東京大学本郷キャンパスの総合図書館は、1923年の関東大震災で焼失した旧図書館の再建事業として建てられ、1928年に完成しました。設計を主導したのは、震災復興期の本郷キャンパスを統括した内田祥三です。
建物は鉄骨鉄筋コンクリート造で、淡褐色のスクラッチタイル、ゴシック風の入口アーチ、尖塔型の柱を備えています。外観だけを見ると「内田ゴシック」の一棟ですが、設計過程をたどると、キャンパス全体の統一を重視した内田と、図書館としての使いやすさを求めた姉崎正治館長の議論がありました。
本郷キャンパス全体の建築史は東京大学本郷キャンパス建築ガイド、内田祥三の震災復興建築は東京大学の内田ゴシック建築完全ガイドで詳しく扱っています。
1892年の旧図書館――本郷に建てられた煉瓦造の図書館
東京大学の図書館は1877年、神田一ツ橋の法・理・文三学部図書館として始まりました。法・文・理学部の本郷移転にともなって図書館機能も本郷へ移り、1892年8月に帝国大学図書館の新館が完成しました。
旧図書館は煉瓦造で、蔵書増加に対応するため1907年に書庫を増設しています。1893年から1914年まで、大学の卒業式は図書館の学生閲覧室で行われました。図書館は資料を収蔵する施設であると同時に、大学の主要行事を受け入れる空間でもありました。
東京大学附属図書館の展示資料では、旧図書館創立時の蔵書は約5万冊、関東大震災直前には約76万冊に増えていたとされています。
1923年9月1日――関東大震災で図書館が全焼
1923年9月1日の関東大震災で、隣接する医学部医化学教室からの火災が図書館へ燃え移り、建物は全焼しました。人的被害はありませんでしたが、旧幕時代から受け継いだ資料を含む大量の蔵書が失われました。
蔵書被害の数字は東京大学の資料でも記録方法が異なります。附属図書館の現行沿革は「56万余冊の蔵書喪失」、総合図書館の歴史展示は震災直前の蔵書を約76万冊とし、そのほぼ全てが焼失したと説明しています。マックス・ミューラー文庫や『古今図書集成』などの貴重資料も被災しました。
震災後、東京大学は図書復興委員会を組織しました。国内から南葵文庫や青洲文庫の一部などが寄贈され、海外30数カ国からも図書が寄せられました。1927年には所蔵図書が55万冊まで回復しています。
ロックフェラーの400万円――図書館再建の財源
1924年、ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアから、図書館再建と図書復興のため400万円を寄付する申し出がありました。東京大学は寄付を受け入れ、古在由直総長を委員長とする図書館建築委員会を設置しました。
姉崎正治館長は欧米へ派遣され、図書館の設計と設備を調査しました。新図書館の設計監督は、営繕課長兼図書館建築部長だった内田祥三が担当します。内田は同時期に安田講堂や工学部列品館などを設計し、本郷キャンパス全体の震災復興を進めていました。
1925年の第一設計案――内田祥三が描いた新図書館
東京大学デジタルアーカイブには、1925年4月28日付の「A PRELIMINARY PLAN OF THE TOKYO IMPERIAL UNIVERSITY LIBRARY」が残っています。内田祥三の署名がある第一設計案で、青焼き5枚、縮尺1/300。地下階と1~4階の図面が収録されています。
同年10月には「DESIGN FOR THE TOKYO IMPERIAL UNIVERSITY LIBRARY」と題する設計図が作成されました。第一設計案から設計を詰め、1925年末には建築案が決定しています。

内田祥三と姉崎正治――キャンパス景観と図書館機能の議論
新図書館の計画では、内田祥三と姉崎正治館長の間で設計をめぐる議論がありました。東京大学附属図書館の沿革によると、内田は本郷キャンパス全体との整合性を重視し、姉崎は図書館としての機能を優先して設計変更を求めました。
姉崎が求めたのは、各階の床高をそろえ、書庫と閲覧室の構造差を小さくすることでした。内田の初期案では1階と2階の階高が大きく異なっていました。完成した建物は、附属図書館の説明では内田案に近い形へ落ち着いたとされています。
この設計経緯によって、総合図書館は本郷キャンパスの外観統一と、大規模な書庫・閲覧機能を一棟の中で両立させる建物になりました。
1928年竣工――SRC造と7層書庫
工事は1926年に始まり、1928年12月1日に竣工式が行われました。以後、12月1日は総合図書館の開館記念日となっています。
構造は鉄骨鉄筋コンクリート造。地下1階・地上3階で、中央部のみ5階です。建物内部には7層の書庫を設けました。震災で煉瓦造の旧図書館を失った経験を踏まえ、耐震・耐火性を持つ頑強な構造へ転換しています。
