山種美術館の開館60周年を記念する特別展第3弾「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ ―横山大観、竹内栖鳳から上村松園、速水御舟へ―」が、2026年10月10日から12月6日まで開催されます。重要文化財の竹内栖鳳《班猫》、村上華岳《裸婦図》をはじめ、横山大観、上村松園、小林古径、速水御舟らの作品約40点が並ぶ予定です。
名品の顔ぶれに加え、コレクションが築かれた過程も本展の軸です。山種コレクションは、山種証券(現・SMBC日興証券)創業者の山﨑種二が、同時代の画家と直接つき合いながら築いた個人コレクションを出発点としています。その形成史には、異なる画壇や世代の作品が一つの美術館に集まった理由が表れています。
ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠは何を見る展覧会?
山種美術館は1966年7月、東京・日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館しました。現在は近代・現代日本画を中心に、古画、浮世絵、油彩画まで約1,800点を所蔵しています。そのうち重要文化財は6点です。
今回の展示は、その約1,800点から近代日本画の代表作を約40点に絞る開館60周年展です。公式に挙げられている主な作品だけでも、竹内栖鳳《班猫》、村上華岳《裸婦図》、横山大観《心神》、上村松園《蛍》、川端龍子《鳴門》、土田麦僊《大原女》、小林古径《清姫》、速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯》などがあります。
京都画壇の栖鳳・松園、国画創作協会を立ち上げた華岳・麦僊、日本美術院で近代日本画を切り開いた大観・古径・御舟など、地域や美術団体を横断して見られる点が、このコレクションの特徴です。山種美術館によれば、こうした近代日本画の主要作家がそろう展示は10年ぶりです。
山種コレクションは誰がつくったのか
コレクションの基礎をつくった山﨑種二(1893~1983)は、群馬の農家に生まれ、15歳で上京しました。親戚の回米問屋で丁稚奉公を経験し、のちに米相場と株式の世界で成功します。
美術への関心は丁稚奉公の時代から育っていました。美術研究誌『國華』の開館60周年特集で紹介された山﨑妙子館長の研究によると、種二は江戸絵画の贋作をつかまされた経験をきっかけに、真贋を確かめやすい同時代の日本画へ収集の軸を移しました。古美術の名品をさかのぼって集めるより、生きている画家本人と会い、その人から作品を求める道を選んだのです。
種二は特定の流派や一人の画家に偏らず、売買益を目的とせず、自分が楽しむために作品を集め、画家の人格を重んじました。この姿勢が、東京と京都、院展と官展、伝統的な画風と新しい表現をまたぐ幅広いコレクションにつながりました。
「画家の人柄」を見た山﨑種二
山﨑種二は「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ」と考え、作品と作家本人との信頼関係の両方を大切にしました。横山大観、竹内栖鳳、川合玉堂、上村松園、小林古径、奥村土牛、東山魁夷らと直接交流しながら作品を集めています。
美術館の創立にも画家との関係が深く関わりました。山種美術館の公式沿革では、大観の「世の中のためになることをやったらどうか」という言葉が、美術館設立のきっかけになったとされています。今回展示される大観《心神》と古径《清姫》は、種二が美術館設立を決意した際に特別に購入を許された作品です。大観《心神》と古径《清姫》は、美術館誕生の経緯そのものを伝える作品でもあります。
大観や古径、御舟が活動した日本美術院と院展の歴史は、山種コレクションと近代日本画の制度・人脈が重なる重要な背景です。
日本初の日本画専門美術館から60年
1966年の開館時、山﨑種二は数百点の個人コレクションを美術館の基礎として提供しました。開館場所は日本橋兜町の山種証券ビルでした。1998年に千代田区三番町へ仮移転し、2009年には渋谷区広尾の現在地へ本移転しています。
所蔵品は開館後も増えました。大きな転機の一つが1976年です。安宅産業の経営破綻に伴い、旧安宅コレクションに含まれていた速水御舟作品105点を一括購入しました。すでに所蔵していた作品と合わせ、御舟作品は120点に達します。現在の山種美術館が御舟の代表作をまとまって所蔵する背景には、この一括購入があります。
館の活動は若手日本画家の支援にも広がりました。「山種美術館賞」を1971年から1997年まで実施し、2016年からは「Seed 山種美術館 日本画アワード」へ継承しました。収集、展示、保存修復、研究に加えて、次の世代の制作を支える活動まで含めて60年の館史がつくられています。
