平井から亀戸を歴史散歩|平井聖天・平井の渡し・旧中川・亀戸中央公園・亀戸水神

平井と亀戸の間を流れる旧中川の水辺

JR平井駅から亀戸駅へ向かい、平井聖天、平井の富士塚、平井の渡し跡、旧中川、北十間川、亀戸中央公園、亀戸水神社をたどる歴史散歩コースです。江戸の街道と渡し、富士講、荒川放水路による河川の変化、工場跡地の公園化まで、平井と亀戸の景色がどう形づくられてきたかを歩きながら追えます。

今回のコース概要

  1. 平井駅
  2. 平井聖天(燈明寺)
  3. 平井の富士塚
  4. 平井の渡し跡
  5. 旧中川沿い
  6. 江東新橋
  7. 亀戸中央公園B地区
  8. 亀戸水神駅
  9. 亀戸水神社
  10. 常光寺
  11. 亀戸駅

平井聖天|関東三聖天と文人の足跡

燈明寺とうみょうじは、平井聖天の名で親しまれる新義真言宗の寺院です。江戸川区は、妻沼聖天、浅草の待乳山聖天と並ぶ「関東三聖天」の一つとして紹介しています。江戸時代には将軍の鷹狩りの際の御膳所にも用いられました。

安政2年(1855)の安政地震で堂宇が損傷し、大正12年(1923)の関東大震災では本堂が全壊しました。その後、関澄道貫主のもとで再建が進められ、平等院を思わせる意匠の本堂が建てられました。関澄道は文人との交流でも知られ、正岡子規まさおかしき伊藤左千夫いとうさちおと親交があり、境内の茶室は伊藤左千夫の設計と伝わります。平井で寺院史と近代文学史が交わる場所です。

平井の富士塚|地域に残る富士講の信仰

平井6丁目の諏訪神社境内には、江戸川区登録有形民俗文化財の「平井の富士塚」があります。築造年代は分かっていませんが、地域の丸富講によって築かれました。諏訪神社の絵馬堂には、丸富講が大正2年(1913)に奉納した富士講の板絵額も残ります。

江戸から明治にかけて、富士山へ直接出かけることが難しい人々は、身近な場所に築かれた富士塚へ登拝しました。平井では、街中の小さな塚から地域に根づいた富士信仰をたどれます。

平井の渡し|行徳道と塩・参詣の交通路

平井の渡しは、行徳道ぎょうとくみちが中川を横切る場所に設けられた渡し場です。現在の旧中川沿い、平井6丁目1番先が江戸川区登録史跡になっています。

行徳道は平井の渡しから東へ延び、四股で元佐倉道と交差し、東小松川・一之江方面を経て今井の渡しへ続きました。江戸川区の資料では、古くは行徳塩の輸送路の一つと考えられ、成田山への参詣や、江戸方面から浅草寺へ向かう人々にも利用されたとされています。明治32年(1899)に平井橋が架けられるまで渡しは使われました。

歌川広重が描いた旧中川の逆井の渡し
歌川広重『逆井のわたし』、名所江戸百景。Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

広重が描いた「逆井のわたし」は、平井の渡しとは別の渡し場ですが、旧中川に舟の交通があった時代の景観を伝える資料です。現在の静かな水辺と見比べると、川が生活と移動の道だったことが分かります。

旧中川|荒川放水路で分断された中川の旧流路

旧中川は、かつて中川の本流だった区間です。大正13年(1924)に荒川放水路が開削されて中川が分断され、その西側が旧中川と呼ばれるようになりました。東京都建設局によると、木下川排水機場から小名木川排水機場まで全長6.68kmです。

現在は河川水位を低く保ち、緩傾斜の堤防や水辺空間が整備されています。平井橋から江東新橋へ向かう区間では、川面の近くまで降りられる場所が多く、渡し場の時代とは異なる現代の河川整備を歩いて確認できます。

