WHOSE LIGHT?―だれのひかりか|「真理を照らすのは誰か?」藤井光と美術館コレクション

「エトランゼたち」と「WHOSE LIGHT?」の会場となる東京・京橋のアーティゾン美術館

2026年10月24日、東京・京橋のアーティゾン美術館で「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×藤井光 WHOSE LIGHT? —だれのひかりか」が始まります。石橋財団コレクション22点と、藤井光ふじいひかるの新作を含む十数点を組み合わせ、「真理を照らす光は、誰がつくっているのか」という問いをたどる展覧会です。

出発点はプラトン『国家』第7巻の「洞窟の比喩」です。藤井は、光が何を照らすかではなく、誰が光を照らすのかへ問いを反転させます。会場では、古代ギリシア、宗教、植民地主義、戦争記録画、占領、核をめぐる言説まで、人が「真実」として受け取る像がどのようにつくられてきたのかが一本の時間軸に置かれます。

※開催情報は2026年9月7日時点のアーティゾン美術館公式発表に基づきます。

WHOSE LIGHT?は何を問う展覧会?

「WHOSE LIGHT?」を直訳すると「誰の光?」です。本展で藤井光ふじいひかるが手がかりにするのは、プラトンの「洞窟の比喩」に登場する光と真理の関係です。

アーティゾン美術館は、藤井の問いを「その光が何を照らしているのか」から「その光を誰が照らしているのか」への反転として説明しています。見る対象ではなく、見える状態をつくる側へ視線を移す考え方です。

たとえば歴史資料が残っていても、誰が記録したのか、誰が分類したのか、何を保存し何を見せなかったのかによって、私たちが受け取る歴史像は変わります。美術館も同じで、所蔵品を集め、分類し、展示順を決め、作品名や解説を付けることで、作品の見え方を組み立てています。

藤井はこうした「見える条件」を作品の主題にしてきました。本展では、古代から戦後までの石橋財団コレクションと自身の映像インスタレーションを同じ空間に置き、作品の背後にある政治、宗教、制度、記録の仕組みまで視野に入れます。

プラトン「洞窟の比喩」を3分で理解する

プラトン『国家』第7巻では、洞窟の奥に縛られ、前方の壁しか見られない人々が描かれます。彼らの背後には火があり、その光によって物の影が壁に映ります。洞窟の人々は生まれた時から影だけを見ているため、影を現実そのものだと考えています。

一人が鎖を解かれ、背後の火を見て、さらに洞窟の外へ出ます。最初は光の強さに目がくらみますが、やがて外の物や太陽を見るようになります。洞窟の内側で「現実」とされていた影が、より大きな世界の一部にすぎなかったことを知る過程です。

『国家』第6巻の「太陽の比喩」から第7巻の「洞窟の比喩」へは、見ることと知ることを光で説明する流れが続いています。プラトンにとって太陽は「善のイデア」と結びつき、物を見えるようにする光になぞらえて、知ることを可能にする根拠が語られます。本展はそこから「光=真理」という構図を取り出します。

ここまでなら、「影ではなく真実を見よう」という教訓として読めます。藤井が加えるのは、その真実を照らしている光源自体を疑う視点です。

「真理を照らすのは誰か?」という反転

藤井光ふじいひかるの問いでは、光は中立なものとして扱われません。何かが「見える」時、その背後には選択があります。誰が記録を残したのか、誰が分類したのか、誰が公開を決めたのか。逆に、何が記録されず、倉庫やアーカイブの中に置かれたままなのかという問題も生まれます。

この視点は、藤井が長く取り組んできた歴史資料の扱いとつながります。藤井は過去の映像や公文書をそのまま「事実の証拠」として提示するのではなく、記録がつくられた制度や撮影者の位置まで作品の一部として見せてきました。

本展でも、米軍による航空測量写真、戦争記録画のアーカイブ、宗教美術、植民地支配下の教育映画など、異なる時代の記録やイメージが扱われます。「何が写っているか」と同時に、「誰の視点から写され、残され、いま見せられているか」を考える構成です。

藤井光はどんなアーティスト?