《班猫》《裸婦図》―2件の重要文化財
竹内栖鳳《班猫》―観察から生まれた一匹の猫
竹内栖鳳《班猫》は1924年の作品です。栖鳳は近代京都画壇を代表する画家で、円山・四条派の写生を基礎にしながら、1900年の渡欧後には西洋絵画の表現も吸収しました。
《班猫》のモデルは、栖鳳が静岡県沼津で見つけた猫でした。毛並みや姿に惹かれ、譲り受けて京都の画室で観察しながら制作したと伝わります。細い毛の流れ、振り返る姿勢、緑色の眼まで、動物を一瞬の印象で処理せず、対象を見続けて形にした栖鳳の制作姿勢が表れています。第1回淡交会に出品された作品で、現在は山種美術館を代表する重要文化財の一つです。
村上華岳《裸婦図》―裸体と宗教性を重ねた大正期の日本画
村上華岳《裸婦図》は1920年、国画創作協会第3回展に出品された大作です。国画創作協会は1918年、華岳、土田麦僊、小野竹喬、榊原紫峰らが、既存の審査制度に縛られない発表の場を求めて結成しました。
華岳の裸婦は、西洋絵画の裸体表現とは異なる方向へ展開しています。ふくよかな身体に装身具を配し、インド彫刻や仏教美術を思わせる要素を重ねています。身体性と宗教的な精神性を一つの人物像に結び付けた点に、この作品の独自性があります。2014年に重要文化財に指定されました。
大観・松園・御舟らを「画壇の違い」で見る
約40点の出品作は、画家が作品を発表した場で整理すると、近代日本画の複数の流れに分かれます。
横山大観、小林古径、速水御舟は、日本美術院を重要な活動の場とした画家です。大観は岡倉天心とともに日本美術院の創立と再興に関わり、古径と御舟は再興院展で活躍しました。山種美術館は古径作品を46点(39件)、御舟作品を120点所蔵しており、種二個人の交友と開館後の大型収集の両方が反映されています。
京都では、竹内栖鳳を中心とする京都画壇から多くの画家が育ちました。上村松園は女性像を主題に独自の美人画を確立し、村上華岳と土田麦僊は1918年に国画創作協会を結成します。麦僊は文展の審査への不満を背景に新団体へ進み、華岳は名称の考案や結成理由書の起草にも関わりました。
明治以降の日本画家は、日本美術院、文展・帝展などの官設展、京都の新団体など複数の発表の場を行き来しながら活動しました。文展から帝展、日展へ続く官展の歴史と照らすと、同じ「近代日本画」でも画家が置かれた制度は異なっていました。山種コレクションには、こうした複数の系譜が一つの館に重なっています。
修復後初公開《海寧観潮》―作品を未来へ残す仕事
小室翠雲《海寧観潮》は1922年に制作された、縦120センチ、横240センチの大画面の掛軸です。翠雲は近代南画を代表する画家の一人で、中国浙江省の海寧で知られる銭塘江の潮を題材にしました。
この作品は2025年、バンク・オブ・アメリカの「Art Conservation Project」の助成対象となりました。公開された保存修復資料によると、画面には縦の折れや横方向の皺があり、表具裂の収縮によって軸木にも歪みが生じていました。修復では表具と軸の改善、表面の汚れへの処置などが計画され、作品を長期保存できる状態へ整える作業が進められました。
本展が修復後初公開となります。名品を集めた60周年展の中に保存修復を終えた作品を置くことで、コレクションの価値は、所有、調査、手入れ、そして次代へ渡す仕事によって保たれています。
開催概要
| 展覧会名 | 開館60周年記念特別展3「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ ―横山大観、竹内栖鳳から上村松園、速水御舟へ―」 |
|---|---|
| 会期 | 2026年10月10日(土)~12月6日(日) |
| 会場 | 山種美術館 |
| 住所 | 東京都渋谷区広尾3-12-36 |
| 開館時間 | 10:00~17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日 | 月曜日。10月12日(月・祝)、11月23日(月・祝)は開館。10月13日(火)、11月24日(火)は休館。 |
| 入館料 | 一般1,500円(前売1,300円)、大学生・高校生1,200円(前売1,100円)、中学生以下無料(付添者の同伴が必要) |
| 主催 | 山種美術館、朝日新聞社 |
| アクセス | JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口から徒歩約10分 |
料金・休館日・出品内容は変更される場合があります。上記は2026年9月7日時点の公式情報です。最新情報は山種美術館の展覧会公式ページで確認できます。