外壁は淡褐色のスクラッチタイル貼りです。正面入口にはゴシック風のアーチ、壁面には尖塔型の柱を配置しました。安田講堂の暗赤色タイルとは色調が異なりますが、アーチ、垂直線、タイルという共通する建築語彙で本郷キャンパスの景観へ組み込まれています。
大階段と中央書庫――内部に残る1928年の構成
総合図書館の内部で象徴的なのが、中央の大階段です。赤い絨毯を敷いた階段が中央部を上がり、周囲の閲覧空間と各階をつなぎます。

中央部の書庫は7層を重ねた構成で、大量の資料を収容する図書館の機能を建物の中心に据えています。外観のゴシック風意匠と、内部の高密度な書庫構造が一つの建物に組み合わされています。
現在の総合図書館は約130万冊を所蔵し、全学の研究者・学生へのサービスと附属図書館全体の業務を支える中心館として使われています。
総合図書館と工学部1号館――正門軸と直交する第二の軸
総合図書館の正面には、1935年竣工の工学部1号館があります。二棟を向かい合わせに配置し、その間に広場を設けることで、正門―銀杏並木―安田講堂の主軸と直交する方向に第二の軸をつくりました。
総合図書館は、本郷キャンパスの道路・広場・主要校舎を結ぶ内田祥三の復興計画の一部として配置されています。
2015~2020年の耐震改修――外観と構造を継承する
竣工から80年以上を経て、東京大学は総合図書館を大幅に拡充する「新図書館計画」を進めました。本館は2015年9月から2020年8月まで、館内を5分割して段階的に耐震改修しました。
新図書館計画では、1928年の本館について構造と外観を保存し、内部を全面的に改修する方針が採られました。開架書架、閲覧室、学習空間、保存書庫などを再編し、歴史的建築を使い続けるための更新を行っています。
2021年1月には東側エリアのエレベーター工事も完了しました。
2017年の別館――広場の地下に約300万冊の自動書庫
新図書館計画では、本館前広場の地下に総合図書館別館を建設しました。2014年12月に本工事へ着手し、2017年5月に竣工。ライブラリープラザは同年7月に開館しました。
別館は地下に約300万冊を収容できる自動化書庫を備えています。資料をコンベアで本館へ運ぶ仕組みで、人文社会科学系資料を中心とした大規模な保存機能を担います。2018年5月に自動書庫の運用が始まりました。
地下1階のライブラリープラザは、可動式の座席やホワイトボード壁面を備え、学習・研究交流のための空間として整備されています。地上の歴史的な図書館前広場を残しながら、その地下に新しい収蔵・学習機能を加えた計画です。
2020年のアジア研究図書館とグランドオープン
2020年10月1日、本館4階にアジア研究図書館が開館しました。開架閲覧室には5万冊余りのアジア関係図書を置き、地下自動書庫と組み合わせて東アジア、東南アジア、南アジア、中央ユーラシア、西アジアなどの資料を収集・提供しています。
2020年11月26日、新図書館計画として進められた本館・別館の整備が完了し、グランドオープン式典が行われました。1928年の本館を残しながら、地下別館、アジア研究図書館、学習・交流空間を追加した現在の総合図書館が完成しました。
総合図書館の建築史を年代順に見る
| 年 | 出来事 | 建築・図書館上の意味 |
|---|---|---|
| 1877 | 法・理・文三学部図書館を設置 | 東京大学図書館の起点 |
| 1892 | 帝国大学図書館新築落成 | 本郷の煉瓦造旧図書館 |
| 1907 | 書庫増設 | 蔵書増加へ対応 |
| 1923 | 関東大震災で全焼 | 建物と大量の蔵書を喪失 |
| 1924 | ロックフェラーJr.が400万円寄付を申し出 | 再建事業の財源 |
| 1925 | 内田祥三の第一設計案・10月設計案 | 現図書館の建築計画を具体化 |
| 1926 | 新図書館着工 | SRC造による再建 |
| 1928 | 12月1日竣工式 | 現在の本館が完成 |
| 2015 | 本館耐震改修開始 | 歴史的外観を継承して内部更新 |
| 2017 | 別館竣工・ライブラリープラザ開館 | 広場地下へ新機能を追加 |
| 2018 | 別館自動書庫運用開始 | 約300万冊の収蔵能力 |
| 2020 | 本館改修完了、アジア研究図書館開館 | 新図書館計画の主要整備完了 |
| 2020 | 11月26日グランドオープン | 本館・別館を一体運用 |
現地で見るポイント
外観では、淡褐色のスクラッチタイル、正面入口のアーチ、垂直方向に伸びる柱型を確認できます。図書館正面から振り返ると、工学部1号館との向かい合い方も分かります。
内部公開や利用条件は時期・企画によって異なります。大階段や歴史的内装を見る場合は、東京大学附属図書館の公開企画・利用案内を確認してください。
