1963年の坂本九「明日があるさ」、1999年結成のクリエイティブチーム・AC部、2010年に生まれた「イルカのイルカくん」、そして2026年のYouTube企画「Re:Re:Re:TUNE」。別々の時代に生まれた作品とキャラクターが、伊勢丹新宿店の展覧会「明日があるっキュー」で一つにつながりました。
展覧会を貫く軸は、1963年の楽曲が2026年に全編手描きアニメーションMVとなり、その映像からさらに99点の平面作品へ展開した「再解釈の連鎖」です。公式が示した発想は、「アニメーションのフレームとフレームの『あいだ』に、実はイルカのイルカくんが存在していたら」というもの。映像のタイムラインに描かれなかった時間へイルカくんを登場させ、新しい一枚の絵として描き出しています。
「明日があるっキュー」は何の展覧会?
AC部展覧会2026「明日があるっキュー」は、2026年9月9日から9月22日まで、伊勢丹新宿店本館6階アートギャラリーで開催された展覧会です。AC部が2026年に制作した坂本九「明日があるさ」のアニメーションMVを起点に、新作ジークレープリントとドローイングを合わせた99点を展開しました。
公式作品ページで確認できる内訳は、「明日があるっキュー」60点、「9月9日まであと何日っキュー」10点、「明日へのドローイングっキュー」29点です。60+10+29で、全99点になります。
中心となる「明日があるっキュー」60点は、MVの静止画をそのままプリントしたシリーズではなく、MVの場面を起点にイルカくんを加え、新しい絵として描き下ろした作品群です。ここを押さえると、本展が「MVの資料展示」ではなく、映像から別作品を生み出す展覧会だったことが分かります。
まずAC部とは何者なのか
1999年結成、「違和感」を軸にするクリエイティブチーム
AC部は1999年結成のクリエイティブチームです。公式プロフィールでは「違和感」をキーワードに、アニメーションやグラフィックなどを通じて、予期せぬ新鮮な視聴覚体験を提供することを掲げています。

代表作にはgroup_inou「THERAPY」、ORANGE RANGE「SUSHI食べたい feat.ソイソース」、『ポプテピピック』の「ボブネミミッミ」、カップヌードル味噌「MISO食べたい篇」などがあります。強い線、誇張された表情、独特の間、既存の映像文法から少し外した動きなどを組み合わせ、広告やMVでも一目で分かる個性を築いてきました。
広告・MV・紙芝居・Web・現代美術を横断
AC部の活動史を見ると、映像を作るだけのチームではないことが分かります。2010年のgroup_inou「THERAPY」では、後に長く展開される「イルカのイルカくん」が誕生しました。2014年の高速紙芝居「安全運転のしおり」は、第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の審査委員会推薦作品に選ばれています。
2019年には「Powder / New Tribe」がアヌシー国際アニメーション映画祭のCommissioned Films部門にノミネート。同年には結成20周年記念公演「AC EXPO’85」を開催し、映像上映、ライブ、高速紙芝居などを組み合わせました。2020年制作のクリープハイプ「愛す」は第24回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員会推薦作品となり、group_inou「HAPPENING」は2025年の東京TDC賞を受賞しています。
「HAPPENING」は、ループするGIFマンガを縦スクロールでつなぎ、音楽の時間軸とマンガの時間軸を交差させた作品です。動画、紙芝居、Web、マンガ、展示へと媒体を移りながら表現を組み替えてきたAC部にとって、MVを平面作品へ変換する「明日があるっキュー」は、それまでの活動ともつながっています。
そもそも坂本九「明日があるさ」とは
「明日があるさ」は、坂本九が歌い、青島幸男が作詞、中村八大が作曲・編曲を担当した楽曲です。1963年12月1日に東芝レコードからシングルとして発売され、B面には「夢を育てよう」が収録されました。