藤井光ふじいひかるは1976年東京都生まれ。2004年にパリ第8大学で美学・芸術を学び、映像、インスタレーション、ワークショップを通じて歴史と現代社会の関係を扱ってきました。Tokyo Contemporary Art Award 2020–2022を受賞し、東京都現代美術館、東京国立近代美術館、M+、韓国国立現代美術館など国内外の美術館や芸術祭で作品を発表しています。

特徴は、歴史資料の調査と、現代の人々による「再演」を組み合わせる方法です。2018年の《第一の事実》では、アテネ近郊で発見された約80体の拘束された人骨を手がかりに、考古学・人類学の調査と研究者への聞き取りを行い、紀元前7世紀の処刑を現代の若者の身体で再演しました。

2017年の《南蛮絵図》では、リスボン国立古美術館所蔵の南蛮屏風を撮影した複製写真を美術館の収蔵庫から運び出す場面を撮影します。屏風に描かれた日本人とポルトガル人だけでなく、従者や奴隷として描かれた人々へ視線を移し、絵画、写真、映像という記録媒体の変化も重ねています。

2019年の《無情》は、日本統治下の台湾で制作された国策プロパガンダ映画「国民道場」を手がかりにした5チャンネルの映像インスタレーションです。現代の日本で学び働く若い移民が、当時の「皇民化」を思わせる集団行為を再演します。過去の映像を上映するだけでなく、その映像が人にどのような身体や声を求めたのかを現代に引き戻す作品です。

映画とドキュメンタリーを混ぜる理由

藤井光ふじいひかるの映像には、脚本や演出を伴う映画的な場面と、調査や制作過程を記録するドキュメンタリー的な場面が同居します。この二つを混ぜることで、「記録映像だから客観的」「演出された映像だから虚構」と単純に分けられない状態が生まれます。

歴史を映像にするとき、カメラを置く位置、撮影する対象、編集順、字幕、音声の選択が必ず入ります。公文書や報道写真も、誰かが撮影し、整理し、保存したものです。藤井の作品は、映像が事実を運ぶと同時に、事実の見え方をつくる装置でもあることを前面に出します。

《第一の事実》が象徴的です。人骨から「処刑があった」ことは確認できても、誰が、なぜ処刑したのかには不確定な部分が残ります。藤井は調査結果を一つの結論にまとめず、研究者の言葉と身体による再演を並べます。資料から分かる範囲と、人が物語を組み立てる範囲の境界が作品になります。

古代から戦後まで22点を並べる意味

本展では石橋財団コレクション22点が、古代から中世、近代、戦後へと続く時間軸の中に置かれます。公式発表では、古代ギリシアのパルテノン神殿浮彫断片の模刻から始まり、シリア・パレスチナのローマ時代のガラス器、中世イランの陶器、宗教改革期のアルブレヒト・デューラーとハインリヒ・アルデグレーファーの宗教画へ続く構成が示されています。

その後に、坂本繁二郎さかもとはんじろう《肉弾三勇士》、ジャクソン・ポロック《ナンバー2、1951》、アルベルト・ジャコメッティ《ディエゴの胸像》など、戦中から戦後に制作された作品が並びます。

ここで作品は「名品を年代順に見るため」だけに選ばれていません。古代の政治、宗教改革、戦争、戦後美術といった異なる時代のイメージをつなぎ、それぞれの時代に何が価値あるもの、正しいもの、記憶すべきものとして形にされたのかを比較する役割を持ちます。

たとえばジャコメッティ《ディエゴの胸像》は、弟ディエゴを見えるままに捉えようとした1950年代の肖像群の一つです。アーティゾン美術館は、削ぎ落とされた頭部と強い正面性によって、作家がモデルを凝視する視線を鑑賞者がなぞる作品だと解説しています。「見る主体」と「見られる対象」の関係を意識させる点でも、本展の問いと接続します。

新作3点が向き合う戦争記録画と核

藤井光ふじいひかるは本展のために3点の新作を制作します。公開画像には《トリニティ》(2026年)が含まれていますが、公式発表では新作3点それぞれの詳細な作品情報はまだ出そろっていません。

