2026年7月30日(木)14時45分から16時15分まで、18人で「超人気!日本銀行本店見学ツアーにいこう」を開催しました。集合場所は日本橋三越本店の天女(まごころ)像付近。壮大な像を眺めてから日本銀行本店へ移動し、今回はほかの見学者がいない、ゆる歴史散歩会のメンバーだけの貸切状態で館内を見学できました。

集合場所は日本橋三越本店の天女(まごころ)像
集合場所に選んだ天女像は、日本橋三越本店本館1階の中央ホールにそびえる同店の象徴です。正式には「天女(まごころ)像」と呼ばれ、三越がお客さまに向ける「まごころ」を表現しています。彫刻家・佐藤玄々が約10年をかけて制作し、1960年に完成しました。瑞雲に包まれた天女が花芯へ降り立つ瞬間を表した、非常に密度の高い作品です。
像の裏側には三越劇場に関する展示もあり、待ち合わせの時間から日本橋の文化史に触れられました。

日本橋三越本店
日本橋三越本店の現在の本館は1935年に完成した西洋古典様式の建築で、2016年に国の重要文化財に指定されました。正面玄関のライオン像、中央ホールの天女像、パイプオルガン、大理石に残るアンモナイトなど、買い物以外にも見どころが多い建物です。江戸時代の越後屋から続く商業の歴史と、昭和初期の百貨店建築を一度に体感できます。
日本銀行本店見学の概要
日本銀行本店の見学では、受付後に手荷物検査を受け、無料ロッカーへ荷物を預けました。敷地内は一部の指定場所を除いて原則撮影禁止です。最初に解説映像を見たあと、初代総裁から歴代総裁の肖像画をたどりながら、日本銀行の役割と本店の歩みについて説明を受けました。
その後、2階中央ドーム下の周囲にある役員室を自由見学し、地下1階の免震構造と金庫室へ進みました。最後は1階へ戻り、旧営業場の客溜、正面玄関ホールなどを見学しました。今回は参加者18人だけだったため、説明を落ち着いて聞き、建築の細部もじっくり観察できました。

日本銀行本店の歴史

日本銀行は1882年に開業しました。最初の本店は現在の日本橋箱崎町にあり、その後、現在地へ移転します。現本館は1896年に完成した石造・煉瓦造の近代建築で、設計は辰野金吾です。ベルギー国立銀行を参考にしながら、日本の中央銀行にふさわしい堅牢さと格式を備えた建物として計画されました。
上空から見ると建物が「円」の字に見えることで有名ですが、これは偶然できた形と説明されています。本館は国の重要文化財に指定され、現在も日本の金融史と近代建築史を伝える現役の建築です。
辰野金吾

辰野金吾は、日本銀行本店本館や東京駅丸の内駅舎などを手がけた、日本近代建築を代表する建築家です。工部大学校でジョサイア・コンドルに学び、のちに多くの建築家を育てました。日本銀行本店では、重厚な石造外観、中央ドーム、古典主義的な柱や装飾、銀行として必要な防火・防犯機能を組み合わせています。
建築を美しく見せるだけでなく、現金を安全に扱い、多数の職員と来客が働けるように設計された点が大きな特徴です。中庭は正面玄関への入口であると同時に、地下金庫へ現金を運び込む動線にもつながっていました。
長野宇平治と関東大震災後の修復
長野宇平治は辰野金吾の弟子で、日本銀行の技師として各地の支店建築に携わった建築家です。1923年の関東大震災では、本館の地上部分が火災被害を受けました。復旧・修復を主導したのが長野宇平治です。辰野の設計思想を理解する人物が修復を担ったことで、建物の基本的な姿が引き継がれました。
一方、地下金庫は火災被害を免れ、建設当時の煉瓦壁や設備が多く残りました。今回の見学では、その地下空間を実際に歩けたことが大きな見どころでした。
日本銀行本店本館・免震化工事
歴史的建築を使い続けるには、文化財としての価値を守りながら地震対策を行う必要があります。日本銀行本店本館では、建物の下部に免震装置を設置し、建物全体を支えながら地震の揺れを伝わりにくくする免震化工事が行われました。
隣接する旧館(2・3号館)は、2006年から2009年にかけて本館に先行して免震化されていました。本館と旧館にはそれぞれ免震装置が設置されているため、地震時に別々に動いて衝突しないよう、両建物を連結して一体で動く構造が採用されました。既存の免震建物である旧館と、重要文化財の本館を一体化して免震化した点が、この工事の大きな特徴です。
地下金庫へ――三つの金庫扉
地下1階では、アメリカ製、イギリス製、日本製という三つの金庫扉を見学しました。金庫拡張後に設置されたアメリカ製の扉は、扉そのものが約15トン、周囲の枠が約10トンあるとの説明でした。巨大な扉と複雑な施錠機構を前にすると、中央銀行が扱ってきた現金量と、防犯への徹底した備えが実感できます。

