「ピカソ展なのに、なぜポール・スミス?」――国立新美術館の「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」は、この組み合わせ自体が展覧会の主題です。パリ国立ピカソ美術館所蔵を中心とする約80点を、英国人デザイナーのサー・ポール・スミスが16の空間に再構成。青の時代からキュビスム、コラージュ、陶芸、晩年までを緩やかな時系列でたどりながら、壁面、色、模様、日用品まで含めてピカソを「見せ直す」展覧会です。
出発点は、ピカソ没後50年の2023年にパリ国立ピカソ美術館で開かれた「Picasso Celebration: The Collection in a New Light!」。同館がポール・スミスを芸術監督に招き、所蔵コレクションを新しい視点で再構成した企画です。東京展はその考え方を受け継いだ国際巡回展で、作品の年代だけでなく、「自転車」「雑誌」「ストライプ」「子ども」「闘牛」「戦争」など、ピカソの制作を横断する手がかりから作品同士を結びます。
実際に行ってわかったこと
2026年9月9日(水)の15:00から16:30まで鑑賞しました。滞在は約90分。各セクションの解説を読み、展示空間を写真に収めながら一通り見ることができました。水曜午後の訪問時は、作品前に人が集まる場面はあるものの、各室で立ち止まって鑑賞できる余裕がありました。

実物を見ると、作品だけでなく部屋の切り替わり自体が強い印象を残します。淡い青と黄色の通路、花柄の壁紙、鮮やかなストライプ、壁一面の白い皿、天井から吊られたボーダーシャツ、歴代ポスターで埋め尽くした壁面と、セクションごとに空間のルールが変わります。ピカソの作風の変化を、壁色や模様の変化でも体感できる構成でした。
訪問時、全展示室で写真撮影が可能で、動画撮影は不可でした。展覧会公式サイトも「全展示室撮影OK」と案内しています。作品だけでなく展示空間そのものが見どころなので、写真に残す意味の大きい展覧会です。会場の作品解説は国立新美術館のQRガイドでも読めます。
音声ガイドは訪問時700円、公式図録は3,500円でした。ミュージアムショップには展覧会図録のほか、ポール・スミスの色やストライプを生かしたバッグ、Tシャツ、文具などが並んでいました。

