板五米店の歴史|大正3年の土蔵造町家と板橋宿仲宿の再生

板橋区仲宿の旧中山道沿いに残る板五米店(いたごこめてん)は、大正3年(1914)に建てられた商家です。黒漆喰を使った土蔵造の外観に煉瓦の袖卯建を組み合わせ、江戸時代の宿場町から近代の商店街へ移った時代の建築を伝えています。令和2年(2020)に板橋区登録有形文化財(建造物)となりました。

旧中山道の仲宿に残った商家

江戸時代の板橋宿は、中山道で日本橋から最初に置かれた宿場でした。上宿・中宿・平尾宿のうち、中宿には本陣などの宿場施設が集まっていました。明治維新後に宿場制度は廃止されましたが、旧街道は住民の買い物や商いの道として使われ続けました。板五米店は、現在の仲宿商店街の通りに面しています。

町家は通りに店を構え、奥に暮らしの場を設けた建物です。板五米店も店舗と住居が一体になっており、街道沿いの町家の構成を受け継いでいます。建物は二階建てで、道路側の一階には下屋庇が付いています。

棟札から分かった1914年の建築

建物の調査で棟札が見つかり、当主の川口角太郎が大正3年(1914)に建立したことが確認されました。棟梁を務めた市川寅吉ら、建築に携わった大工の名前も記されています。棟札は建物の建築や修理の際に年月日や関係者を書き記す木札で、建物の成立年代を直接確かめられる資料です。

かつて建築年代は大正6年(1917)とする調査記録もありましたが、棟札の発見によって大正3年の建築と判明しました。板橋宿の旧街道沿いに、近代に建てられた商家が現存していることが文化財としての特徴です。

黒漆喰の土蔵造と煉瓦の袖卯建

一階の店舗部分は寄棟造の桟瓦葺屋根を持ち、黒漆喰塗りの土蔵造としています。正面二階の軒には、梁を外側に持ち出す「せがい造」の構造が見られます。妻側には煉瓦の壁を二階軒の高さまで立ち上げた袖卯建があり、町家の防火的な意匠と近代的な材料が組み合わされています。

土蔵造は厚い塗り壁で火災への備えを図る建築です。板橋宿周辺では明治17年(1884)に大火があり、街道沿いの建物にとって火への備えは身近な課題でした。板五米店の壁や屋根のつくりから、商売の場を守る建築上の工夫を読み取れます。

田中米店から板五米店へ

この商家は「田中米店」と呼ばれ、後に「板五食料販売所」「板五米店」と名前を変えながら米穀類を扱いました。店名の変遷には、板橋の町名や食料の流通制度が変わった時代が重なります。近年は米穀小売業としての営業を終え、建物が貸店舗などに使われていました。

2019年の再生と2020年の文化財登録

仲宿商店街では空き店舗対策と地域の交流拠点づくりを兼ねて、歴史的建物を残して使う計画が進められました。令和元年(2019)12月に板五米店はおむすびを主な商品とする飲食店として再出発し、観光案内などにも活用されました。翌令和2年(2020)2月25日には、板橋区の登録有形文化財(建造物)となりました。

保存されたのは建物の外観だけではなく、街道沿いで商いを続けるという使われ方も含みます。かつての米店が飲食店へ変わったことで、旧中山道を歩く人が建築の姿を身近に見る機会が生まれました。店舗の営業日や利用方法は変わる場合があるため、訪問時には現在の案内を確認してください。

所在地と板橋宿周辺の文化財

所在地は板橋区仲宿40-1です。都営三田線「板橋区役所前駅」から徒歩圏にあり、周囲には遍照寺、旧板橋町役場跡地、板橋宿本陣跡などの歴史に関わる場所があります。板橋宿・仲宿周辺の歴史と文化財では、旧街道沿いの寺社や史跡をまとめています。

参考資料