日本製の扉は、輸入されたイギリス製金庫扉を参考に国内で製造されたものです。西洋技術を導入し、国内企業へ技術を移転していこうとした明治期の姿勢も読み取れます。

関東大震災をくぐり抜けた地下空間
地下金庫は1923年の関東大震災後の火災被害を受けなかったため、建設当時の煉瓦や空間構成がよく残っています。床には、現金を載せたトロッコを走らせるための軌道跡が残っていました。正面から中庭へ入り、貨物用エレベーターで地下へ降ろし、軌道に沿って金庫へ運ぶ仕組みです。

壁やアーチには、当時の煉瓦積みと仕上げが確認できます。防火性と堅牢性を重視した地下施設でありながら、アーチや白い煉瓦の使い分けなど、機能だけではない意匠上の工夫も見逃せません。

地下金庫内の展示
金庫室内は撮影可能で、紙幣の鑑査、現金輸送、模擬紙幣などの展示を見学しました。傷んだ紙幣や偽造紙幣を確認する「鑑査」は、かつて手作業で行われていましたが、日本銀行は世界に先駆けて自動鑑査機を導入しました。

模擬紙幣を積み上げた展示では、1億円を40包、さらに25台分で1千億円になる量を視覚的に体感できます。数字だけでは想像しにくい中央銀行の業務が、実物大展示によって一気に身近になりました。

金庫の一番奥まで進むと、広い空間、煉瓦壁、換気設備、床の排気口など、地下金庫を安全に維持するための仕組みも確認できました。

現金を運んだ貨車「マニ車」
かつて日本銀行は、全国へ紙幣を運ぶために鉄道貨車を利用していました。展示で紹介されていた「マニ車」は、国鉄時代の車両形式記号で、「マ」が重量区分、「ニ」が荷物車を表します。現金輸送に使われた車両は2004年3月まで運行され、最後まで活躍した車両の一部は小樽市総合博物館で保存されています。

1階の客溜と正面玄関ホール
見学の最後は1階へ移動しました。旧営業場の客溜は2階までの吹き抜けで、建設当時は2階天井とその上の屋根がガラスで構成され、自然光を取り入れる明るい空間でした。広い待合スペースの周囲には古典主義の柱や装飾が並び、銀行を訪れる人に安心感と威厳を与える設計になっています。


正面玄関ホールでは、扉上部のステンドグラス、柱、天井、照明などを観察しました。中庭側のステンドグラスは創建時に制作されたもので、近代日本の建築装飾の技術を伝えています。


注目すべき歴代の日銀総裁
見学では歴代総裁の肖像画を見ながら説明を受けました。初代総裁の吉原重俊は、創設直後の日本銀行の組織づくりを担いました。第2代の富田鉄之助は、日本銀行券の発行開始期に総裁を務めました。
昭和期では、戦時金融から戦後復興、高度経済成長、石油危機、バブル経済とその崩壊など、各時代の総裁が物価と金融システムの安定という難題に向き合いました。総裁の肖像を年代順に見ると、日本銀行の歴史がそのまま近現代日本経済の変化と重なっていることが分かります。
見学終了、おみやげは断裁されたお札
約90分の見学を終え、最後にパンフレットと、廃棄紙幣を細かく断裁した記念品をいただきました。普段使っている紙幣が、流通を終えたあと日本銀行へ戻り、鑑査され、使えないものは裁断されるという「お札の一生」を思い出せるおみやげです。


帰りは中庭を通って退場しました。ここは来客を迎える正面玄関への動線であると同時に、かつて現金を地下金庫へ運び入れる経路でもありました。見学の最後に改めて中庭を見ると、建築の美しさと銀行実務の機能が一つに結びついていることが分かります。

余談――見学前のインド料理ランチ
時間の合うメンバーは、見学前に日本橋の「ガンジス and メコン」でランチを楽しみました。衆議院内にも店舗があり「国会カレー」で知られる店の日本橋店で、インド料理とタイ料理を味わえます。見学前から会話が弾み、楽しい雰囲気で本番へ向かえました。

まとめ
今回の日本銀行本店見学では、中央銀行の仕事だけでなく、明治の近代建築、関東大震災、免震技術、紙幣の鑑査、鉄道による現金輸送まで、多くのテーマを一度に学べました。地下金庫に残るトロッコ軌道、三つの金庫扉、旧営業場のガラス天井など、実際の空間で見るからこそ理解できることがたくさんあります。
18人のメンバーだけでゆっくり見学できたこともあり、初心者でも質問しやすく、歴史と建築を存分に楽しめる開催となりました。
TimeWalkで歴史散歩をもっと楽しむ
今回はTimeWalkを利用していませんが、ゆる歴史散歩会では、史跡や建築の見どころを地図上で確認できるサービス「TimeWalk」も公開しています。街歩きの予習や復習、次の散歩先探しにご活用ください。
