エトランゼたち|日本の洋画家はヨーロッパで何を学んだ?黒田清輝から藤田嗣治まで

「エトランゼたち」と「WHOSE LIGHT?」の会場となる東京・京橋のアーティゾン美術館

アーティゾン美術館の「エトランゼたち —洋画家たちのヨーロッパ体験」は、明治から昭和初期にヨーロッパへ渡った日本人洋画家の作品を、単なる「海外留学の成果」としてではなく、現地で何を見て、誰に学び、どこを歩いたのかを伝える記録としてたどる展覧会です。石橋財団コレクションから、ヨーロッパで制作された100点を超える作品が紹介されます。

注目したいのは、留学の方法そのものです。画塾で人体を描き、美術館で古典を模写し、現地で知り合った人をモデルにし、パリの街角やフランス各地、イタリアの古代遺跡まで足を延ばす。黒田清輝、藤島武二、安井曾太郎、藤田嗣治、佐伯祐三らの滞欧作を並べると、日本の洋画家が「本場」で学ぶという行為が、世代ごとに変化していったことが分かります。

なぜ日本の洋画家はヨーロッパへ行ったのか

明治初期、日本では西洋画の技法を国内に移すため、1876年に工部美術学校が開かれ、イタリア人画家アントニオ・フォンタネージら外国人教師が招かれました。浅井忠あさい ちゅうは同校でフォンタネージに学び、のちに1900年からフランスへ留学します。国内で油彩画を学べる環境が整い始めた一方、画家にとってヨーロッパは、古典の名画と同時代の新しい美術を実物で見られる場所でした。

渡欧の目的は人によって異なります。師のもとで基礎から学び直す人、官費で美術教育を研究する人、自費でパリへ渡って新しい表現を探す人がいました。帰国した画家たちは教育や美術団体、官展にも関わり、現地で得た経験を日本の制度や制作環境へ持ち込みました。浅井忠らが参加した明治美術会の系譜は「太平洋美術会とは?1889年の明治美術会から太平洋展まで」、1907年に始まる文展以後の官展制度は「日展とは?1907年の文展から帝展・新文展・現在の日展まで」で詳しく整理しています。

「エトランゼ」として暮らす日本人画家

展覧会名の「エトランゼ」はフランス語で「異邦人」を意味します。展覧会の着想源の一つが、島崎藤村しまざき とうそんの随筆『エトランゼエ』です。アーティゾン美術館は、そこに日本人たちが芸術談義を交わし、写生旅行へ出かける様子が記されていると紹介しています。

学びの場は学校とアトリエに加え、日本人同士や現地の芸術家との交流、美術館や画廊、都市から地方への移動にも広がっていました。異国で暮らした時間そのものが制作環境になっています。本展が人物、裸婦、模写、パリの都市風景、フランス郊外の写生旅行、イタリアやギリシアへの古代憧憬という六つの章を置くのも、滞欧体験の幅を作品から読み取るためです。

画塾で学ぶ―デッサンと人体を描く訓練

ヨーロッパで美術を学ぶ基本の一つが、石膏像や人体を繰り返し描くデッサンでした。黒田清輝くろだ せいきは17歳で法律を学ぶためフランスへ渡り、のちに画家へ転向してラファエル・コランに師事します。東京文化財研究所の年譜には、コランのもとで学び始めた時期に石膏像や人体の素描を数多く制作したことが記録されています。

本展の《針仕事》(1890年)は、その黒田がフランス滞在中に制作した作品です。アカデミックな人体把握を基礎にしながら、屋外の明るい光を取り込む表現を身につけた黒田は、帰国後の日本洋画に大きな変化をもたらしました。同じ人物・人体の章では、百武兼行ひゃくたけ かねゆき《臥裸婦》(1881年頃)も展示されます。アーティゾン美術館はこれを、日本人が描いた初期の油彩裸婦像の一つとして位置づけています。

藤島武二ふじしま たけじは1905年からヨーロッパへ留学し、フランスではフェルナン・コルモン、イタリアではカロリュス=デュランの指導を受けました。安井曾太郎やすい そうたろうも1907年から約7年間フランスに滞在し、美術学校で学んだのち、美術館や画廊で古典から同時代美術までを吸収しました。《水浴裸婦》(1914年)は帰国年に描かれた留学期最大の油彩画で、セザンヌやルノワールへの関心と、西洋絵画の伝統的な「水浴する裸婦」という主題が重なっています。

美術館で学ぶ―名画を「模写」する意味

留学生にとって、美術館は作品を見る場所であると同時に実習の場でした。黒田清輝くろだ せいきは1886年、コランの紹介によってルーヴル美術館で模写を行っています。写真や印刷物だけでは分からない絵具の重なり、輪郭、色の関係、画面の大きさを、原作の前で確かめながら描く方法です。

本展では、和田英作によるコロー《カステル・ガンドルフォの思い出》の模写、山下新太郎によるベラスケス(?)《王妃マリアーナ・デ・アウストリア》の模写、髙田力蔵によるアングル《泉》の模写が並びます。模写は「他人の絵をそのまま写す」作業に見えますが、どの色をどの順番で置くか、形をどう組み立てるかを原作から逆算する訓練でもありました。