翌1964年4月27日には、日本テレビで音楽バラエティー「九ちゃんの明日があるさ」が始まりました。曲名がテレビ番組へ広がったことからも、当時の坂本九を代表する一曲だったことがうかがえます。
後世のリバイバルでは、ウルフルズが2001年2月16日に「明日があるさ(ジョージアで行きましょう編)」をシングルとして発売しています。1963年の楽曲が別世代のポップミュージックとして再び広く触れられた例で、2026年のRe:Re:Re:TUNEも、その長い再解釈の歴史の先に位置づけられます。
なお、坂本九の海外での代表的な実績であるBillboard Hot 100全米1位は「上を向いて歩こう(SUKIYAKI)」によるものです。「明日があるさ」とは別の楽曲です。
1963年の歌を2026年に再映像化した「Re:Re:Re:TUNE」
「Re:Re:Re:TUNE」は、ユニバーサル ミュージックが2024年11月11日に始動した音楽コンテンツ専門YouTubeチャンネルです。時代を超えて残る名曲と、新しいアーティストやクリエイターを組み合わせ、楽曲を現在の表現へ再解釈することをコンセプトにしています。2025年9月にはチャンネル登録者数100万人突破が発表されました。
その企画でAC部が手がけたのが、坂本九「明日があるさ」のアニメーションMVです。マナセプロダクションの公式紹介では、約2000枚に及ぶ手描きで制作され、全編ワンショットの連続アニメーションとして構成されたと説明されています。セピア調の画面の中で、主人公の日常や心情が連続的に動き続けます。
まずMV本編を見ると、展覧会の平面作品がどこから生まれたのかが把握しやすくなります。主人公、駅、雨、ラブレター、喫茶店といった場面が途切れずにつながる映像です。
AC部側と坂本九側が同じ映像を語る対談
2026年4月28日には、AC部の安達亨と、坂本九の所属事務所・マナセプロダクションの山田昌治による対談「THERE’S ALWAYS TOMORROW | creator interview」も公開されました。Re:Re:Re:TUNE側は、この動画を「明日があるさ / 坂本九 | アニメカバー」を制作したAC部と坂本九側による対談として紹介しています。
坂本九公式サイトは展覧会会期中の記録で、坂本九の歌をそのまま用いて現代によみがえらせたことへの喜びを記し、青島幸男が書いた当時の「明日があるさ」の世界観も大切にされていたと受け止めています。AC部による再解釈が、原曲の世界を壊して置き換える方向ではなく、原曲を残したまま映像表現を加える方向に進んだことが分かります。
制作側と坂本九側が向き合って語る様子を確認したい場合は、この対談が補助線になります。
1963年の歌が2026年の手描きアニメーションになり、その映像が展覧会でさらに平面作品へ移る。「原曲→MV→99点の作品」という三段階の変換が、本展を見るための基本線です。
イルカのイルカくんとは何者?
イルカのイルカくんは、AC部が2010年にgroup_inou「THERAPY」のMVで生み出したキャラクターです。公式設定では9月9日生まれで、職業はセラピスト。2021年には伊勢丹新宿店でイルカくんを主役にした展覧会も開かれており、AC部の活動の中で長く育てられてきた存在です。
今回、その2010年生まれのキャラクターが、1963年の坂本九の楽曲世界へ2026年に入り込みます。記事上の整理になりますが、イルカくんは異なる時代と作品を行き来する媒介役として機能しています。
「フレームとフレームのあいだにイルカくんがいた」
本展で最も重要なのが、「アニメーションのフレームとフレームの『あいだ』に、実はイルカのイルカくんが存在していたら」という公式設定です。
アニメーションは多数の絵を時間の流れの中で連続させ、動きを生み出します。映像を展覧会に持ち込む場合、代表的なフレームを静止画として取り出す方法があります。AC部はそこから一段ずらし、映像で直接描かれていなかった「あいだ」の時間を新たに作りました。
公式作品リストには、「いつもの駅っキュー」「あの子を傘に入れてあげたいっキュー」「ラブレターを届けるっキュー」「初めての喫茶店で緊張するっキュー」など、MVの物語に接続しながら独立した一枚として成立する題名が並びます。イルカくんをフレームインさせることで、同じ物語の中に新しい行動や時間が差し込まれています。
映像を止めて作品化するのではなく、映像に映っていなかった時間まで描き足す。この方法が「明日があるっキュー」の特徴です。
なぜ99点?「九」「9」「キュー」がつながる
展覧会全体には、「九」「9」「キュー」を重ねる仕掛けがあります。坂本九の「九」、イルカくんの口癖「キュー」、イルカくんの誕生日である9月9日、展覧会初日の9月9日、そして99点の作品です。
「9月9日まであと何日っキュー」シリーズは、この数字遊びをそのまま作品化しています。公式サイトに掲載された10点は「あと9日」「あと19日」「あと29日」と10日刻みで続き、「あと99日」までさかのぼります。

