向島百花園の歴史と見どころ|四季の花・年間行事・隅田川七福神を歩く

春の向島百花園の池と園内風景

東京都墨田区東向島の住宅地に、江戸後期の文人たちが育てた花園が残っています。向島百花園むこうじまひゃっかえんは文化元年(1804)頃、骨董商の佐原鞠塢さはらきくうが開いた庭園です。梅を中心とする「新梅屋敷」から始まり、和歌や漢詩に詠まれた草花を集める四季の花園へ育ちました。

園内には萩のトンネル、御成座敷、福禄寿尊堂、句碑・歌碑、春・夏・秋の七草などが残ります。梅まつり、虫ききの会、萩まつり、月見の会、古典菊の展示など、江戸の園芸と文芸につながる催しも一年を通して続いています。

向島百花園とは――町人と文人が育てた江戸の花園

向島百花園むこうじまひゃっかえんが造られたのは、江戸の町人文化が成熟した文化・文政期です。小石川後楽園や六義園が大名によって造営されたのに対し、百花園は町人の佐原鞠塢さはらきくうと彼を取り巻く文人たちの交流から生まれました。

東京都公園協会は開園を文化元年(1804)頃とし、文化庁の国指定文化財データベースは文化2年(1805)からの経営と記録しています。公的資料では、開園時期の表記に1年の差があります。

昭和53年(1978)10月13日には、国の名勝及び史跡に指定されました。文化庁は、草本植物を中心とする江戸時代の花園と文人庭の遺構が残る点を評価しています。

佐原鞠塢と新梅屋敷――約360本の梅から始まった

初代園主の佐原鞠塢さはらきくうは仙台出身とされ、江戸で芝居茶屋に勤めたのち、日本橋で骨董商を営みました。書画、和歌、漢詩に親しみ、江戸の文人たちと広い交友を持った人物です。

鞠塢が向島の多賀屋敷跡を得て花園を開くと、文人や知人から梅が寄せられ、約360本の梅が植えられました。亀戸の梅屋敷に対して「新梅屋敷」と呼ばれ、早春の行楽地として人を集めます。

その後、ミヤギノハギ、ススキ、キキョウ、オミナエシなど、和漢の古典や詩歌にゆかりのある植物が加わりました。文化6年(1809)頃から「百花園」と呼ばれるようになり、梅の季節に限らない花園へ発展します。鞠塢は秋の七草にも力を入れ、一時は「秋芳園」と称されたこともありました。

園内では「隅田川焼」と呼ばれる焼き物や「寿星梅」という梅干しも販売されました。向島周辺の名所を描いた案内図も配られ、花園の経営と江戸の行楽文化が結びついていました。

大田南畝・酒井抱一らが集った文人サロン

百花園の造園には、大田南畝おおたなんぽ、大窪詩仏おおくぼしぶつ、酒井抱一さかいほういつ、亀田鵬斎かめだぼうさいらが関わりました。狂歌、漢詩、絵画、書など異なる分野の文人が集い、植樹や園内の造作にも協力しました。

入口の庭門には大田南畝の扁額があり、その左右には大窪詩仏による「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」の聯が掲げられています。四季に花が絶えず、各地から客が訪れるという百花園の性格を、入口から伝える意匠です。

園内には句碑・歌碑・石柱が29基あります。松尾芭蕉、山上憶良やまのうえのおくら、亀田鵬斎、月岡芳年つきおかよしとしらに関係する碑をたどると、庭園と文学・美術が重なっていたことを現地で確認できます。

幕末の向島周辺を古地図から読みたい場合は、「隅田川向島絵図を徹底解説|向島・三囲神社・百花園を古地図で読む」もあわせて読むと、百花園が江戸市街の外縁にある行楽地として発展した位置関係をつかめます。

洪水・東京大空襲を越えて残った庭園

向島百花園むこうじまひゃっかえんは明治以降も民営の花園として続きましたが、明治43年(1910)の隅田川大洪水で大きな被害を受けました。昭和13年(1938)に東京市へ寄付され、翌1939年から東京市による公開が始まります。

