カネボウ粉飾決算事件とは?なぜ中央青山監査法人は不正会計を止めなかったのか

2018年の東京証券取引所メインルームと円形の電光掲示板

2005年4月、カネボウは過去5期分の決算を訂正しました。訂正額は約2,150億円規模に達し、訂正後の数字をさかのぼると、連結ベースでは1996年3月期から2004年3月期まで9期連続の債務超過でした。

問題は会社側の会計処理だけにとどまりません。監査を担当した公認会計士は、不良在庫、不良債権、連結外し、実体の乏しい売上計上を認識しながら容認したと金融庁に認定され、3人には刑事事件で有罪判決が確定しました。監査法人そのものにも2か月の業務停止処分が出されます。

カネボウ事件は、監査人が不正を「見抜けなかった」事件より深刻な性格を持っています。監査人の独立性が崩れたとき、会社だけでなく監査法人の品質管理、証券市場の信頼まで連鎖して傷つくことを示した事件です。

不正会計の手口を横断的に比較する場合は「不正会計はなぜ繰り返される?」、東芝事件との監査上の違いは「東芝の不正会計問題とは?」で詳しく扱っています。

訂正は5年分、実態は9期連続の債務超過

カネボウは2005年4月13日、2000年3月期から2004年3月期まで5期分の過年度決算を訂正しました。国会審議で政府参考人が訂正後の数字とそれ以前の決算を合わせて確認したところ、1996年3月期から2004年3月期まで9期連続で連結債務超過だったことが明らかになりました。

東京証券取引所も、実際には大幅な債務超過や当期純損失だったにもかかわらず、資産超過や利益があるように財務諸表が開示されていたと説明しています。2002年3月期から2004年3月期までの3期間は、訂正後の実態では債務超過による上場廃止基準に該当する状態でした。

約2,150億円は、複数年度・複数の会計処理を合算した粉飾規模を示す数字です。

カネボウはどんな会社だった?

カネボウの前身は1887年創業の東京綿商社です。鐘淵紡績として日本の近代紡績業を代表する企業の一つとなり、戦後は化粧品、薬品、食品、アパレルなどへ事業を広げました。

多角化の一方で繊維事業の不振や事業構造改革の遅れが経営を圧迫します。2004年には産業再生機構の支援が決まり、化粧品事業を分離してカネボウ化粧品を発足させました。粉飾決算が表面化したのは、すでに企業再生が進められていた時期です。

何をどう操作した?4つの会計処理

処理実態数字への効果
不良在庫の評価を落とさない価値の落ちた在庫を高い帳簿価額のまま残す資産を過大、損失を過少
債権の引当不足回収困難な債権へ十分な引当をしない債権を過大、損失を先送り
実質子会社の連結外し赤字・債務超過の会社を連結対象から外すグループの損失・負債を小さく見せる
「商社売り」返品を前提とした実体の乏しい取引を売上計上売上・利益を大きく見せる

不良在庫を資産として残す

販売子会社には巨額の不良在庫が滞留していました。売れない商品や価値の落ちた商品は、会計上、実態に応じて評価を引き下げる必要があります。

100億円で記録された在庫の実質価値が40億円なら、差額60億円を損失として認識すれば利益と資産は減ります。評価を下げなければ、貸借対照表の資産と当期の利益が実態より良く見えます。

金融庁の公認会計士制度部会資料によると、関与した会計士は遅くとも1998年10月ごろまでに、大量の不良在庫が存在することを会社から知らされるか、監査チームの棚卸立会いを通じて認識していました。それでも2003年3月期まで不適切な処理が続きました。

興洋染織への債権を十分に引き当てない

実質的な子会社だった興洋染織は深刻な債務超過状態にあり、カネボウは同社へ多額の債権を持っていました。回収可能性が低ければ、貸倒引当金などを通じて損失を認識する必要があります。

担当会計士らは2001年2月ごろまでに、興洋染織の実際の債務超過額が公表上の数字を大幅に上回ることを把握したと金融庁は説明しています。十分な引当をしなければ、債権という資産を大きく、損失を小さく見せることができます。

実質子会社を連結から外す

2000年3月期から連結会計では、株式の名義だけでなく、実質的に会社を支配しているかという考え方が重視されました。

カネボウ側では、興洋染織や販売子会社などを連結対象から外すため、株式名義の変更や直接融資から迂回融資への変更などが行われました。担当会計士は1998年ごろから新連結基準への対応について相談を受け、会社側が連結から外そうとしている意図を把握しながら処理を容認したと金融庁資料は説明しています。