ピカソ meets ポール・スミスは普通のピカソ展と何が違う?
一般的な回顧展では、年代や作風の変化を軸に作品を並べることが多くあります。本展も初期から晩年へ進む大きな流れは保ちますが、展示室そのものを作品理解の装置として使う点が大きく異なります。ポール・スミスは、ピカソの作品に現れる色、模様、身近な物、衣服、印刷物などを手がかりに、各室の背景やレイアウトを変えました。
ポール・スミスは1946年、英国ノッティンガム生まれ。若い頃はプロのサイクリストを目指し、その後ファッションの道へ進みました。国立新美術館は、彼のデザイン哲学を「ひねりのあるクラシック」と紹介しています。伝統的な仕立てを土台に、色や柄、意外な細部を加える方法です。
この方法は、ピカソの制作とも接点があります。ピカソは古典的な人物画へ戻ったかと思えば、新聞や壁紙を貼り、木や日用品を立体に組み込み、雑誌の写真に直接線を加え、陶器の器を人や動物に見立てました。ポール・スミスの役割は作品を装飾することより、ピカソ自身が繰り返した「既にあるものを別の見方に変える」発想を、展示空間で可視化することにあります。
約80点でピカソの70年をたどる
ピカソ(1881~1973)の作品は、一つの「ピカソらしい画風」では捉えきれません。本展では、1902~1903年の《男の肖像》から1970年代初頭の作品まで、約70年にわたる変化を追えます。公式作品リストはカタログ番号1~83で構成され、すべてピカソ作品です。特記のない作品はパリ国立ピカソ美術館所蔵で、東京ステーションギャラリー所蔵《帽子の男》(1915年)や、ひろしま美術館所蔵《女の胸像》(1970年)など国内所蔵作も含まれます。
1901年頃に始まる「青の時代」では、親友カルロス・カサジェマスの死と自身の困窮を背景に、深い青を基調として孤独や貧困を描きました。1904年にパリへ定住すると色調と主題が変わり、サーカスの芸人やアルルカンが現れます。1907年前後には人物と空間を幾何学的に組み替える実験が進み、ジョルジュ・ブラックとの共同研究からキュビスムが発展しました。
その後も変化は止まりません。第一次世界大戦後には古典主義的な人物像を描き、1930年代には恋人や闘牛、スペイン内戦が作品に入り込みます。第二次世界大戦後は南仏ヴァロリスで陶芸を本格化し、1950年代以降は西洋絵画の巨匠の作品を繰り返し再解釈。最晩年まで人物画、版画、立体などを大量に制作しました。年代順に「上達」したのではなく、必要に応じて過去の様式へ戻り、別の素材へ移り、同じ主題を作り直したことがピカソの特徴です。
《牡牛の頭部》―サドルが牛になる「見方の反転」
展覧会の入口を象徴するのが《牡牛の頭部》(1942年)です。使われているのは自転車のサドルとハンドル。サドルを牛の顔、ハンドルを角として組み合わせると、二つの自転車部品が突然、牛の頭に見えてきます。
既製品をそのまま作品として提示する「レディメイド」と比べると、ここでは複数の既製部品を組み合わせ、別の像へ変えるアッサンブラージュの発想が中心です。素材の高価さや技巧より、「何に見えるか」を反転させる着想が作品になります。
ポール・スミスが青年期に自転車競技へ打ち込んでいたことから、本展ではこの作品と彼自身の経験が直接つながります。公式解説によると、スミスは《牡牛の頭部》に着想を得て、複数の自転車サドルを使った展示空間を考案しました。作品と空間の関係を見るうえで、本展の基本原理が最も分かりやすい場所です。
「青の時代」からキュビスムまで―画風はどう変わった?
《男の肖像》(1902~1903年)は、青の時代を知る入口です。パリ国立ピカソ美術館の研究資料では、1901年のカサジェマスの死と当時の貧しい生活が、この時期の深い青と憂鬱な人物像の背景として説明されています。ピカソは最初から「顔を崩して描く画家」だったわけではなく、若い頃には人物の姿や感情を比較的読み取りやすい形で描いていました。
大きな転換点が1907年です。本展にある《女の胸像(《アヴィニョンの娘たち》のための習作)》などは、ニューヨーク近代美術館所蔵の《アヴィニョンの娘たち》本作へ至る制作過程を示します。《アヴィニョンの娘たち》そのものが東京に来ているわけではありません。MoMAには多数の準備素描や習作が残り、人物の構成を何度も変更したことが分かっています。
続く「キュビスムの実験室」では、《サクレ=クール寺院》や静物、素描などから、対象を一つの固定した視点で再現する方法が崩れていく過程を見られます。ピカソとブラックは、形を複数の面へ分解し、互いに重なるように再構成しました。分析的キュビスムでは色を絞り、対象が判別しにくくなるほど分解が進みます。それでもグラス、新聞、楽器、人体の一部など、現実へ戻る手がかりが画面に残ります。
コラージュ・陶芸・日用品―絵画の外へ飛び出したピカソ
1912年頃から、ピカソは新聞紙、壁紙、布など現実の素材を画面へ取り込むようになります。パリ国立ピカソ美術館は、分析的キュビスムの複雑な分解から離れ、現実との結びつきを取り戻す動きとして「総合的キュビスム」を説明しています。本展の「アッサンブラージュとコラージュ」では、プリント生地を使った《パイプを持った男》《口髭の男》や、木を組み合わせた《グラスと新聞》などが並びます。

