薬師の泉庭園の歴史|徳川吉宗と清水薬師、江戸名所図会に残る小豆沢の湧水

板橋区小豆沢の薬師の泉庭園は、江戸時代に「清水薬師」の名で知られた寺院の跡地に整備された庭園です。中山道に近く、江戸の旅人も訪れた水辺の名所でした。現在の庭園には池や植栽が配置され、湧水と寺院信仰が結び付いた地域の歴史を伝えています。

かつて大善寺があった小豆沢の泉

庭園の所在地は東京都板橋区小豆沢3丁目7番20号です。昭和初期まで、この場所には曹洞宗の大善寺がありました。大善寺の創建は永正年間にさかのぼると伝わり、境内から清水が湧いていました。大善寺は昭和3年(1928)、小豆沢に移転してきた総泉寺に併合されます。大善寺の存在を伝える石坂供養塔は、現在も近くに残る文化財の一つです。

武蔵野台地の北縁にあたる小豆沢周辺には、台地から低地へ下る斜面があります。水が湧き出る場所と旧中山道が近接する地形が、泉を名所として知らしめる背景となりました。

徳川吉宗と「清水薬師」の命名伝承

江戸時代、八代将軍徳川吉宗が鷹狩の途中に大善寺へ立ち寄り、境内から湧く清水をたたえて、本尊を「清水薬師」と名付けたと伝えられています。吉宗による命名は地域に伝わる由緒として紹介されており、泉と薬師如来への信仰が結び付いていたことを表しています。

江戸の人々にとって、清水が湧く寺院は参詣の場であるとともに散策の目的地でもありました。薬師如来は病気平癒などを願う信仰を集め、中山道沿いの旅人や近隣の人々が訪れる場所として知られました。

『江戸名所図会』に描かれた清水薬師

江戸後期の地誌『江戸名所図会』には、清水薬師の姿が挿絵とともに紹介されています。水辺と寺院の景観を描いた記録は、後に庭園を復元する際の手がかりにもなりました。『江戸名所図会』は江戸とその周辺の寺社や旧跡を絵入りで紹介した書物で、清水薬師が当時の名所として認識されていたことを物語ります。

平成元年に復元された薬師の泉庭園

大善寺の移転・併合を経て、寺院の旧境内は時代とともに姿を変えました。板橋区は『江戸名所図会』の挿絵を参考に庭園を整備し、平成元年(1989)に「薬師の泉」として開園しました。現在の庭園は江戸時代の景観をそのまま残すものではなく、歴史資料を参考に復元された史跡公園です。

庭園には泉や池、木々があり、台地の水と寺院の歴史を身近に感じられます。板橋区は渇水期には泉が湧いていない場合があると案内しています。かつての清水薬師が持っていた水辺の風景を、現代の住宅地の中に残す取り組みです。

場所・見学案内と関連史跡

所在地は板橋区小豆沢3丁目7番20号、都営三田線志村坂上駅から徒歩約5分です。板橋区の案内による開園時間は9時から16時30分まで、年末年始は休園、入園無料です。開園情報は訪問前に区の案内をご確認ください。近隣には志村一里塚や志村城跡があり、中山道と台地の地形を合わせてたどれます。広域の歴史は志村・小豆沢周辺の歴史と文化財にまとめています。

参考資料