国立新美術館で2026年10月28日から2027年2月8日まで、「少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展」が開催されます。国立の美術館で開かれる初の大規模な少女漫画展で、三人のデビュー初期から現在まで約60年の画業を、モノクロ・カラー原画あわせて800点以上でたどります。
名作の原画が一堂に集まると同時に、1970年代以降の少女漫画が広げた表現領域を比較できる展覧会です。人物の内面、SF、歴史、女性の自立、多様な性、身体、神話や文学までが主要な題材になりました。ページ全体を使う重層的なレイアウトも、その変化を支えた表現です。三作家を並べると、同時代の革新が内面、SF、身体、歴史、女性の自立など複数の方向へ展開したことが分かります。
会場そのものの歴史や建築を知りたい方は、「六本木7丁目・乃木坂の歴史散歩|龍土・軍都・国立新美術館・東京ミッドタウンをたどる」もあわせてご覧ください。六本木全体の土地利用の変化は「六本木1〜7丁目の歴史|武家屋敷・軍隊・坂・再開発を丁目別にたどる」で整理しています。
なぜ国立新美術館で「少女漫画」なのか
本展は国立新美術館の開館20周年記念展です。同館は2007年の開館以来、現代美術だけでなく、建築、デザイン、ファッション、アニメーション、漫画まで幅広い創造表現を扱ってきました。担当する吉村麗主任研究員は、2026年の関連講演で、日本の美術館における漫画展示の節目として1990年の東京国立近代美術館「手塚治虫展」を挙げ、その後に漫画専門館の設立や研究の蓄積、学術的・批評的な展覧会が進んだ流れを説明しています。
国立新美術館自身も「MANGA⇔TOKYO」(2018年・パリ)、「MANGA都市TOKYO」(2020年)、「CLAMP展」(2024年)などを手がけてきました。今回の三人展は、その延長上で少女漫画を日本の芸術文化・視覚文化として取り上げる企画です。三作家の約60年を比較しながら、ジャンル全体の変化をたどる構成に特色があります。
1970年代、少女漫画に何が起きた?
萩尾望都、山岸凉子、大和和紀はいずれも1960年代後半にデビューし、1970年代に代表作を次々と発表しました。国立新美術館はこの時期を、少女漫画が「飛躍的な進化」を遂げた黄金期と位置づけています。
変化は題材の拡大に表れます。萩尾は少年たちの心理やSF、時間を超える存在を描き、山岸はバレエの身体表現から古代史、神話、精神の暗部へ進み、大和は近代日本や『源氏物語』を舞台に、歴史の中で生きる女性たちを描きました。少女漫画が扱える時代、場所、人物像、欲望や葛藤の範囲が一気に広がった時期です。
1970年代の少女漫画史では「24年組」という呼称がよく使われます。日本女子大学の繁富佐貴は、この枠組みが少女漫画論の中で形成された過程自体を研究対象にしています。本展は萩尾・山岸に加えて大和和紀を並べ、世代名だけでは捉えきれない複数の革新を比較できる構成です。
萩尾望都―内面・SF・性を描く
萩尾望都は1949年福岡県生まれ。1969年「ルルとミミ」でデビューしました。本展では「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる!」「メッシュ」、さらに2016年に再開した「ポーの一族」の新作群につながる「春の夢」などが主な出品作として挙げられています。
「ポーの一族」は不老の一族を通して、時間、喪失、孤独を長い年代の中で描きます。「トーマの心臓」はドイツの寄宿学校を舞台に、少年たちの罪悪感や愛、救済を内面から追う作品です。「11人いる!」は宇宙を舞台にしたSFで、閉鎖空間の緊張と、性別やアイデンティティの揺らぎを物語の中心に置きました。少女漫画の舞台を学校や家庭から、歴史を超える幻想世界や宇宙へ押し広げた作家として見ると、三人展での位置がつかみやすくなります。
萩尾は2012年に少女漫画家として初めて紫綬褒章を受章し、2019年には文化功労者に選ばれました。2022年には米国のアイズナー賞「コミックの殿堂」に選出されています。作品の評価が少女漫画誌の読者圏を越えて、文学、SF、現代文化の領域へ広がってきた経歴も、本展の「インフィニティ」という視点と重なります。
山岸凉子―身体、歴史、人間の業を描く
山岸凉子は1947年北海道生まれ。1969年「レフトアンドライト」でデビューしました。「アラベスク」「日出処の天子」「妖精王」「テレプシコーラ/舞姫」などが本展の主な出品作です。
「アラベスク」ではバレエを華やかな舞台として見せるだけでなく、訓練される身体、才能への不安、競争や自己認識を物語に組み込みました。後年の「テレプシコーラ/舞姫」でも、身体を思い通りに動かす難しさや、成長期の身体と表現の関係が重要な題材になります。
「日出処の天子」は、厩戸王子(後の聖徳太子)を中心に飛鳥時代を再構成した歴史漫画です。政治や仏教受容を背景にしながら、厩戸と蘇我毛人の関係、愛憎、孤独、超人的な能力を物語の軸に置きました。史実を足場に歴史上の人物を強い内面劇へ組み替える方法は、少女漫画が歴史を扱う可能性を大きく広げました。
大和和紀―歴史と自立する女性像
大和和紀は1948年北海道生まれ。1966年「どろぼう天使」でデビューしました。本展では「はいからさんが通る」「ヨコハマ物語」「あさきゆめみし」「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」などが紹介されます。
「はいからさんが通る」は大正期を舞台に、主人公・花村紅緒が結婚、仕事、恋愛、社会の変化に向き合う物語です。歴史の大事件だけでなく、近代化の中で女性の生き方や職業観が変わる過程を娯楽性の高い物語として描きました。「ヨコハマ物語」「N.Y.小町」でも、時代の転換期を生きる女性像が繰り返し扱われます。
