森美術館の「森万里子:燦燦」は、2026年10月31日から2027年3月28日まで開催される大規模個展です。日本での大規模個展は、東京都現代美術館の「森万里子 ピュアランド」(2002年)以来24年ぶり。30年以上にわたる活動から約40点を選び、パフォーマンス、写真、映像、ドローイング、立体、インタラクティブ・インスタレーションまでを5つのセクションでたどります。
見どころは、1990年代の「未来的な女性像」から、仏教、宇宙物理、新石器時代の遺跡、自然環境へと関心が移っていく過程です。森自身は、20代前半に父を亡くした経験をきっかけに生と死を考え、仏教、宇宙物理、世界各地の古代都市や祈りの場、新石器時代の遺跡へと探究を広げたと述べています。科学者やエンジニアとの協働も、その問いを「見るもの」から「体験するもの」へ変えるための重要な方法になりました。
森万里子とはどんなアーティスト?
森万里子は1967年東京生まれ。1992年にロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アートを卒業し、翌1993年にニューヨークのホイットニー美術館インディペンデント・スタディ・プログラムを修了しました。1990年代半ばには、自身がサイボーグ、アイドル、異星人のような姿で都市空間に現れる写真やパフォーマンスで国際的な注目を集めます。
その後の作品は外見だけを見ると大きく変わります。CGで構成した仏教的な世界、脳波を映像化する巨大な装置、縄文やケルト文化の研究、ニュートリノ観測データに反応する光、自然の中に恒久設置する彫刻へと展開しました。一方、制作の中心には、生と死、身体と意識、人間と宇宙をどこまで一続きのものとして捉えられるかという問いが続いています。
1990年代「ポスト・ヒューマン」の衝撃
第1セクション「ポスト・ヒューマンから秘境の体験へ」の入口となるのが、《プレイ・ウィズ・ミー》(1994年)、《スター誕生》(1995年)、「サイボーグ」シリーズ(1994-1995年)です。森はアニメ、ビデオゲーム、コスプレ、ファッションの要素を取り込み、自分自身を人工的に作り込まれた女性像として街の中に置きました。
「ポスト・ヒューマン」は、人間を固定した存在として見るのではなく、機械、情報、身体改変、人工的なイメージとの結びつきから捉え直す考え方です。森の初期作品では、人間と機械、本人とキャラクター、個人と商品イメージの境界が重なります。《スター誕生》は3Dデュラトランス・プリントと音声を組み合わせた作品で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも所蔵されています。未来服の奇抜さよりも、「現実の都市で人間はすでに人工的なイメージに包まれている」という視点が重要です。
仏教の宇宙観へ―作品はなぜ変化したのか
1990年代後半、森の関心は仏教の宇宙観へ広がります。「エソテリック・コスモス」シリーズ(1996-1998年)では、高度なデジタル・イメージングを用い、遠隔地の風景と仏教図像を重ねました。《エソテリック・コスモス:ピュア・ランド》では、近未来的な身体表現と仏教的な浄土のイメージが同じ画面に置かれます。
転換の背景を理解する手がかりが、森自身のメッセージです。父の死を機に「人の存在は本当に終わってしまうのか」と考え、まず仏教に答えを求め、さらに宇宙物理へ進んだと説明しています。2000年のビデオ・インスタレーション《リンク》では、透明なボディ・カプセルの中に横たわる森の姿と、過去・現在・未来を象徴する世界13カ所の風景が組み合わされます。森美術館はこの作品を、生と死が循環する輪廻転生の考えを形にしたものとして位置づけています。
初期のサイボーグ作品と仏教的な作品は、別々の時期として切り離すより、身体の境界を問い直す方法が変わったと見ると流れがつかみやすくなります。人工的な身体を演じることから、身体が死んだ後まで含む時間や意識を扱うことへ、作品の射程が広がりました。
《Wave UFO》―脳波を使って「ワンネス」を体験に変える
第2セクションの中心が《Wave UFO》(1999-2002年)です。幅は11メートルを超え、脳波インターフェース、プロジェクター、コンピュータ、グラスファイバーなどを組み合わせています。鑑賞者は勾玉を思わせる有機的なポッドに入り、脳波が映像へ変換される体験に参加します。
2003年にニューヨークで《Wave UFO》を展示したPublic Art Fundの記録では、一度に3人が内部に入り、専用装置で脳波を計測して視覚化する仕組みが説明されています。森が2000年代初めから掲げる「ワンネス」は、人間や生命が相互につながっているという考えです。作品では、その抽象的な概念を、複数人の身体データと同じ空間で見る体験へ変えています。