絵のなかに木目を「描く」代わりに木目模様の壁紙を貼る。新聞を「描く」代わりに印刷物を貼る。再現と現物の境界をずらす発想は、やがて《牡牛の頭部》のような立体へ広がりました。
第二次世界大戦後には素材が土へ移ります。ピカソは1946年に南仏ヴァロリスを訪れ、陶芸家シュザンヌとジョルジュ・ラミエ夫妻のマドゥラ工房と出会いました。1947年以降、陶芸は制作の重要な柱となり、皿や水差しの形を顔、鳥、牧神などへ読み替えます。本展の「一点もの」は、絵画・彫刻・工芸という区分を横断するこの時期を扱います。

ストライプ、衣服、雑誌―ポール・スミスとピカソが交差する
ファッションとの接点は、会場の色づかいだけにありません。セクション01では、ピカソが1951年の『ヴォーグ・パリ』誌面に直接線を描き加えた資料が登場します。ウェディングドレスの写真は、数本の線によって別の人物像へ変わります。既存の印刷物を素材として扱う点は、コラージュの延長線上にあります。
ピカソは舞台とも関わりました。1917年にはバレエ・リュスの《パラード》で舞台幕、舞台装置、衣装を担当し、絵画の外にある視覚表現へ活動を広げています。衣服や舞台を専門領域の外側とみなさず、制作の一部として扱った経歴は、ファッションデザイナーが作品を読み直す本展の背景になります。
セクション09「ストライプ」では、《読書》(1932年)が代表作として紹介されます。ピカソは1930年代の肖像で縞模様を造形要素として使いました。一方、ストライプはポール・スミスを象徴するデザインの一つです。さらに戦後、報道写真やテレビによって「ボーダーシャツ姿のピカソ」という人物像が広まりました。作品の中の縞、作家本人の服装、ポール・スミスのデザインが、同じ視覚モチーフを別々の意味で共有しています。


家族・闘牛・戦争―繰り返す主題を見る
作風が変わっても、何度も戻ってくる主題があります。《アルルカンに扮したパウロ》(1924年)は、ピカソの息子パウロを道化師アルルカンの衣装で描いた作品です。アルルカンは若い頃からサーカスや舞台の世界と結びついて登場し、後年には家族の肖像へ重なりました。本展では娘マヤの肖像や子どもの遊びを扱う作品も続き、身近な人物が制作の中心にいたことが分かります。
闘牛も生涯続いた主題です。1933年の《コリーダ:闘牛士の死》では、牡牛と闘牛士がぶつかる瞬間が、生と死の劇として描かれます。戦後には版画連作〈ラ・タウロマキア〉へ戻り、同じ闘牛でも悲劇性、動き、祝祭性の比重が変わります。
1930年代後半からは戦争が作品を強く変えました。スペイン内戦下の1937年に描かれた《ゲルニカ》はその代表ですが、《ゲルニカ》本作は本展の出品作ではありません。本展の「戦時中」では、内戦から第二次世界大戦、ナチス占領下のパリという状況のなかで、人体や静物が暗く緊張した表現へ変わる過程をたどります。作品の形の変化を、単なる気分や技巧ではなく、作家が置かれた時代と結びつけて見る章です。
マネ《草上の昼食》をピカソはどう作り替えた?
晩年のピカソは、過去の巨匠を盛んに参照しました。本展ではエドゥアール・マネの《草上の昼食》(1863年)を出発点とする作品群を紹介します。公式解説によると、ピカソはこの主題で27点の絵画と約140点の素描を制作し、人物の配置、姿勢、形を繰り返し変えました。
目的は原作を忠実に写すことではなく、よく知られた構図を材料に、自分の造形へ組み替えることでした。本展の《草上の昼食(マネに基づく)》(1960年)などでは、原作の人物関係を保ちながら形を単純化し、別の空間へ変えています。さらにこの研究は厚紙模型やコンクリートの立体へも展開しました。若い頃に現実の見え方を分解したピカソが、晩年には美術史上の名作そのものを「素材」として分解している、と捉えると流れがつながります。