親会社が100億円の利益、実質子会社が150億円の損失なら、単純計算ではグループ全体は50億円の赤字です。その子会社を連結から外せば、親会社の100億円の利益だけが前面に残ります。

返品前提の「商社売り」

2002年3月期の化粧品事業では、商品を商社へ販売した形を取りながら、後で返品されることを前提とする取引が行われ、社内で「商社売り」と呼ばれました。2003年3月期には他の事業部門にも広がります。

販売が実質的に完了していない商品を売上として認識すれば、当期の売上と利益を押し上げられます。金融庁資料では、担当会計士らが会社から相談を受け、取引の実態を把握しながら容認したとされています。

中央青山監査法人は「見抜けなかった」のか

中央青山監査法人は、当時の日本を代表する大手監査法人でした。国立国会図書館の典拠では、2000年に中央監査法人と青山監査法人の合併で設立され、2006年9月にみすず監査法人へ名称変更しています。

カネボウ事件について、金融庁が認定したのは単なる監査ミスではありません。担当会計士がカネボウの1999年3月期から2003年3月期まで5期間の虚偽を含む財務書類を「故意に虚偽のないものとして証明した」ことが行政処分の根拠となりました。

証券取引等監視委員会も、旧経営陣に続いて監査を担当した公認会計士を告発しました。2006年8月9日の東京地裁判決で、3人に懲役1年から1年6か月、いずれも執行猶予3年の有罪判決が言い渡され、確定しています。

東芝事件では、新日本有限責任監査法人について「相当の注意を怠った」と金融庁が認定しました。カネボウでは担当会計士の故意による虚偽証明まで認定されており、監査人の責任の性格が大きく異なります。

監査法人の制度と大手監査法人の再編は「BIG4とは何か」で詳しく扱っています。

「正しく処理すれば会社が倒れる」監査の独立性が崩れた

金融庁の公認会計士制度部会では、刑事公判での関係者の説明を踏まえ、監査人側が正しい会計処理によってカネボウの連結債務超過が表面化すれば会社の存続が危うくなると考え、会社側の主張に折れた経緯が紹介されています。

監査人が会社の存続を考慮して財務諸表の適否を変えれば、外部監査の独立性は失われます。投資家や金融機関は、会社自身とは別の立場から監査人が意見を出すことを前提に財務情報を利用しています。

関与会計士の中には、最長16年間にわたりカネボウ監査を担当した者もいました。当時は現在のようなローテーション制度が十分に整っておらず、長期関与と精神的独立性の問題はその後の制度議論でも取り上げられました。

個人だけでなく、中央青山という組織も止められなかった

中央青山はカネボウを監査リスクの高い会社として認識していました。それでも重大な会計判断が上位の審議機関へ十分に上がらず、レビュー・パートナー一人の判断に審査が過度に依存していたことが金融庁の検証で問題となりました。

金融庁は、審議会による審議、インターナル・レビュー、モニタリング、判断基準やマニュアルなど、監査法人内部の品質管理に複数の不備があったとしています。粉飾決算を指摘する投書が2度あったのに、問題発見の端緒として十分に活用できなかったことも指摘されました。

中央青山は約450人のパートナーと3,000人超の職員を抱える巨大組織でした。金融審議会では、法人の急速な大規模化や世代交代に組織運営が追いつかず、パートナー本人が故意に不適切な監査を行う可能性を十分に想定していなかったとの説明も行われています。

デロイト、PwC、EY、KPMGのBIG4四大会計事務所のロゴ
現在のBIG4四大会計事務所のロゴ。中央青山は当時PwCの日本におけるメンバーファームでした。個別事件当時の組織関係は現在と異なります。

会社側と会計士側に刑事責任

対象判決
カネボウ旧社長懲役2年・執行猶予3年、確定
カネボウ旧役員懲役1年6か月・執行猶予3年、確定
公認会計士A懲役1年6か月・執行猶予3年、確定
公認会計士B懲役1年・執行猶予3年、確定
公認会計士C懲役1年・執行猶予3年、確定

旧経営陣は2005年8月17日、公認会計士は同年9月30日に証券取引等監視委員会から告発されました。旧社長・旧役員の判決は2006年3月27日、会計士3人の判決は同年8月9日に東京地裁で言い渡されています。