「森万里子:燦燦」でも内部体験が予定されていますが、枠数は限定され、事前申し込みと別料金が必要です。2026年9月7日現在、予約開始日、料金、申込方法はまだ発表されていません。通常の展覧会日時指定券とは別に確認が必要です。
世界の古代遺跡と新石器時代への旅
森は仏教と宇宙物理を調べる一方、ギザ、ラリベラ、アンコールワット、テオティワカン、マチュピチュなどの古代都市や祈りの場を訪れ、さらにオークニー、ニューグレンジ、井戸尻、大湯などの新石器時代・先史時代の遺跡へ関心を広げました。
この流れを理解するうえで、遺跡と天体の関係は手がかりになります。スコットランドの「オークニー諸島の新石器時代遺跡中心地」は、約5000年前の墓、環状列石、集落からなり、メイズハウの通路は冬至の日没方向に近くそろえられています。アイルランドのニューグレンジでは、冬至の朝、入口上部の「ルーフボックス」から差す光が奥の石室を照らします。森が後年、太陽、光、石、自然の周期を作品の仕組みそのものに取り込む背景と重ねて見ることができます。
日本では、秋田県鹿角市の大湯環状列石も研究対象となりました。世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」を構成する特別史跡で、紀元前2000年頃から紀元前1500年頃の二つの大きな環状列石があります。本展では大湯環状列石などの写真作品に加え、縄文中期から後期の敷石住居の研究から生まれた《フラット・ストーン》(2006年)が展示されます。
科学者・エンジニアとの共同制作―見えない宇宙を光にする
森の作品でテクノロジーは、未来らしさを演出する装飾ではなく、肉眼では見えない現象を知覚できる形へ変換する装置として使われます。その典型が、第3セクション「いにしえの未来」に出る《トムナフーリ》(2006年)です。
《トムナフーリ》は、東京大学宇宙線研究所のニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」のリアルタイム・データで発光します。ニュートリノは物質を通り抜けやすく、宇宙から飛来したものも地下深くまで到達する素粒子です。作品は、太陽、地球の大気、遠方の超新星などに由来するニュートリノのデータを光の明滅へ置き換えます。
ここでは、先史時代への関心と最先端の観測科学が同じ作品に入っています。「古いものから未来へ」という一直線の時間ではなく、人間よりはるかに長い宇宙の時間の中に現在を置く発想です。科学者や研究機関との協働は、森が考える宇宙とのつながりを、測定データを介した物理的な出来事として作品化するために使われています。
自然界とつながる―美術館の外へ広がるFaou公益財団
第4セクション「自然界とつながる」では、森が2010年に設立したFaou公益財団の活動が紹介されます。「Faou」は「創造する力」を意味する造語です。財団は各地の地域コミュニティと協力し、宇宙や天空の動きと連動するサイトスペシフィックなパブリックアートを世界6大陸に設置する計画を進めています。
宮古島には2011年、《プライマル・リズム:サンピラー》が恒久設置されました。2016年にはリオデジャネイロのクナンベベ州立公園に《リング:自然とひとつに》が設置されています。エチオピアでの設置が計画される《ピース・クリスタル》は2024年にベネチアで発表されました。本展では、これらの活動と、宮古島のアトリエ「ユプティラ」から見える海をまとめた新作映像を大型LEDディスプレーで紹介します。
1990年代には都市の広告空間や消費文化の中へ自分の身体を置いた森が、現在は作品そのものを自然環境の中へ置いています。素材や規模は変わっても、「人間だけを切り離して考えない」という関心は《Wave UFO》のワンネスや《トムナフーリ》の宇宙との接続から続いています。
5セクションでたどる30年以上の変化
| セクション | 主な内容 | 注目点 |
|---|---|---|
| 1. ポスト・ヒューマンから秘境の体験へ | 1990年代の都市・サイボーグ表現から仏教の宇宙観へ | 《スター誕生》《プレイ・ウィズ・ミー》《エソテリック・コスモス:ピュア・ランド》《リンク》 |
| 2. テクノスピリチュアルな空間体験から、人類を繋ぐ「ワンネス」へ | 脳波や計算技術を使う没入型作品 | 《Wave UFO》と内部映像《コネクティッド・ワールド》 |
| 3. いにしえの未来 | 縄文・ケルト・先史文化と宇宙物理の接続 | 《トムナフーリ》《フラット・ストーン》《お社》 |
