五点を意識すると、穏やかな景色が、線、色、余白を厳密に選んだ構成へ変わって見えます。細部を削ることで、場所の気配と構図の骨格を際立たせています。

色彩と構図――マルケらしさはどこにある?

ボルドー美術館は1935年の《ル・ピラ》について、マルケの風景では「少ない手段ですべてが語られる」と説明し、空間が連続する面と微妙な色調差で構成される点を指摘しています。これは初期から晩年までを通して見るうえで重要です。

アルベール・マルケ《ル・ピラ》展示風景
アルベール・マルケ《ル・ピラ》の展示風景。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

構図には繰り返し現れる型があります。川や浜辺を斜めに置く、橋や水平線で画面を横切る、木、煙突、マスト、建物の角を垂直に立てる。人や車はその骨格の上を動く小さな記号です。写生のように自然に見えても、画面は強く設計されています。

色も同じです。フォーヴィスム期の純色から成熟期の灰色へ進むなかで、マルケは色の強弱を組み替えました。霧の日は細部を消して灰色の面を増やし、雪の日は白と黒の対比を強めます。南仏や北アフリカでは明るい白や青を使いながら、面の整理と大きな構図の骨格を保ちます。場所ごとの光を描き分けつつ、絵の構造は一貫しています。

アルベール・マルケ《雪と緑色の空、パリ(ポン=ヌフ)》展示風景
アルベール・マルケ《雪と緑色の空、パリ(ポン=ヌフ)》の展示風景。撮影可能作品。2026年9月22日撮影。

他のフォーヴィスム画家と何が違う?

フォーヴィスムの画家たちは、同じ時期に色と形の自由を探りながら、それぞれ異なる方向へ進みました。比較すると、マルケの立ち位置が見やすくなります。

画家・傾向色と画面の特徴マルケと比べるポイント
アンリ・マティス現実の固有色から離れた強い色面を発展させ、人物や室内も装飾的な秩序へ組み替えるマルケも色の自由を共有したが、風景の観察と地形・都市構造を重視した
アンドレ・ドラン/モーリス・ド・ヴラマンク1905年前後に高彩度の色、強い筆触、激しい対比を前面に出したマルケは同じ場に参加しながら、より早く中間色と均衡のある構成へ軸足を移した
ラウル・デュフィ軽快な筆触と明るい色彩を発展させた。1906年にはマルケとノルマンディーで制作した同じ海辺を描いても、マルケは派手な色より形の単純化と安定した骨格を重視した
アルベール・マルケ中間色、簡潔な線、高い視点、斜線と水平線、水辺の反復が特徴フォーヴの「色と形を自由にする」成果を、静かな都市風景の構造へ転用した

マルケは、フォーヴィスムで得た色と形の自由を、静かな都市風景の構成へ転用しました。鮮烈さを抑え、色を絞り、線を減らし、構図を安定させる方向へ進んだことで、成熟期の個性が生まれました。

モネなど印象派との違い

マルケとクロード・モネには共通点があります。水辺を好み、同じ場所を時間や天候を変えて繰り返し、霧や雪、光の変化を描いたことです。マルケが1904年にデュラン=リュエル画廊でモネの《ルーアン大聖堂》連作を見た可能性も、2016年のパリ市立近代美術館の研究で指摘されています。

二人は連作で異なる課題を追いました。モネは同じ対象が時間帯や光でどう見え方を変えるかを追い、短い筆触と色によって形が光の中へほどけるところまで進みました。マルケでは、天候が変わっても川の斜線、橋の水平線、岸の形といった構図の骨格が残ります。変化する大気を描きながら、画面の秩序を保つことが重要でした。

水面の扱いも比較しやすいところです。パリ市立近代美術館は、マルケがさざ波による光の分解よりも、木や岸の形を反射の中にも残し、色の変化を抑えて上下の形を対応させたと分析しています。水面が光の粒になるモネと、画面を二つの面へ分けながら形を反復させるマルケ。実物の前で比べると、同じ「水の画家」でも目標の違いが分かります。

モネの作品を実際に見た際の記録は、当サイトの「国立西洋美術館の無料観覧日でモネを鑑賞」にもまとめています。

日本でマルケの知名度が比較的低いのはなぜ?