一つは、2022年の《日本の戦争美術 1946》に連なる作品です。藤井はアメリカ合衆国国立公文書館で、米軍の情報機関が作成した日本の戦争記録画に関する新たなアーカイブ資料を撮影しました。本展ではその記録写真を中心に構成される予定です。

《日本の戦争美術 1946》が扱ったのは、敗戦後の1946年に東京都美術館で占領軍関係者向けに開かれた戦争記録画の展示です。戦時中に制作された戦争記録画153点は占領軍によって接収され、作品を「芸術」として保存するのか、「戦争を賛美するプロパガンダ」として扱うのかが問題になりました。現在、国立美術館の所蔵作品検索でも「戦争記録画」153点が東京国立近代美術館の区分として確認できます。

残る二つの新作は、戦後から冷戦期に形成された核の平和利用と軍事利用をめぐる政治・社会・文化的な言説、それらと交差する宗教的言説を扱います。戦争記録画も核も、国家や研究機関、報道、宗教など複数の制度が「何を事実として示すか」に関わるテーマです。

美術館は何を「見えるもの」にするのか

藤井光ふじいひかるは、美術館とコレクションが持つ政治性や権力も継続して扱ってきました。愛知県美術館は藤井について、ミュージアムとそのコレクションが帯びる政治性や権力に対して独自の視点から問題提起してきた作家と紹介しています。

コレクションは、作品が「残った結果」ではなく、収集、寄贈、購入、保存、研究、展示という判断の積み重ねです。同じ作品でも、隣に何を置くか、どの年代区分に入れるか、どんな解説を付けるかで読み方が変わります。

「ジャム・セッション」は、石橋財団コレクションを固定した歴史として見せるのではなく、現代作家が所蔵品を選び直し、新しい関係をつくるシリーズです。第7回では、藤井が古代から戦後までの22点を選び、自作を介して別の時間軸を組みます。ここで美術館は「真理を保存する箱」ではなく、何を見せ、どう関係づけるかを決める場所として現れます。

展覧会名の「WHOSE LIGHT?」は、展示内容そのものにも向けられます。藤井が選んだ作品、学芸員が構成した会場、アーカイブから取り出された資料を通して、私たちが見ている「光」が誰の判断によって生まれたのかを考えることになります。

同時開催「エトランゼたち」

同じ2026年10月24日から2027年1月31日まで、アーティゾン美術館5・4階では「エトランゼたち —洋画家たちのヨーロッパ体験」が開催されます。黒田清輝くろだせいき、藤島武二、安井曾太郎、藤田嗣治ら、日本の洋画家がヨーロッパで何を見て学び、どのような作品を生み出したのかを、石橋財団コレクションの滞欧作100点以上からたどる展覧会です。

「WHOSE LIGHT?」が、誰が「見えるもの」をつくるのかを問うのに対し、「エトランゼたち」は、日本の画家が異文化の中で何を見て、自分の表現へ取り込んだのかを扱います。同じチケットで両展を観覧できます。

開催概要

展覧会名ジャム・セッション 石橋財団コレクション×藤井光 WHOSE LIGHT? —だれのひかりか
会期2026年10月24日(土)〜2027年1月31日(日)
会場アーティゾン美術館 6階展示室(東京都中央区京橋1-7-2)
開館時間10:00〜18:00。金曜日は20:00まで。入館は閉館30分前まで
休館日月曜日(11月23日、1月11日は開館)、11月24日、12月28日〜1月4日、1月12日
料金ウェブ予約チケット1,200円、窓口販売チケット1,500円。大学生・専門学校生・高校生は無料(要ウェブ予約)。中学生以下は無料・予約不要
予約日時指定予約制。ウェブ予約は2026年9月24日(木)開始予定。予約枠に空きがあれば当日窓口購入可
主催公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
アクセスJR東京駅八重洲中央口、東京メトロ銀座線京橋駅6・7番出口、日本橋駅B1出口から各徒歩約5分

障がい者手帳をお持ちの方と付き添い1名は無料・予約不要です。料金や休館日は変更される場合があるため、来館前に公式サイトで最新情報をご確認ください。

参考文献・公式資料