「あさきゆめみし」は1979年から1993年にかけて発表された『源氏物語』の漫画化です。古典文学の人物関係や感情の流れを漫画の視覚表現へ置き換えた作品で、古典教育の教材としての可能性も研究対象になってきました。2019年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開かれた「The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated」では、大和の原画が『源氏物語』の千年にわたる視覚文化の現代的な展開として展示されました。
少女漫画はページそのものをどう変えたか
少女漫画の革新は物語の題材だけでなく、ページの組み立て方にもあります。四角いコマを順番に追う構成だけでなく、人物像を大きく置き、背景や独白、装飾的なモチーフを重ね、複数の時間や感情を一ページに共存させる表現が発達しました。コマの境界や余白も、出来事の順序だけでなく心理的な距離や時間を示す働きを持ちます。
日本マンガ学会の『マンガ研究』創刊号では、「少女マンガ・リテラシー―コマ割りと心のアヤシイ関係」が特集され、「少女マンガのコマ割り」「重層的な語り」が独立した研究テーマとして扱われました。国立新美術館も本展の見どころに「重層的なレイアウト」を挙げています。原画では、一コマの絵だけでなく、視線がページを移動する順序や、独白と人物像の配置まで追えます。印刷された物語を支えるページ設計そのものが鑑賞対象になります。
800点以上の原画で見る「印刷前」の漫画
本展ではモノクロ・カラー原画をあわせて800点以上展示する予定です。原画では、雑誌や単行本で印刷・縮小されることの多い線の強弱、人物と背景の距離、ページ全体の構成、カラー原稿の色の重なりを追えます。漫画は物語を読む媒体であると同時に、紙面を設計する視覚表現でもあることが分かる展示規模です。
カラー作品は前期・後期で展示替えがあります。会期中にすべてのカラー原画が同時に並ぶわけではないため、特定作品の展示時期を目的にする場合は、来館前に展覧会公式サイトの最新情報を確認してください。
音声ガイドは柚香光がナビゲーターを務め、利用料は700円です。「ポーの一族」「はいからさんが通る」を宝塚歌劇の舞台で演じてきた経歴を持つため、原作と舞台化の両方を知る案内役でもあります。サービスは自身のスマートフォンから利用する方式で、イヤホン等が必要です。
三人を並べることで見える60年
三作家には、同じ時代にデビューしたという共通点がありますが、作品の広がり方は大きく異なります。萩尾は内面とSF、山岸は身体と精神、歴史や神話、大和は歴史文化と女性の生き方をそれぞれ深く掘り下げました。三人を横断すると、少女漫画の革新が一つの様式に収束せず、複数の方向へ広がったことが分かります。
| 作家 | 代表的な見る軸 | 主な出品作 |
|---|---|---|
| 萩尾望都 | 内面、時間、SF、性とアイデンティティ | 「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる!」「メッシュ」 |
| 山岸凉子 | 身体、精神、歴史、神話 | 「アラベスク」「日出処の天子」「妖精王」「テレプシコーラ/舞姫」 |
| 大和和紀 | 歴史文化、近代化、自立する女性像 | 「はいからさんが通る」「ヨコハマ物語」「あさきゆめみし」「イシュタルの娘」 |
デビューから半世紀以上を経て、萩尾は「ポーの一族」の新作を発表し続け、山岸はバレエ漫画を長期的に更新し、大和は古典や歴史上の人物を現代の読者へつなぐ作品を重ねてきました。1970年代に生まれた表現が、その後どのように持続し、変化したかまで追える構成です。
開催概要
| 展覧会名 | 少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展 |
|---|---|
| 会期 | 2026年10月28日(水)〜2027年2月8日(月) |
| 会場 | 国立新美術館 企画展示室2E(東京都港区六本木7-22-2) |
| 休館日 | 毎週火曜日、11月4日(水)、12月28日(月)〜2027年1月5日(火)。11月3日(火・祝)、12月8日(火)は開館 |
| 開館時間 | 10:00〜18:00。金・土曜は20:00まで。入場は閉館30分前まで |
| 観覧料 | 前売:一般2,000円、大学生800円、高校生300円/当日:一般2,200円、大学生1,000円、高校生500円。中学生以下は無料 |
| 予約 | 事前予約不要。混雑状況により入場待ちとなる場合あり |
| 展示点数 | モノクロ・カラー原画あわせて800点以上を予定。カラー作品は前期・後期で展示替えあり |
| 音声ガイド | 700円。ナビゲーター:柚香光。自身のスマートフォンとイヤホン等を使用 |
東京メトロ千代田線の乃木坂駅6出口から美術館へ直結しています。日比谷線六本木駅4a出口から徒歩約5分、都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩約4分です。前売券は2026年10月27日23時59分まで販売予定です。会期、入場方法、展示替えなどは変更される場合があるため、来館前に公式情報を確認してください。
参考文献
- 国立新美術館「少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展」
- 「少女漫画・インフィニティ」公式サイト「見どころ」
- 「少女漫画・インフィニティ」公式サイト「チケット」
- 「少女漫画・インフィニティ」公式サイト「音声ガイド」
- 国立新美術館「美術館における漫画の拡がり:吉村麗キュレータートーク」
- 繁富佐貴「少女マンガ論の生成期と『24年組』神話」『日本女子大学大学院人間社会研究科紀要』16、2010年
- 日本マンガ学会『マンガ研究』vol.1、2002年
- 文化庁メディア芸術祭「萩尾望都」プロフィール
- The Metropolitan Museum of Art, “The Tale of Genji: A Japanese Classic Illuminated”
- 高野英夫「マンガによる古典教育の可能性―大和和紀作『あさきゆめみし』を教材として」2008年

