藤﨑光淳の写真ネガが伝える昭和の板橋|1935~1983年の成増と街並み

板橋区成増の青蓮寺で住職を務めた藤﨑光淳(ふじさきこうじゅん)は、昭和10年(1935)から昭和58年(1983)にかけて、板橋区西部の街並みや人々の暮らしを写真に記録しました。「藤﨑光淳氏撮影写真ネガフィルム」は、昭和の都市化によって姿を変えた赤塚・成増地域の景観をたどる資料として、板橋区教育委員会に寄贈されています。

成増の青蓮寺と藤﨑光淳

藤﨑光淳は成増にある真言宗寺院・青蓮寺の住職を務めた人物です。寺院の仕事に携わる一方、写真を撮り続け、昭和の板橋の風景を記録しました。撮影を始めた1930年代には、成増周辺に農地や集落が広がり、鉄道の開通や道路整備に伴って町の姿が変わり始めていました。

藤﨑の撮影期間は昭和10年(1935)から同58年(1983)までとされ、戦前・戦中・戦後を含みます。写真は、同じ地域が長い年月の間にどのように変わったかを調べるための記録になっています。

写真が残した昭和の板橋西部

赤塚・成増周辺では、昭和に入ってから宅地化が進み、農地の転用、住宅や道路の整備、生活様式の変化が起きました。建物や道、田畑などの姿を写した写真には、文章の記録だけでは把握しにくい風景の細部が残されます。

写真の撮影場所や年代を確認し、古い地図や現在の街路と比較すると、当時の道路や土地の使われ方を考える手がかりになります。同じ場所を写した複数の写真があれば、建物の建て替えや周辺の環境が変わった順序も検討できます。

ネガフィルムが歴史資料となる理由

ネガフィルムは写真を印画紙に焼き付ける前の原版です。ネガが保存されると、撮影時の画像情報を後から再確認し、調査の目的に合わせて写真を複製できます。古い写真を地域史の資料として活用する場合には、撮影者、撮影年、写された場所などの情報も重要です。

藤﨑光淳の写真群は、昭和の板橋西部の景観を伝える資料として板橋区の文化財マップに紹介されています。撮影されたものを個別に調べることで、街の景観に加えて暮らしの変化を知ることができます。

2008年刊行の写真集『昭和の風景』

板橋区教育委員会は平成20年(2008)2月、藤﨑の写真を紹介する『昭和の風景―藤崎成子氏寄贈写真集』を刊行しました。文化財シリーズ第93集にあたる全86ページの図書です。写真を寄贈した人の名前を冠した資料集として、国立国会図書館にも書誌が登録されています。

写真ネガ全体と写真集に掲載された作品の範囲は同一とは限らず、個別の写真を確認する際には資料の所蔵先や図書の掲載内容を照合します。写真集は図書館での閲覧や所蔵館の調査を通じて利用できます。

地域史の調査と資料の利用

写真ネガフィルムは板橋区教育委員会への寄贈資料です。現物やデジタル化資料の利用可否、写真の複製・掲載条件などは、板橋区の担当部署に確認してください。資料の写真を転載する場合には、公開されている画像であっても所蔵機関が定める利用条件を守る必要があります。

成増の近代以前の村と寺社、史跡については、赤塚・成増周辺の歴史と文化財で紹介しています。藤﨑が写真に残した昭和の風景と、江戸時代以前の史跡をあわせることで、同じ土地に積み重なった変化をたどれます。

参考資料