西台後藤田遺跡の歴史|旧石器時代の石器から弥生集落・古墳まで

板橋区西台一丁目から三丁目周辺に広がる西台後藤田遺跡は、旧石器時代から古墳時代まで、時期の異なる人々の生活を伝える遺跡です。都営住宅の建て替えに伴う平成7~9年(1995~1997)の調査で、多くの石器や住居跡が見つかりました。さらに平成23年(2011)の住宅建設に伴う調査では、古墳の周溝も確認されています。

武蔵野台地に残る旧石器時代の文化層

西台は武蔵野台地の北縁に位置し、谷や斜面が入り組む地域です。遺跡では関東ローム層の中から旧石器時代の石器がまとまって出土しました。ローム層は主に火山灰などに由来する土の層で、石器が埋まっていた地層の位置は人々が活動した時期を調べる重要な手がかりです。

板橋区の令和7年度版文化財マップでは、西台後藤田遺跡の旧石器文化層を武蔵野台地最古級の「約4万年前」と紹介しています。一方、板橋区立郷土資料館の収蔵品案内では、展示される西台後藤田遺跡出土石器の年代を「約3万2千年前」と記しています。二つの案内は対象とする資料や年代の表記が異なるため、数値を一つにまとめず紹介します。

1995~1997年の発掘調査

都営西台一丁目団地の建て替えに伴い、平成7年(1995)から同9年(1997)にかけて広い範囲で調査が行われました。旧石器時代だけでなく、縄文時代から古墳時代に至る遺構や遺物も確認され、西台の台地が異なる時代に繰り返し利用されていたことが分かりました。

調査成果は平成11年(1999)刊行の『西台後藤田遺跡第1地点発掘調査報告書』にまとめられています。住宅地の再整備は地表の景観を変えましたが、建設に先立つ発掘によって、地中に残されていた過去の生活の痕跡が記録されました。

弥生時代の集落と古墳時代の痕跡

西台後藤田遺跡では、弥生時代の住居跡や古墳時代の遺構も発見されています。土器や住居の形から、台地上に集落が作られた時期と、その後の土地利用の変化を考えることができます。

平成23年(2011)には西台三丁目1番の住宅建設に伴う第4地点の調査で古墳の痕跡が発見されました。墳丘は失われていましたが、墓の周囲を囲んでいた溝の一部分が残っていました。地上に大きな盛り土が見えなくても、地下の周溝によって古墳の存在を確かめられる例です。

出土石器と文化財としての価値

西台後藤田遺跡第1地点の旧石器時代遺物は、平成20年度(2008年度)に板橋区指定有形文化財となりました。荒川下流域で充実した旧石器資料がまとまっていることが特徴で、石器の形や製作方法、出土した層を比較することによって当時の人々の活動を調べられます。

板橋区立郷土資料館は、西台後藤田遺跡出土石器を収蔵品として紹介しています。資料の公開・展示状況は時期により異なるため、見学前に確認してください。発掘地点は住宅地などに広がっており、遺構全体を現地で自由に見ることはできません。

西台周辺に広がる遺跡

同じ西台地域には、弥生時代後期の壺形土器が発見された西台遺跡もあります。両遺跡は名称が似ていますが、発掘地点や特徴的な出土資料を区別して扱う必要があります。常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財では、前野町の遺跡や常盤台住宅地とあわせて地域の変化を紹介しています。

参考資料

板橋区立郷土資料館「西台後藤田遺跡出土 石器」、板橋区「時代を紡ぐ 西台で古墳を発見!」、『西台後藤田遺跡第1地点発掘調査報告書』書誌情報、板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』。