谷中・千駄木・向丘の歴史散歩|日暮里駅から史跡・坂道・寺町を歩く

台東区谷中にある谷中銀座商店街の町並み

JR日暮里駅から谷中、千駄木、向丘へ歩くと、近代彫刻、戦後の商店街、日本美術、江戸の大名屋敷跡、坂道、富士信仰、幕末の西洋砲術まで、異なる時代の歴史が徒歩圏に重なっています。今回のルートでは、朝倉彫塑館、初音小路、谷中銀座商店街、岡倉天心記念公園、須藤公園、白蛇坂、解剖坂、海蔵寺、大圓寺を巡り、白山駅または本駒込駅方面へ歩きました。

今回のコース概要|日暮里駅から谷中・千駄木・向丘へ

  • 出発:JR日暮里駅
  • 到着:白山駅または本駒込駅
  • 主要スポット:朝倉彫塑館、初音小路、谷中銀座商店街、岡倉天心記念公園、須藤公園、白蛇坂、千駄木ふれあいの杜、解剖坂、海蔵寺、大圓寺
  • テーマ:谷中の文化と商店街、千駄木の地形、向丘の寺町、富士信仰、幕末史

日暮里駅周辺の谷中は、寺町と住宅地、路地、文化施設が近接する地域です。千駄木へ進むと台地と低地の高低差が目立ち、向丘では寺院が集まる町並みに入ります。文京区によると、向丘一・二丁目には26の寺院が点在し、区内有数の寺町を形成しています。

日暮里駅からさらに北へ延びる沿線を巡るなら、日暮里・舎人ライナー完全ガイド|全13駅の歴史・開発・観光を途中下車でたどるで、沿線の歴史と街の変化を紹介しています。

朝倉彫塑館|彫刻家・朝倉文夫のアトリエ兼住居

朝倉彫塑館は、近代日本を代表する彫刻家・朝倉文夫(1883~1964)がアトリエ兼住居として使った建物です。現在は美術館として作品を展示し、敷地全体は「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝、建物は国の登録有形文化財になっています。

今回の散歩では、日暮里駅から谷中へ入る最初の主要スポットとして訪れました。作品だけでなく、彫刻家が制作と生活を行った建物と庭園を一体で見られる点が特徴です。谷中を「古い町並み」だけでなく、近代美術の拠点として見る入口になります。

初音小路|谷中に残る戦後の路地景観

初音小路は谷中7丁目にある小さな商店街です。台東区の景観調査では、戦後につくられた個性的な路地の一つとして挙げられています。台東区フィルム・コミッションも「谷中初音小路」を商店街として紹介しています。

今回のルートでは朝倉彫塑館から谷中銀座へ向かう途中に通りました。大通りではなく、建物同士の距離や通路の幅、店が路地に面して並ぶ景観を見る場所です。谷中に残る戦後の生活空間を、路地の形から確認できます。

谷中銀座商店街|戦後に形成された約170mの商店街

谷中銀座商店街は、JR日暮里駅から徒歩圏にある全長約170mの商店街です。台東区公式観光情報サイトによると、1945年頃に自然発生的に生まれ、近隣型商店街へ発展しました。現在も個人商店を中心に店舗が並び、日暮里・谷中を代表する散歩スポットになっています。

台東区谷中にある谷中銀座商店街の町並み
谷中銀座商店街、2009年。撮影:Kentin/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

日暮里駅側から歩く場合は、商店街へ下る「夕やけだんだん」とあわせて、高台から低地へ移る地形も確認できます。店舗だけを見るより、階段、道幅、周囲の住宅地まで含めて見ると、谷中の町並みが立体的に分かります。

岡倉天心記念公園|日本美術院が置かれた場所

台東区立岡倉天心記念公園は、岡倉天心の邸宅兼日本美術院跡に整備された公園です。岡倉天心は横山大観らと日本美術院を創設し、日本美術の近代化に大きな役割を果たしました。公園は1967年に開園し、園内の六角堂には平櫛田中作の天心坐像があります。

朝倉文夫の彫刻から岡倉天心と日本美術院へ続けて歩くと、谷中が近代日本美術と深く結びついた地域だったことが分かります。今回の散歩でも、商店街のにぎわいから少し離れた住宅地の中で、この美術史の痕跡をたどりました。

須藤公園|大聖寺藩邸から受け継がれた庭園

千駄木の須藤公園は、江戸時代に加賀藩の支藩・大聖寺藩の屋敷があった場所です。その後、品川弥二郎の邸宅となり、1889年に実業家・須藤吉左衛門が取得しました。1933年に須藤家から東京市へ公園用地として寄付され、1950年に文京区へ移管されています。

文京区千駄木の須藤公園の園内景観
須藤公園、2020年。撮影:Urbs urbium/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

園内では台地と低地の高低差を利用した斜面、池、約10mの「須藤の滝」を見られます。今回のルートでは谷中から千駄木へ移り、町の起伏を公園の中でも確認できる場所として立ち寄りました。