タイトルの「明日があるっキュー」も同じ仕掛けの延長にあります。「明日があるさ」という既存の言葉へイルカくんの口癖を重ね、楽曲とキャラクターをタイトルの段階で接続しています。
ジークレーとは?映像が「一枚の作品」になる
ジークレーは、インクジェットプリンターを使った高品質なアートプリントの呼称です。エプソンもジークレー作品を「インクジェットプリンターを使用し、印刷された高品質のアートプリント」と説明しています。美術館のV&Aも、高品質なデジタル・インクジェットプリントがジークレーと呼ばれる場合があるとしています。
今回の公式作品ページでは、「明日があるっキュー」60点は21×29.7cmのジークレープリント、「9月9日まであと何日っキュー」10点は25×25cmのジークレープリントとして掲載されています。一方、「明日へのドローイングっキュー」29点には鉛筆、色鉛筆、オイルパステルなどが使われています。
ジークレー作品はアニメーション原画そのものではありません。MVのシーンを起点に新しい絵として描き下ろし、それを平面作品として成立させたものです。映像が時間の中を流れる作品だとすれば、ジークレー化によって一場面を一枚の物体として鑑賞し、所有できる形へ変換したことになります。
99作品はどう見ると面白い?
全99点を一枚ずつ追うより、3つのシリーズが何を担当しているかを見ると構造がつかみやすくなります。
- 「明日があるっキュー」60点:MVの世界へイルカくんを入り込ませ、映像の「あいだ」の時間を一枚の作品にした中心シリーズ。
- 「9月9日まであと何日っキュー」10点:イルカくんの誕生日と展覧会初日を結ぶカウントダウン。9、19、29……99という数字の仕掛けを視覚化。
- 「明日へのドローイングっキュー」29点:鉛筆、色鉛筆、オイルパステルなどによるドローイング。ジークレープリントとは異なる制作の痕跡を見せる。
「明日があるっキュー」60点の作品名を順に見ると、ステージ、駅、雨、手紙、電話、喫茶店、夢といった場面が連続しています。これはMVの物語をばらばらな図像へ分解したというより、映像の流れを一枚ごとの出来事へ再編集したものと考えると理解しやすくなります。
そこへカウントダウン作品とドローイングが加わることで、「原曲の物語」「MVの時間」「MVの外側にある時間」「制作の手跡」が同じ99点の中に重なります。
なぜ伊勢丹新宿店で開催?
会場の伊勢丹新宿店本館6階アートギャラリーは、「アートを持つ喜びを広げる」をコンセプトに、日本画、洋画、版画、工芸などの展示販売会を週替わりで開催する百貨店内のギャラリーです。
この会場では、作品を見ることと購入することが同じ空間にあります。「明日があるっキュー」も、YouTube上の映像から始まり、ジークレープリントやドローイングという物理的な作品へ移り、さらにソフビや関連グッズへ広がりました。映像、平面作品、商品を連続して扱える百貨店ギャラリーという場所は、本展の媒体横断的な構造とよく対応しています。
AC部は2020年にも日本橋三越本店のコンテンポラリーギャラリーで大規模個展「九越 -Transmorph-」を開催し、2021年には伊勢丹新宿店でイルカくんの展覧会を開いています。百貨店の美術空間は、AC部が映像作品を物理的な美術作品へ展開する場として以前から使ってきた場所でもあります。
現地レポート|9月22日13:30〜14:00に鑑賞
最終日の2026年9月22日、13時30分から14時ごろに伊勢丹新宿店本館6階アートギャラリーを訪れました。入場は無料でした。会場内には常時10〜20人ほどの来場者がおり、壁面の作品を順番に見たり、映像展示やグッズ売り場に立ち寄ったりする人が見られました。