中央青山監査法人への2か月業務停止

金融庁は2006年5月10日、中央青山監査法人に対し、証券取引法・会社法に基づく法定監査業務の一部を7月1日から8月31日まで2か月停止する処分を出しました。

担当会計士には登録抹消や1年間の監査業務停止などの行政処分が行われています。刑事裁判で有罪となった個人の責任と、監査法人への行政処分は別の手続です。

中央青山が監査を担当していた企業は多数に上りました。金融審議会で法人側が説明した数字では、上場会社約860社、法定監査全体で約2,230社です。大手監査法人への処分が、事件と無関係の監査先にも大きな影響を与える問題が浮上しました。

中央青山からみすずへ、そして解散

中央青山監査法人は2006年9月1日に「みすず監査法人」へ名称を変更しました。その後も顧客・人材の流出が続き、みすず監査法人は2007年7月末に解散しました。

金融庁によると、解散時にはみすずが担当していた600社強の上場会社のうち約95%が後任会計監査人を適時開示済みでした。監査先を他法人へ移す大規模な再編が進みました。

「中央青山がPwCあらたになった」は正確ではない

現在のPwC Japan有限責任監査法人につながる「あらた監査法人」は、中央青山が名前を変えた法人ではありません。

あらた監査法人は2006年6月に新しい法人として設立され、7月に業務を開始しました。PwC自身の資料では、中央青山への行政処分を契機に設立され、旧中央青山から約700人、その他から約100人が参加したと説明されています。

流れは「中央青山→みすず→解散」と、「別法人としてあらたを新設し、多数の人材が移籍」の二本に分かれます。海外の監査法人崩壊との比較は「アーサー・アンダーセンはなぜ消えたのか」で詳しく扱っています。

カネボウは上場廃止、その後クラシエとカネボウ化粧品へ

東京証券取引所は2005年5月12日、カネボウ株の上場廃止を決定しました。整理ポストでの売買を経て、6月13日に上場廃止となっています。

産業再生機構は、支援下で経営陣が交代し再生が進んでいることなどを理由に上場維持を求める考えを示しました。東証は、長期間の組織的な虚偽記載が多数の投資家の判断を誤らせ、証券市場への信頼に与えた影響が重大だとして上場廃止を選びました。

化粧品事業は2006年に花王グループへ入りました。ホームプロダクツ、薬品、食品などの事業は再編され、2007年に「カネボウ」から「クラシエ」へ商号・ブランドを変更して再出発しています。

監査制度はどう変わった?

公認会計士・監査審査会はカネボウ事件以前の2004年にすでに発足していました。監査制度改革を一つの事件だけの結果として説明すると、改革の流れを取り違えます。

一方、カネボウ・中央青山事件は2006年の金融審議会で、監査人の長期関与、精神的独立性、監査法人の品質管理、巨大監査法人への処分のあり方を検討する具体例として詳しく議論されました。

2007年の公認会計士法改正では、監査法人への業務改善命令、虚偽証明に対する課徴金制度、有限責任監査法人制度などが整備されました。企業活動の国際化・複雑化や他の会計・市場問題も重なる中で、組織として監査品質を管理する責任が強化されました。

東芝・オリンパスと比べると何が違う?

事件監査・統治上の特徴
カネボウ担当会計士が不適切処理を認識し、故意による虚偽証明まで公的に認定
東芝監査上の異常兆候を把握しながら、必要な監査手続・情報共有が不十分
オリンパス長期間の損失隠しと、取締役会・監査・M&A統治が中心問題

オリンパスの損失隠しと企業統治は「オリンパスの歴史」で詳しく扱っています。1990年代以降の金融・会計不祥事の時系列は「バブル崩壊後の金融・会計不祥事史」で確認できます。

参考文献

  1. 証券取引等監視委員会「告発事件の概要一覧表」
  2. 金融庁「Disciplinary Actions against an Audit Firm and Certified Public Accountants」(2006年5月10日)
  3. 金融庁 金融審議会公認会計士制度部会議事録(2006年7月10日)
  4. 金融庁 金融審議会公認会計士制度部会資料
  5. 衆議院 第162回国会 財務金融委員会 第21号
  6. 東京証券取引所「定例理事会後の記者会見(要旨)」(2005年5月12日)
  7. 産業再生機構「カネボウ株式会社 支援企業に関する発表資料」
  8. 産業再生機構「カネボウ株式会社による過年度決算の訂正発表について」
  9. 金融庁「山本大臣記者会見要旨」(みすず監査法人解散)
  10. PwC Japan有限責任監査法人「沿革」
  11. PwC「PwCあらた監査法人10年の歩み」
  12. 国立国会図書館「中央青山監査法人」典拠情報
  13. クラシエ「クラシエのあゆみ」
  14. 花王「会社の歴史」
  15. 金融庁「2007年公認会計士法改正の概要」