1937年に撮影された向島百花園
1937年の向島百花園。戦災前の園内風景を伝える写真です。出典:『大東京名所百景写真帖』青海堂/国立国会図書館・Wikimedia Commons/Public Domain

昭和20年(1945)の東京大空襲では、御成座敷など園内の建物が焼失しました。戦後は地元住民らも復興に関わり、庭園の再整備が進みます。現在の御成座敷は1958年の再建です。

現地で見たい向島百花園の歴史的見どころ

庭門――文人たちの名前が最初に現れる場所

庭門には大田南畝おおたなんぽの扁額と大窪詩仏おおくぼしぶつの聯が残ります。花を眺める庭と詩歌を楽しむ場が最初から重なっていた百花園らしい入口です。

御成座敷――酒井抱一の設計と伝わる座敷

御成座敷おなりざしきは、身分の高い武家や僧侶の休憩場所として早くから設けられた数寄屋造りの座敷です。酒井抱一さかいほういつの設計と伝えられ、現在は「御成の間」「中の間」「芭蕉の間」の三室があります。創建時の建物は戦災で焼失し、1958年に再建されました。月見の会などの茶会にも使われています。

福禄寿尊堂――隅田川七福神の起点

園内の福禄寿尊堂ふくろくじゅそんどうには福禄寿が祀られています。文化年間、百花園に集った文人たちが鞠塢の福禄寿を起点に周辺の寺社から七福神を探したことが、隅田川七福神めぐりの成立につながったと墨田区は紹介しています。

向島百花園の福禄寿尊堂
向島百花園の福禄寿尊堂。隅田川七福神の福禄寿を祀ります。撮影:Fred Cherrygarden/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0

句碑・歌碑――29基の石碑を歩く

句碑・歌碑・石柱は園内に29基あります。松尾芭蕉の句碑、山上憶良やまのうえのおくらの歌碑、亀田鵬斎かめだぼうさいに関わる碑などが園路沿いに点在します。庭門、御成座敷、池、萩のトンネルへ向かう園路にも碑があり、花と文学の関係をたどれます。

萩のトンネル――秋の百花園を代表する景観

竹で組んだ約30メートルの棚にハギを沿わせた「萩のトンネル」は、秋の代表的な見どころです。百花園が古典植物、とりわけ秋の七草を大切にしてきた歴史と直結しています。

向島百花園の萩のトンネル
向島百花園を代表する「萩のトンネル」。約30mの竹組みにハギを沿わせた園路です。撮影:Irina Gelbukh/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0

花の棚・つる物棚・池――江戸の草花園らしい風景

藤棚や花の棚ではフジ、ミツバアケビ、クズなどが季節ごとに姿を変えます。つる物棚にはヒョウタン、ヘチマ、ヘビウリなどが育てられ、池の周辺ではハナショウブ、アヤメ、ハンゲショウなどが見られます。植物そのものの季節変化を追う楽しみが大きい庭です。

四季の花――いつ訪れると何が見られるか

向島百花園むこうじまひゃっかえんでは草本類を中心に約230種が育てられています。開花時期は天候で前後しますが、季節ごとの主役はおおむね次のように移ります。

季節主な花・植物見どころ
冬~早春ロウバイ、フクジュソウ、セツブンソウ、梅百花園の原点である梅が主役になります。
春カタクリ、シュンラン、ヒトリシズカ、クマガイソウ、サクラソウ、藤江戸園芸にゆかりのある草花が次々に咲きます。
初夏~夏ハナショウブ、キキョウ、カワラナデシコ、オミナエシ、クズ、フジバカマ池辺の花と夏・秋の七草が重なります。
晩夏~秋ハギ、ススキ、ヒガンバナ、ホトトギス、シオン萩のトンネルと秋の七草が中心です。
晩秋古典菊江戸菊、嵯峨菊、肥後菊などの展示が行われる年があります。

春・夏・秋の七草をまとまって見られる点も百花園の特色です。とくに秋の七草は、鞠塢自身が『秋野七草考』を著したほど力を入れた分野で、ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウが園内の各所で育てられています。