白蛇坂・解剖坂|千駄木の高低差を歩く

千駄木から向丘にかけては、平坦な観光ルートだけでは分かりにくい地形の変化を坂道で体感できます。今回歩いた白蛇坂と解剖坂も、その高低差をつなぐ道です。文京区の景観資料では、解剖坂周辺の眺望が、起伏に富んだ文京区の景観を表すものとして取り上げられています。

坂そのものに加え、坂の上と下で視界や建物の高さがどう変わるかを見ると、千駄木の地形を理解しやすくなります。今回のルートでは、白蛇坂、千駄木ふれあいの杜、解剖坂を続けて歩きました。

海蔵寺|江戸の富士信仰を伝える身禄行者の墓

向丘2丁目の海蔵寺は曹洞宗の寺院で、天文年間(1532~1554)に現在の和田倉門内で創建され、明暦年間(1655~1657)に現在地へ移りました。境内には、江戸庶民に富士信仰を広めた身禄行者の墓があります。身禄行者墓は文京区指定文化財です。

富士講は江戸の庶民に広がった富士山信仰です。海蔵寺では、観光地としての谷中・千駄木から一歩進み、江戸の人々がどのような信仰を持っていたかを墓所からたどれます。

大圓寺|高島秋帆の墓と幕末の西洋砲術

向丘1丁目の大圓寺は、1597年に開創した曹洞宗寺院です。はじめは神田柳原にあり、1649年に現在地へ移りました。墓域には幕末の砲術家・高島秋帆の墓があり、境内には八百屋お七ゆかりの焙烙地蔵もあります。

高島秋帆は長崎で西洋砲術を学び、幕府に西洋式軍事技術の導入を訴えた人物です。今回の散歩では大圓寺を終盤に訪れました。谷中の近代美術から始まったルートが、向丘では江戸の信仰と幕末の軍事技術へつながります。

今回歩いたスポット一覧

各リンクはGoogleマップです。現地でルートを確認するときに利用できます。

  1. JR日暮里駅
  2. 朝倉彫塑館
  3. 初音小路
  4. 谷中銀座商店街
  5. 台東区立岡倉天心記念公園
  6. 須藤公園
  7. 白蛇坂
  8. 文京区立千駄木ふれあいの杜
  9. 解剖坂
  10. 海蔵寺(身禄行者の墓)
  11. 大圓寺(高島秋帆の墓)
  12. 白山駅または本駒込駅

谷中・向丘周辺を別ルートでも歩く

向丘から本郷・湯島方面へ範囲を広げるなら、湯島天神の梅まつりと本郷散策、文学と学問の史跡を中心に歩くなら本郷歴史散歩ガイドもあわせて参照できます。

解説付きの歴史散歩に参加する

ゆる歴史散歩会では、東京の史跡、神社仏閣、建築、坂道、地形などを現地で解説しながら歩くイベントを開催しています。募集中の日程とテーマはイベント一覧で確認できます。

TimeWalkで近くの歴史スポットを探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。谷中・千駄木・向丘を歩くときも、周辺の史跡や人物ゆかりの場所を探す補助に使えます。

参考資料

参考図版

秋葉原(あきはばら) 浅草(あさくさ) 浅草橋(あさくさばし) 池之端(いけのはた) 今戸(いまど) 入谷(いりや) 上野(うえの) 上野公園(うえのこうえん) 上野桜木(うえのさくらぎ) 雷門(かみなりもん) 北上野(きたうえの) 清川(きよかわ) 蔵前(くらまえ) 小島(こじま) 寿(ことぶき) 駒形(こまがた) 下谷(したや) 千束(せんぞく) 台東(たいとう) 鳥越(とりごえ) 西浅草(にしあさくさ) 日本堤(にほんづつみ) 根岸(ねぎし) 橋場(はしば) 花川戸(はなかわど) 東浅草(ひがしあさくさ) 東上野(ひがしうえの) 松が谷(まつがや) 三筋(みすじ) 三ノ輪(みのわ) 元浅草(もとあさくさ) 谷中(やなか) 柳橋(やなぎばし)
大塚(おおつか) 音羽(おとわ) 春日(かすが) 小石川(こいしかわ) 後楽(こうらく) 小日向(こひなた) 水道(すいどう) 関口(せきぐち) 千石(せんごく) 千駄木(せんだぎ) 西片(にしかた) 根津(ねづ) 白山(はくさん) 本駒込(ほんこまごめ) 本郷(ほんごう) 向丘(むこうがおか) 目白台(めじろだい) 弥生(やよい) 湯島(ゆしま)
【紫色:主な見附 白色:主なスポット 青色:現在の主要線路】見附とは見張り番所がある城門のことで、江戸城の見附は主に枡形門と堀に架けられた橋が一体となったものが多かった。実際は36以上あったが俗に江戸城三十六見附と呼ばれている。現在でも一部残っている。

関連する現地散歩として、西日暮里~千駄木~本駒込の裏路地散歩。普段歩かないところを歩こうもあわせて参照できます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

なかまつをフォローする
イベント