【開催レポート】版元・版画の歴史をたどる:老舗版画展と広告博物館を巡りました!

アドミュージアム東京で江戸時代の広告と蔦屋重三郎の展示を鑑賞する参加者

2026年7月25日(土)15時から17時まで、14名で汐留・新橋・銀座を歩く歴史散歩を開催しました。テーマは、江戸の出版文化を動かした版元・蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろうと、近代木版画「新版画」を支えた版元・渡邊庄三郎わたなべしょうざぶろうです。アドミュージアム東京の広告史展示から始まり、明治期の輸出ラベル、新橋の地名の由来、老舗版画店、そして開催中の「新版画まつり2026」まで、江戸から昭和へ続く版画・広告・デザインの変化をたどりました。

アドミュージアム東京の展示室を見学する来館者
アドミュージアム東京の展示室。広告史をたどる展示を見学しました。

アドミュージアム東京

最初に訪れたのは、汐留のカレッタ汐留にあるアドミュージアム東京です。広告とマーケティングを専門に扱う博物館で、江戸時代から現代までの広告史を、実物資料や映像、デジタル展示を通して学べます。

今回は「版元」が主題だったため、常設展示の中でも江戸時代の広告と蔦屋重三郎に関する資料を中心に鑑賞しました。江戸時代の版元は、現代でいう出版社、編集者、プロデューサー、販売者を兼ねる存在です。作者や絵師を見いだし、企画を立て、版木を彫る職人や摺師を束ね、商品として世に送り出しました。

蔦屋重三郎は、黄表紙や洒落本、浮世絵などを手がけ、喜多川歌麿きたがわうたまろ東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらくらの作品を世に出したことで知られます。展示を前に、参加者同士で図柄や仕掛けについて意見を交わしながら、江戸の広告が単なる告知ではなく、娯楽や流行と結びついた表現だったことを確かめました。

アドミュージアム東京で江戸時代の広告と蔦屋重三郎の展示を鑑賞する参加者
江戸時代の広告展示を鑑賞。版元・蔦屋重三郎を中心に見ていきました。

「世界を旅した小さなデザイン ―150年前の輸出ラベルとその役割―」展

続いて、同館で開催中の「世界を旅した小さなデザイン ―150年前の輸出ラベルとその役割―」展を鑑賞しました。会期は2026年7月3日から8月29日まで。明治から昭和初期に輸出された茶・生糸・マッチのラベル約310点を紹介する企画展です。

輸出ラベルは、商品名を示すだけの紙片ではありません。海外市場で「日本製」であることを伝え、品質への信頼や商品の格を演出する広告メディアでした。富士山、人物、動植物、船、鉄道などの図柄には、輸出先の人々が日本に抱くイメージと、売り手側が伝えたい物語が凝縮されています。

色鮮やかなラベルは、現在見ても親しみやすく、細部まで見比べたくなるデザインばかりでした。江戸の出版文化を担った蔦屋重三郎と、大正から昭和に新版画を展開した渡邊庄三郎。その間に位置する明治時代を、輸出産業とパッケージデザインから見ることで、この日のテーマを自然につなぐ章になりました。

「世界を旅した小さなデザイン」展で輸出ラベルを見る参加者
明治期を中心とする茶・生糸・マッチの輸出ラベルを鑑賞しました。

「世界を旅した小さなデザイン」展の会場とフォトスポット
約310点の輸出用ラベルが紹介された企画展の会場です。

旧新橋停車場

銀座方面へ移動する途中、旧新橋停車場を紹介しました。1872年(明治5年)、日本最初の鉄道が新橋―横浜間に開業しました。現在の建物は、当時の新橋停車場の外観を同じ場所に再現したもので、館内には鉄道歴史展示室があります。

鉄道は人や物の移動を大きく変え、駅前の銀座には新しい商品や情報が集まりました。広告や印刷物が広がる背景には、印刷技術だけでなく、鉄道による流通の変化もあります。今回は立ち寄り見学ではありませんでしたが、近代東京の発展を考えるうえで欠かせない場所として、街歩きの途中に確認しました。

新橋の親柱

次に、GINZA 9付近に残る新橋の親柱を見学しました。現在は地名や駅名として知られる「新橋」ですが、もともとは汐留川しおどめがわに架かっていた橋の名前です。江戸時代の東海道は日本橋から京橋を経て新橋を渡り、品川方面へ続いていました。