平井と亀戸の間を流れる旧中川の水辺
旧中川の水辺、2014年。撮影:Guilhem Vellut/Wikimedia Commons/CC BY 2.0。

北十間川と江東新橋|水路が交わる亀戸東部

江東新橋付近では旧中川と北十間川が接続します。北十間川は亀戸から墨田区方面へ延びる水路で、江東区の登録史跡です。川沿いを歩くと、東西に延びる水路と南北方向の旧中川が接続する地形を現地で捉えられます。

亀戸の地名|「亀ケ井」「亀の形の島」など複数の説

亀戸の地名には複数の由来説があります。江東区は、亀形の井桁がある「亀ケ井」という古井戸にちなむ説、この地が島だった頃に形が亀に似ていたという説、「かみど(神戸)」が転じたという説を紹介しています。旧中川を越えて亀戸へ入ると、河川と低地に囲まれた土地の成り立ちを意識しやすくなります。

江東区の行政地図と亀戸の位置
江東区の行政地図。亀戸は区北東部、旧中川の西岸に位置します。

亀戸中央公園|日立製作所亀戸工場跡から都立公園へ

亀戸中央公園は、日立製作所亀戸工場の跡地を整備して昭和55年(1980)6月1日に開園した都立公園です。公園面積は約10.3万平方メートルで、A・B・Cの3地区に分かれています。

A地区には中央広場、B地区には人工池と芝生・休憩広場、C地区には多目的球技広場やテニスコートがあります。今回通るB地区の園路は、工場跡地が大規模な緑地へ変わったことを実感しやすい場所です。園内はサザンカの名所としても知られ、約50園芸品種・4千本が植えられています。

亀戸中央公園の園路と樹木の景観
亀戸中央公園、2010年。撮影:Arashiyama/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

亀戸水神駅と亀戸水神社|駅名に残る水神信仰

東武亀戸線の亀戸水神駅は昭和3年(1928)4月15日に開設されました。駅名は近くの亀戸水神社にちなみ、鉄道の駅名に地域の信仰が残っています。

東武亀戸線亀戸水神駅の駅舎外観
亀戸水神駅、2024年。撮影:MaedaAkihiko/Wikimedia Commons/CC0 1.0。

亀戸水神社には宝暦12年(1762)の銘を持つ石祠があり、江東区登録有形民俗文化財になっています。境内には昭和13年(1938)銘の「亀戸水神森由来碑」も残ります。規模の小さな境内ですが、近世から近代に続いた水神信仰を伝える文化財がまとまっています。

常光寺|江戸の六阿弥陀道を伝える道標

時間に余裕があれば常光寺にも立ち寄れます。墓地北隅には延宝7年(1679)銘の「六阿弥陀道道標」があり、江東区指定有形文化財です。正面に「南無阿弥陀佛」、側面に「自是右六阿弥陀道」などが刻まれ、江戸の人々が寺社を巡った道筋を伝えています。

平井から亀戸へ歩くと見えるもの

このコースでは、平井聖天と富士塚に残る信仰、平井の渡しと行徳道の交通、旧中川と北十間川の水路、亀戸中央公園の土地利用転換、亀戸水神社の水神信仰を一続きにたどれます。寺社、街道、川、工場跡地をつなぎ、江戸から近現代までの街の変化を平井駅から亀戸駅までの散歩の中で重ねて見られるのが特徴です。

亀戸・江東エリアを続けて歩く

亀戸から西側へ歴史散歩を続けるなら、錦糸町から住吉を歴史散歩|竪川・亀戸銭座跡・猿江恩賜公園を巡るコースがつながります。水運と鉄道、近代産業の変化をさらに追うなら、都電砂町線の廃線跡を歩く|西大島・北砂・南砂から東陽町へも近いテーマです。

参考資料

現在地から歩ける史跡を地図で探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。平井・亀戸では、旧中川沿いの史跡や寺社を確認しながら寄り道できます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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