マルケがマティスやモネほど一般に名前を聞く機会が少ない背景には、展覧会史と美術史上の位置づけがあります。

第一に、本格的な回顧展の間隔が長かったことです。国立新美術館の展覧会記録には、1991年に伊勢丹美術館で「マルケ展:パリに想いをよせて…色彩の風景詩。」が開催され、その後、松坂屋美術館、奈良そごう美術館などへ巡回した記録があります。今回が「国内35年ぶり」とされるのは、この1991年前後の巡回展以来の規模だからです。現在の幅広い観客が、初期から晩年までをまとめて見る機会は限られていました。

第二に、美術史の教科書ではフォーヴィスムが「強烈な原色」の運動として説明されやすく、成熟期に灰色や中間色を使うマルケは、その典型像から外れて見えます。1905年の歴史を説明するときには登場しても、その後の水辺の風景まで続けて紹介される機会は限られています。

第三に、マティスという巨大な存在の近くで語られてきたことです。SOMPO美術館も今回の見どころを「『マティスの友人』を超えて」と表現しています。2016年のパリ市立近代美術館による100点超の回顧展は、マルケを20世紀絵画の中で独自に位置づけ直す重要な契機になりました。今回の日本展では、その再評価を踏まえた研究成果を国内で実作品と結びつけて確認できます。

35年ぶりの本格回顧展を時系列で見ると何が分かる?

主要作品を年代順に追うと、フォーヴィスム期に始まった色と形の実験が、穏やかな水辺の風景へどう受け継がれたかが見えてきます。

  • 1898年《裸婦、通称フォーヴの裸婦》:マティスらと学んだ時期。アカデミックな主題の中で、のちのフォーヴィスムにつながる大胆な色の実験が始まっています。
  • 1906年《ル・アーヴル、船渠》:フォーヴィスム期の明るい色を保ちながら、港、水面、船という生涯の主要モティーフがはっきりします。
  • 1909年《ナポリ、帆船》:旅先の港を描き、水面を大きな色面として扱いながら、船と岸を簡潔に配置する方法が成熟します。
  • 1912年《ルーアン、ボワエルデュー橋とパリ河岸、快晴》:高い視点、川と橋、都市の動きを組み合わせる構成が明快になります。同じ場所を天候違いで描く連作的な関心も確認できます。
  • 1916年《マルセイユの馬》:第一次世界大戦期に滞在した港町で、近代都市の生活を少ない線と色へまとめます。
  • 1926年《ラ・グレットの窓》:窓そのものや室内から外を見る構図が前景化し、遠景との距離が画面の主題になります。
  • 1935年《ル・ピラ》:鮮烈な原色を抑え、面の配置と色調差で空間をつくる方法がさらに洗練されています。
  • 1940年《ポン=ヌフとサマリテーヌ》、1942年《税関、港の煙》:晩年にも橋、港、水面、煙という長年のモティーフへ戻り、少ない要素で都市の時間と空気を組み立てています。

色の強さが変わっても、「単純化」は一貫しています。初期の純色は成熟期に微妙な灰色や青へ置き換わりますが、形を大きく捉え、数本の線で空間を組み立てる姿勢は続きます。今回の約90点を時系列で見ると、フォーヴィスムの経験が晩年の静かな風景までどう生きたかを確かめられます。

今回の展示で特に注目したい作品

初心者なら、まず《裸婦、通称フォーヴの裸婦》と《ル・アーヴル、船渠》で若い時期の色を見て、その後に《ルーアン、ボワエルデュー橋とパリ河岸、快晴》や《ナポリ、帆船》で構図へ目を移すと、変化をつかみやすくなります。《ラ・グレットの窓》では窓と遠景の関係、《ル・ピラ》では色数を抑えた画面の豊かさ、《ポン=ヌフとサマリテーヌ》では長年描いたパリの水辺が晩年にどう整理されたかを比べられます。

素描も重要な見どころです。前期のみ展示される《幸福な男》(1904年)と、後期のみ展示される《マルセイユ、地中海の港》(1916年)は、少ない線で人物や港の構造を捉える力を確認できる作品です。油彩の小さな人物や船が数筆で生きて見える理由を、素描からたどれます。

アルベール・マルケ展の開催情報

展覧会名開館50周年記念 アルベール・マルケ展
会期2026年9月22日(火)~12月13日(日)
会場SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1-26-1)
開館時間10:00~18:00。金曜日は20:00まで。入場は閉館30分前まで
休館日月曜日、9月24日、10月13日、11月24日。10月12日、11月23日は開館
観覧料一般(26歳以上)2,000円、25歳以下1,200円、小中高校生無料。対象の障がい者手帳をお持ちの方は無料。事前購入券は一般1,800円、25歳以下1,100円
展示替え素描類は前期11月1日まで、後期11月3日から展示替え
公式情報SOMPO美術館「アルベール・マルケ展」公式ページ

観覧料や開館情報は変更される場合があるため、来館直前には公式サイトをご確認ください。展示室が一定の混雑を超えた場合、入場制限を行う可能性があると案内されています。

参考文献・調査資料