映像と平面作品を同じ会場で見られる
会場には坂本九「明日があるさ」のアニメーション映像を流すモニターがあり、その近くにドローイング作品が並んでいました。記事前半で説明した「原曲→MV→平面作品」という流れを、映像と実物作品を行き来しながら確認できる構成です。

額装作品とドローイングで表情が大きく変わる
壁面には額装されたモノクロ作品がまとまって展示され、テーブル状の展示面には鉛筆や色鉛筆などによるドローイングが並んでいました。完成したジークレープリントと、線や塗りの手触りが残るドローイングを見比べられるのが印象的でした。


最終日13時台は常時10〜20人ほど
9月22日13時30分〜14時の滞在中は、会場内に常時10〜20人ほどがいました。これは最終日のこの時間帯に限った現地記録です。作品前で立ち止まる人が複数いても、展示を順番に見て回れる程度の人出でした。

写真撮影は可能
訪問時は会場内の写真撮影が可能でした。実際に作品、映像展示、作品リスト、グッズ売り場まで撮影できました。撮影条件は会期や展示によって変わる場合があるため、別の展覧会では会場表示を確認するのが確実です。

グッズ売り場にも人が集まっていた
会場奥には関連グッズの販売スペースがあり、Tシャツ、帽子、バッグ、タオルなどが並んでいました。訪問時は作品鑑賞だけでなく、グッズを見たり購入手続きをしたりする来場者も多く、売り場の周辺に人が集まっていました。


現地で見ると「映像→作品→商品」の流れが分かりやすい
実際の会場では、映像を見る場所、額装作品を見る壁面、ドローイングを見る展示面、関連グッズを扱う売り場が同じギャラリー内にありました。YouTube上の映像が平面作品になり、さらに商品へ広がるという本展の構造が、現地では空間そのものとして見えてきます。
開催概要
| 展覧会名 | AC部展覧会2026「明日があるっキュー」 |
|---|---|
| 会期 | 2026年9月9日(水)~9月22日(火・国民の休日)※終了済み |
| 会場 | 伊勢丹新宿店 本館6階 アートギャラリー |
| 通常営業時間 | 10:00~20:00 |
| 最終日 | 16:00終了 |
| 出展 | AC部 |
| 展示 | 新作ジークレー作品を中心とした99点、坂本九「明日があるさ」MV映像展示、「イルカのイルカくん」新色ソフビ、関連グッズなど |
| 協力 | ユニバーサル ミュージック、マナセプロダクション、坂本九音楽事務所 |
主な参考資料
- AC部展覧会2026「明日があるっキュー」公式ページ
- 伊勢丹新宿店「AC部展覧会2026 明日があるっキュー」
- 伊勢丹新宿店 アートギャラリー
- 文化庁メディア芸術祭 AC部プロフィール
- 第24回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門
- AC-bu 現代美術館 展|MoBA
- AC部20周年記念公演 AC EXPO’85
- 坂本九公式 Single Record
- 坂本九公式 Memory 1964
- ウルフルズ「明日があるさ」
- Universal Music「Re:Re:Re:TUNE」始動
- Re:Re:Re:TUNE 公式
- マナセプロダクション「明日があるさ」MV公開
- THERE’S ALWAYS TOMORROW | creator interview
- Tokyo TDC「group_inou / HAPPENING」
- エプソン ジークレー作品の説明
- V&A「A to Z of photographic processes」
- MACC「ノスタルジーとメディア――AC部の四半世紀」

