板橋区東新町二丁目には、かつて上板橋村の役場が建っていた場所があります。明治22年(1889)に成立した上板橋村は、当初、安養院の境内に役場を置き、昭和2年(1927)に現在の東新町2丁目36番付近へ移転しました。昭和7年(1932)の板橋区成立まで村政を担った場所で、当時の門柱が残されています。
1889年の町村制と上板橋村の成立
明治政府は地方行政制度の再編を進め、明治22年(1889)に町村制を施行しました。このとき現在の板橋区にあたる地域には板橋町、上板橋村、志村、赤塚村という一町三村が成立しました。上板橋村は、明治初期の戸長役場の時代に続く新しい自治体として出発しました。
村役場では住民に関わる手続きや村の財政、道路などに関する事務を扱いました。東京の市街地から少し離れた上板橋村では農村としての暮らしが続き、やがて川越街道や東武東上線の交通の発展によって住宅地も広がっていきました。
最初の村役場は安養院の境内
上板橋村が成立した当初、村役場は東新町の安養院内に設けられました。安養院は長い歴史を持つ真言宗寺院で、地域の信仰と人々の集まりを支えてきました。専用の庁舎を持つ以前には、寺院の建物を行政の拠点として利用する例が各地にありました。
安養院には今も、歴史を伝える銅鐘や旧前橋藩松平家に由来する建物などがあります。村政の始まりをたどる場所と、近世以来の寺院の文化財とが近接しています。
1927年に新築された村役場
昭和2年(1927)、上板橋村は東新町2丁目36番付近に役場を新築し、安養院から移りました。専用の庁舎ができたことで、村の行政事務を行う場所が定まりました。昭和初期には周辺の人口や土地利用も変化し、村役場は農村から都市近郊の住宅地へ移る地域を管轄していました。
役場の建物は後に姿を変えましたが、敷地には当時の門柱が現存しています。建物の外から確認できる門柱は、ここに村の行政機関が置かれていたことを伝える遺構です。
1932年の板橋区成立と一町三村の役場跡
昭和7年(1932)10月、東京市の区域拡張によって板橋区が成立しました。上板橋村は板橋町、志村、赤塚村とともに新しい区の一部となり、東新町の役場は上板橋村の独立した行政拠点としての役割を終えました。
区内には旧板橋町、旧志村、旧赤塚村の役場跡地も伝えられています。これらは「一町三村役場跡地」として区の登録史跡に位置付けられ、近代の行政区域の変化を示す場所となっています。旧志村役場跡地の歴史では、延命寺から志村二丁目へ移った役場の経緯を紹介しています。
所在地と周辺の文化財
旧上板橋村役場跡地は板橋区東新町2丁目36番付近です。板橋区の文化財マップでは区立桜川おとしより相談センターの所在地として示されています。近隣には安養院、東新町氷川神社があり、上板橋村の暮らしと村政の変化をあわせて知ることができます。
上板橋地域の街道と学校の歴史は、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財にもまとめています。
参考資料
- 板橋区「常盤台散策コース」
- 板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』「旧上板橋村役場跡地 付門柱」
- 板橋区『板橋区文化財保護管理計画』「区指定・登録文化財」