向島百花園の年間行事――七草から梅、朝顔、虫、萩、月、菊へ

向島百花園むこうじまひゃっかえんの催しは、花の見頃と江戸の年中行事が重なるように組まれています。開催日や内容は年ごとに変わります。

時期の目安行事・展示内容
年末~1月上旬春の七草七草籠、献上七草籠、ジャンボ七草籠などを展示します。
正月隅田川七福神めぐり園内の福禄寿尊堂が札所となります。休園期間中も福禄寿尊堂周辺が利用できる期間があります。
2~3月頃梅まつり「新梅屋敷」と呼ばれた百花園の原点を楽しむ催しです。
春サクラソウの展示江戸で盛んに栽培された伝統園芸植物を鉢で展示します。
春・秋など野草ウォッチング植物研究家などの案内で園内の野草を観察します。
春・秋の開催年楽焼体験かつて園内で作られた「隅田川焼」につながる陶芸体験です。
夏大輪朝顔・変化朝顔の展示大輪朝顔や江戸園芸文化を伝える変化朝顔が展示されます。
8月下旬頃虫ききの会鳴く虫の展示、放虫式、絵行灯、茶会などが行われ、夜間開園する年があります。
9~10月頃萩まつり萩のトンネルの見頃に合わせ、俳句・和歌や植物にちなむ催しが行われます。
中秋の名月頃月見の会お供え式、箏、茶会、新内流し、絵行灯などで夜の庭園を楽しみます。
11月頃古典菊の展示江戸菊、嵯峨菊、肥後菊など、伝統的な菊の仕立てを紹介します。

虫ききの会――佐原鞠塢の供養から続く夜の行事

「虫ききの会」は、初代園主佐原鞠塢さはらきくうの没後、近親者が供養の放生会ほうじょうえとして虫を放したことに始まると伝えられています。現在の放虫式では、庭師が育てたスズムシを参加者が園内へ放します。

夕方になると鳴く虫の展示や絵行灯の点灯が始まり、通常の開園時間を延長して夜の庭園を楽しめる年があります。草むらから聞こえる音そのものが主役になる行事です。

月見の会――秋草と絵行灯に囲まれて月を待つ

中秋の名月の頃に行われる「月見の会」も、向島百花園むこうじまひゃっかえんを代表する伝統行事です。月見台への供物、茶会、箏、新内流し、絵行灯などが組み合わされ、秋草の庭が夜の行楽地へ変わります。

絵行灯には百花園にゆかりのある俳句や俳画、墨田区ゆかりの葛飾北斎の作品などが用いられます。御成座敷の茶会とともに、文人たちが集った庭園の性格を現在の催しとして感じられる時間です。2026年の会場の様子は、「向島百花園『月見の会』2026現地レポート」で紹介しています。

初めて歩くなら、歴史と植物を一周でつなぐ

向島百花園むこうじまひゃっかえんは、歴史的な見どころと植物が比較的コンパクトに集まっています。約60分なら、庭門から御成座敷、福禄寿尊堂、句碑・歌碑、池、花の棚、萩のトンネル、七草の植栽をつなぐ一周が組みやすいでしょう。

梅の時期は新梅屋敷の歴史、秋は萩と七草、虫ききや月見の夜は文人文化と年中行事に焦点を置くと、季節が変わるたびに違う百花園を歩けます。

開園時間・料金・アクセス

所在地東京都墨田区東向島3-18-3
開園時間9:00~17:00(最終入園16:30)。行事開催時に延長する場合があります。
休園日12月29日~1月3日。隅田川七福神めぐりの期間中は福禄寿尊堂周辺のみ利用できる場合があります。
入園料一般150円、65歳以上70円。小学生以下、都内在住・在学の中学生は無料です。
無料公開日5月4日(みどりの日)、10月1日(都民の日)
鉄道東武スカイツリーライン「東向島」駅から徒歩約8分、京成押上線「京成曳舟」駅から徒歩約13分
バス都営バス里22「百花園前」から徒歩約2~3分
駐車場専用駐車場なし

花の開花状況、夜間開園、茶会や展示の日程は毎年変わります。来園日の催しは東京都公園協会「向島百花園」の最新情報で確認できます。

参考資料