髙田の《アングル「泉」の模写》(1938年)には、もう一つの背景があります。石橋財団創設者の石橋正二郎は、海外の名画を模写して日本で見られる「模写美術館」を構想し、髙田にヨーロッパでの模写制作を依頼しました。本展では、画家個人の学習だけでなく、日本に西洋美術を伝えようとした収集家の構想まで、模写を通して見えてきます。

旅して描く―パリの外へ出る写生旅行

パリで学んだ画家たちは、フランス各地や南ヨーロッパへも出かけました。アーティゾン美術館の調査では、憧れた画家の足跡を訪ねる旅、南仏への写生旅行、比較的滞在費が安く景観にも恵まれたノルマンディーやブルターニュへの移動など、目的はさまざまでした。セザンヌゆかりのエクス=アン=プロヴァンスや、芸術家村として知られたグレー=シュル=ロワンも日本人画家を引きつけました。

浅井忠あさい ちゅう《グレーの洗濯場》(1901年)は、その土地に身を置いて描くことの意味が分かりやすい作品です。藤島武二ふじしま たけじ《ローマの遺跡》(1908–09年)は、フランスでの修業からさらにイタリアへ移った経験を伝えます。風景画は観光地の記念ではなく、光や色、地形、建築を現地で観察した結果です。画家が「どこへ行ったか」を知ると、作品の背景にある学習経路まで追えるようになります。

黒田清輝・藤島武二・安井曾太郎―同じ欧州留学でも学んだものは違う

黒田清輝くろだ せいき、藤島武二ふじしま たけじ、安井曾太郎やすい そうたろうの三人を比べると、「ヨーロッパで学ぶ」という経験の幅が分かります。黒田はコランのもとでアカデミックな訓練を受け、明るい外光表現を日本へ持ち帰りました。藤島はフランスとイタリアで異なる師に学び、《黒扇》(1908–09年、重要文化財)のように、西洋絵画の人物表現と装飾性を自分の画面へ組み替えていきます。

安井は美術学校の授業だけでなく、美術館や画廊で同時代の作品を見続け、とりわけセザンヌに強く惹かれました。アーティゾン美術館の研究では、1907年にパリで初めてセザンヌ作品を見たのち、数年後に再び接して傾倒を深めたことが確認されています。留学先は同じフランスでも、師から学ぶのか、原作を見るのか、特定の画家を追うのかによって、持ち帰るものは変わりました。

藤田嗣治・佐伯祐三―「学ぶ場所」から「描く場所」になったパリ

藤田嗣治ふじた つぐはるは東京美術学校卒業後の1913年に渡仏し、モンパルナスでピカソ、モディリアーニらと交流しながら独自の表現を探りました。1920年代には滑らかな白い下地と細い輪郭線による裸婦で名声を得ます。本展の《巴里風景》(1918年)は、その確立以前のパリ滞在を示す作品です。

佐伯祐三さえき ゆうぞうにとっても、パリの街そのものが主要なモチーフになりました。《テラスの広告》(1927年)では、建物の壁や広告、文字が画面のリズムをつくります。黒田の時代に「本場の技法を学ぶ場所」として大きな意味を持ったパリは、藤田や佐伯の世代になると、自分の画風を競い、都市そのものを描く場所へと比重を変えていきました。

滞欧作を「留学記録」として見る

作品名と作者名だけを追うより、「この絵は滞欧生活のどの場面で生まれたのか」を見ると、本展の構成がつながります。人物画なら現地の人との関係、裸婦なら美術教育、模写なら美術館と古典研究、パリ風景なら近代都市との接触、地方の風景なら写生旅行、イタリアやギリシアの作品なら古代美術への関心が背景にあります。

新収蔵の正宗得三郎《新緑》(1915年)、硲伊之助《ニース海岸通》(1935年)、髙島野十郎《霧の日》(1930–33年)も含まれます。黒田清輝から1930年代の画家までを同じ「滞欧作」という条件で横断できるため、西洋らしさの優劣より、日本人画家がヨーロッパとの距離をどう変えていったかに注目すると、作品同士の関係がつかみやすくなります。

同時開催「WHOSE LIGHT? —だれのひかりか」

6階では、ジャム・セッション「石橋財団コレクション×藤井光 WHOSE LIGHT? —だれのひかりか」が同時開催されます。「エトランゼたち」が日本人洋画家とヨーロッパの関係を近代美術史からたどるのに対し、「WHOSE LIGHT?」は石橋財団コレクションと藤井光の現代美術を組み合わせる企画です。同じ入館料で両展を観覧できます。

開催概要

展覧会名エトランゼたち —洋画家たちのヨーロッパ体験
会期2026年10月24日(土)~2027年1月31日(日)
会場アーティゾン美術館 5・4階展示室
開館時間10:00~18:00(金曜日は20:00まで)※入館は閉館30分前まで
休館日月曜日(11月23日、1月11日は開館)、11月24日、12月28日~1月4日、1月12日
入館料一般:ウェブ予約1,200円、窓口1,500円。大学生・専門学校生・高校生は無料(要ウェブ予約)。中学生以下無料。障がい者手帳をお持ちの方と付き添い1名は無料。
主催公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
同時開催ジャム・セッション 石橋財団コレクション×藤井光 WHOSE LIGHT? —だれのひかりか

料金・開館日・予約枠などは変更される場合があります。最新情報はアーティゾン美術館の展覧会公式ページで確認できます。

参考文献・公式資料