16の展示空間は「作品と背景の組み合わせ」を見る
公式の16セクションは、年代順の章立てというより、ピカソの制作に繰り返し現れる発想を切り出した構成です。大きく四つの流れに分けると見通しがよくなります。
| 流れ | 主なセクション | 見るポイント |
|---|---|---|
| 見方をずらす | 00 トロンプ・レスプリ/01 「ヴォーグ(流行)」中の芸術家 | サドルが牛になり、雑誌写真が線で別の像へ変わる |
| 画風を組み替える | 02 青の憂鬱/03 《アヴィニョンの娘たち》への前奏曲/04 キュビスムの実験室/05 アッサンブラージュとコラージュ/06 古典主義の画家 | 青の時代から形の分解、素材の導入、古典への回帰まで |
| 人生と時代を重ねる | 07 子ども時代/08 闘牛/09 ストライプ/10 戦時中/11 一点もの | 家族、スペイン、恋人、戦争、南仏での陶芸 |
| 過去と自分自身を作り直す | 12 《草上の昼食》/13 ピカソのボーダーシャツ/14 晩年:1969–1972/15 展覧会のピカソ | 巨匠の再解釈、メディアが作った人物像、晩年の制作、展覧会ポスター |
最後の「展覧会のピカソ」は、作品がどう世の中へ見せられたかを扱います。ピカソは生前から多数の展覧会を開き、そのポスターも名声の形成に関わりました。ポール・スミスはポスターの集積を展示空間へ取り込みます。作品だけでなく、雑誌、衣服、写真、ポスターまで含めた「ピカソ像」が本展全体の題材になっています。

全展示室撮影OK―今回の展覧会ならではの特徴
2026年9月10日時点で、展覧会公式サイトは「全展示室撮影OK!」と案内しています。作品だけでなく、ポール・スミスが考案した展示空間も展覧会の内容なので、作品と背景の組み合わせを写真で記録できる点は本展と相性のよい特徴です。撮影方法の細則が更新される場合もあるため、来場時は公式サイトと会場の案内も確認してください。
開催概要
| 展覧会名 | ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ |
|---|---|
| 英題 | Picasso, through the Eyes of Paul Smith |
| 会期 | 2026年6月10日(水)~9月21日(月・祝) |
| 会場 | 国立新美術館 企画展示室2E(東京都港区六本木7-22-2) |
| 休館日 | 毎週火曜日 ※8月11日は開館、8月12日は休館 |
| 開館時間 | 10:00~18:00。金・土曜日は20:00まで。入場は閉館30分前まで |
| 当日料金 | 一般2,400円、大学生1,400円、高校生1,000円、中学生以下無料 |
| 主催 | 国立新美術館、パリ国立ピカソ美術館、日本経済新聞社、TBS、TBSグロウディア、テレビ東京 |
国立新美術館の「あとろ割」対象条件を満たすチケットを同館チケット売場で提示すると、本展の当日料金から100円引きになります。対象は、会期中に国立新美術館で開催中の他の企画展・公募展、またはサントリー美術館・森美術館の対象展覧会のチケット(半券可)です。適用条件は国立新美術館の公式ページで最新情報を確認できます。
同じ国立新美術館では、「ルーヴル美術館展 ルネサンス」も開催中です。館周辺の土地や建築の背景は、「六本木7丁目・乃木坂の歴史散歩」で、旧軍用地から国立新美術館へ至る地域の変化をたどっています。
参考文献・公式資料
- 国立新美術館「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」
- 展覧会公式サイト「ピカソ meets ポール・スミス」
- 展覧会公式サイト「セクション紹介」
- 国立新美術館「出品リスト」(日本語・英語)
- Musée national Picasso-Paris, “Picasso Celebration: The Collection in a New Light!”
- Musée national Picasso-Paris, “The Blue and Pink Periods”
- Musée national Picasso-Paris, “Cubism”
- Musée national Picasso-Paris, “The Mediterranean Years”
- Musée national Picasso-Paris, “Picasso’s Final Years”
- The Museum of Modern Art, “Les Demoiselles d’Avignon”
- Centre d’Études Picasso