| 4. 自然界とつながる | Faou公益財団による自然環境での恒久作品 | 《プライマル・リズム:サンピラー》《リング:自然とひとつに》《ピース・クリスタル》 |
| 5. 森万里子のアーカイブとスタジオ | モデル時代の写真、展示記録、パフォーマンス映像、出版物、ドローイング、研究ノート、古代オブジェクト | 完成作の背後にある調査と制作過程 |
第5セクションは、作品の変化を「思いつきの連続」として見ないために重要です。完成作品だけでなく、ドローイング、アイデアスケッチ、研究ノート、蔵書、古代オブジェクトが紹介されるため、仏教、考古学、科学技術の調査が制作へ入っていく過程を確認できます。共同キュレーターのアレクサンドラ・モンローと片岡真実が編集する日英版カタログも刊行予定です。
約40点の作品で押さえたい見どころ
- 《スター誕生》(1995年):アニメ、アイドル、商品イメージ、人工的な身体が重なる初期代表作です。
- 《エソテリック・コスモス:ピュア・ランド》(1996-1998年):初期の近未来的な自己像から仏教の宇宙観へ移る転換を確認できます。
- 《Wave UFO》(1999-2002年):脳波バイオフィードバックを使い、「ワンネス」を身体的な体験へ変えた大規模作品です。
- 《トムナフーリ》(2006年):スーパーカミオカンデのデータと光を結び、宇宙物理と先史文化を一つの作品に重ねます。
- 《フラット・ストーン》(2006年):縄文時代の敷石住居のリサーチを、床面に広がるインスタレーションへ展開しています。
- 《プライマル・リズム:サンピラー》《リング:自然とひとつに》:美術館内で完結する作品から、太陽や地形と結びつく恒久的なパブリックアートへ広がった後期の活動を示します。
展覧会名の「燦燦」は、30年以上の制作を横断する「光」を表します。仏教の光明や光背、太陽、ニュートリノを可視化するLED、冬至の光と連動する作品まで、光は宗教的象徴、自然現象、科学データをつなぐ共通言語として現れます。
開催概要
会場は六本木ヒルズ森タワー53階の森美術館です。六本木ヒルズができるまでの土地の変化は「六本木1〜7丁目の歴史」、森タワー最上層に美術館を置く「文化都心」という発想と再開発の背景は「森ビルと森トラストの違いとは?」で詳しく紹介しています。
| 展覧会名 | 森万里子:燦燦 |
|---|---|
| 会期 | 2026年10月31日(土)~2027年3月28日(日) |
| 休館日 | 会期中無休 |
| 会場 | 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階) |
| 開館時間 | 10:00~22:00。火曜日は17:00まで。11月3日(火・祝)は18:00まで、2月23日(火・祝)は22:00まで。10月31日(土)は「六本木アートナイト2026」に伴い翌朝6:00まで延長。入館は閉館30分前まで。 |
| 平日料金 | 一般2,800円(オンライン2,600円)、高校・大学生1,700円(1,600円)、中学生以下無料、65歳以上2,400円(2,200円) |
| 土・日・休日料金 | 一般3,000円(オンライン2,800円)、高校・大学生1,800円(1,700円)、中学生以下無料、65歳以上2,600円(2,400円) |
| 予約 | 日時指定券を導入。販売開始日は公式サイトで後日発表。当日に空きがあれば予約なしでも入館できます。 |
| 《Wave UFO》内部体験 | 人数限定。事前申し込みと別料金が必要。予約開始日、料金、申込方法は後日発表。 |
開催情報は2026年9月7日時点の森美術館公式発表に基づきます。輸送状況などにより展示内容や作品が変更される場合があります。
参考文献・公式資料
- 森美術館「森万里子:燦燦」概要
- 森美術館「森万里子:燦燦」メッセージ・略歴
- 森美術館「森万里子:燦燦」構成
- Public Art Fund, “Mariko Mori: Wave UFO”
- The Museum of Modern Art, “Mariko Mori. Birth of a Star. 1995”
- 東京大学宇宙線研究所 スーパーカミオカンデ「Learn about Neutrinos」
- UNESCO World Heritage Centre, “Heart of Neolithic Orkney”
- Heritage Ireland, “Winter Solstice at Newgrange”
- UNESCO World Heritage Centre, “Brú na Bóinne”
- 「北海道・北東北の縄文遺跡群」公式サイト「大湯環状列石」