親柱とは、橋の両端に立つ太い柱です。現存するものは、かつてここに橋と川があったことを伝える貴重な痕跡です。港区の資料によれば、江戸時代の新橋には擬宝珠ぎぼしが付けられ、庶民が使える江戸城外の橋の中では日本橋・京橋と並ぶ格式を備えていました。

汐留川は後に埋め立てられましたが、その流路に沿うように現在の高架や商業施設があります。GINZA 9という名称も、銀座八丁目の先に位置する場所を印象づける呼び名として、かつての川と橋の境界を考える手がかりになります。橋が消えても、地名や街区の形には水辺の記憶が残っていることを紹介しました。

新橋の親柱とGINZA 9周辺の様子
地名の由来となった新橋の親柱。かつての汐留川と銀座の水辺を考える手がかりです。

渡邊木版美術画舗

この日のもう一人の主役、渡邊庄三郎ゆかりの渡邊木版美術画舗を訪ねました。1909年創業の版画専門店で、江戸時代の浮世絵から近代の新版画、現代木版画までを扱っています。

渡邊庄三郎は、明治末に衰退していた伝統木版画の技術を生かしながら、近代の画家と新しい作品を制作しました。絵師が構想し、彫師が版木を彫り、摺師が色を重ね、版元が全体を企画・調整して世に出すという協働制作です。この動きは後に「新版画運動」と呼ばれ、川瀬巴水かわせはすい伊東深水いとうしんすいら多くの作家が参加しました。

この場所は、渡邊庄三郎が1925年(大正14年)4月から1962年(昭和37年)2月に亡くなるまで、店舗と住居を構えた地でもあります。店内では、江戸から現代までの版画を間近に鑑賞し、お店の方から作品や制作について説明していただきました。博物館とは異なり、現在も版画を扱い、制作と販売の文化を受け継ぐ現役の店舗であることが大きな魅力です。

渡邊木版美術画舗で版画を鑑賞する参加者
渡邊木版美術画舗を訪問し、江戸時代から現代までの版画を鑑賞しました。

新版画まつり2026

渡邊木版美術画舗で「新版画まつり2026」が開催中だと教えていただき、予定を広げてGINZA SIXへ向かいました。会場は5階のArtglorieux GALLERY OF TOKYO。会期は2026年7月23日から29日までで、まさに開催期間中の訪問となりました。

公式案内によると、美人画の伊東深水、風景画の高橋松亭・笠松紫浪・石渡江逸、花鳥画の小原祥邨、役者絵の名取春仙らの木版画約30点が展示されました。会場では近代の多様な作品を見比べ、川瀬巴水の作品も鑑賞しました。

新版画は、江戸の浮世絵と同じ分業制作を基盤にしつつ、近代的な光や空気、都市風景、抒情性を表した点に特徴があります。アドミュージアム東京で江戸の版元を学び、老舗店舗で制作と流通の仕組みに触れ、その先で実作品を見るという、偶然ながら非常にまとまりのある流れになりました。

新版画まつり2026で川瀬巴水などの作品を鑑賞する参加者
GINZA SIXの「新版画まつり2026」で近代木版画を鑑賞しました。

新版画まつり2026会場のArtglorieux GALLERY OF TOKYO入口
「新版画まつり2026」の会場となったArtglorieux GALLERY OF TOKYO。

まとめ

2時間の短い歴史散歩でしたが、江戸時代の出版と広告、明治期の輸出ラベルと国際流通、大正・昭和期の新版画、そして現在も続く版画店と展覧会まで、盛りだくさんの内容を楽しめました。

蔦屋重三郎と渡邊庄三郎は生きた時代も扱った作品も異なります。しかし、絵師や職人の力を束ね、作品を商品として社会へ届けた「版元」という役割には共通点があります。さらに、版画を作品だけでなく、広告、流通、街の変化と結びつけて見ることで、デザイン史が東京の歴史散歩とつながって見えてきました。初めて知る場所や話題も多く、参加者にとって発見の多い回となりました。

TimeWalkのご紹介

今回のイベントではTimeWalkを利用していませんが、ゆる歴史散歩会では、街の歴史や見どころをスマートフォンで楽しめるサービス「TimeWalk」も公開しています。日々の散歩や歴史散策の予習・復習にご活用ください。

参考資料