2025年3月1日、ゆる歴史散歩会では東京都北区赤羽台の「URまちとくらしのミュージアム」を20名で見学しました。今回は通常の街歩きとは少し趣向を変え、戦後の団地、公団住宅、集合住宅の設計、暮らしの変化を、復元住戸・模型・映像・実物資料から学ぶ施設見学です。
会場は、旧赤羽台団地の建て替えによって整備されたヌーヴェル赤羽台の一角。敷地には旧赤羽台団地の保存住棟も残り、建物の外観から館内展示まで、戦後日本の「住まい」がどのように変わってきたのかを立体的にたどれる場所です。

赤羽台団地のスターハウス前に集合
集合場所は、旧赤羽台団地の保存住棟であるスターハウスの前でした。スターハウスは、上から見るとY字形に近い平面を持つポイント型住棟です。旧赤羽台団地のスターハウスを含む保存住棟4棟は、2019年に団地として初めて国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。
赤羽台は、戦前には軍用地が広がり、戦後は大規模な住宅地へ転換していった地域です。当サイトの赤羽台・西が丘の軍用地跡を歩く解説では、軍用地から団地へと土地利用が変わった背景も紹介しています。今回の見学は、そうした地域史の先にある「戦後の住まい」を見る機会にもなりました。
見学ツアー前の待機時間

館内に入り、資料を手にしながらツアー開始を待ちました。URまちとくらしのミュージアムは、2023年9月15日に開館した施設で、都市と集合住宅のくらし、まちづくりの変遷を紹介しています。歴史的価値の高い集合住宅4団地・計6戸の復元住戸をはじめ、映像、模型、住宅部品などを通して、建築だけでなく生活文化の変化まで学べる構成です。
現在の一般見学は事前予約制のツアー形式で、公式案内では通常1回20名、約90分とされています。今回の参加人数も20名で、展示解説を聞きながらまとまって館内を巡りました。
独立行政法人都市再生機構(UR)とは
独立行政法人都市再生機構、通称「UR都市機構」は、2004年7月1日に発足した国土交通省所管の独立行政法人です。その源流は1955年に設立された日本住宅公団にさかのぼります。日本住宅公団は、戦後の深刻な住宅不足と高度経済成長期の人口集中に対応し、大量の住宅供給やニュータウン開発を進めました。
その後、組織は住宅・都市整備公団、都市基盤整備公団などへ再編され、2004年に現在のUR都市機構となりました。現在は賃貸住宅だけでなく、都市再生、団地再生、災害復興支援など幅広い分野を担っています。
団地は単に同じ形の住宅を並べたものではありません。住戸の間取り、給排水設備、台所、浴室、エレベーター、住棟配置、広場や商店などを含めて、当時の社会が求めた「新しい暮らし」を形にしたものでした。より広い背景は、当サイトの団地まるわかりガイド|公団住宅・2DK・スターハウスの歴史と見方でも詳しくまとめています。
URまちとくらしのミュージアムの歴史と見どころ
URまちとくらしのミュージアムは、旧赤羽台団地の建て替えによって整備されたヌーヴェル赤羽台の保存街区にあります。ミュージアム棟では、同潤会代官山アパート、蓮根団地、晴海高層アパート、多摩平団地テラスハウスなど、時代の異なる集合住宅の復元住戸を見ることができます。
見どころは「昔の部屋を見る」ことだけではありません。間取り、建具、台所設備、共用廊下、階段、構造部材、住宅部品を比べることで、その時代に何が課題とされ、どのような技術で解決しようとしたのかが分かります。集合住宅史を、制度・建築・生活の三方向から理解できる点がこの施設の大きな特徴です。
映像からツアー開始|集合住宅史を一気に俯瞰

ツアーはURシアターの映像から始まりました。公式案内では、床面を含む4面スクリーンを使い、日本の集合住宅の始まりからURのまちづくりの変遷までを約7分で紹介するとされています。
最初に映像で時代の流れをつかんでから実物展示へ進むため、その後に見る住戸や模型が「どの時代の、どんな課題に対する住宅だったのか」を整理しやすい構成でした。住宅史に詳しくない人でも、まず全体像を持ってから細部へ入れるのが分かりやすいところです。
同潤会代官山アパート|関東大震災後の都市住宅を考える


復元展示では、1923年の関東大震災後の住宅復興を背景に設立された同潤会の集合住宅について学びました。同潤会アパートは、鉄筋コンクリート造を採用し、都市における近代的な集合住宅のあり方を試みた重要な事例です。
館内では、建物の外観写真や図面だけでなく、復元された室内へ入り、部屋の大きさや建具の位置、廊下との関係を体感できます。現代の住宅と比べると設備や寸法の違いが分かりやすく、当時の住宅がどのような生活を想定していたのかを具体的に考えられます。

建材の展示も印象的でした。普段は壁や床の内側に隠れてしまう材料を間近で見ると、復元住戸が単なる舞台セットではなく、当時の構法や仕上げまで含めて住宅を学ぶ資料であることが分かります。

参加者も実際に住戸内へ入り、部屋と部屋のつながりや、収納、建具、設備を見ながら解説を聞きました。図面だけではつかみにくい空間の広さや天井の高さを、自分の身体感覚で理解できるのは実物大展示ならではです。
晴海高層アパート|高層化とスキップ形式の工夫

続いて目を引いたのが、1958年に完成した晴海高層アパートの模型です。設計を手がけたのは建築家の前川國男。公団初期の高層集合住宅として、建築史上も知られる建物です。

晴海高層アパートでは、すべての階に共用廊下を設けるのではなく、一定の階に共用廊下を通し、そこから階段で上下の住戸へアクセスする「スキップ形式」が採用されました。公式ミュージアムガイドでは、垂直3層・水平2戸の計6戸を一つの単位とし、3階ごとにエレベーターが着床する共用廊下から上下階へ移動する仕組みが紹介されています。

実物の案内図を見ると、共用廊下のある階と住戸への動線が色分けされ、模型よりさらに具体的に仕組みを理解できます。高層住宅では、エレベーター、共用廊下、住戸面積、採光や通風など多くの条件を同時に考える必要があります。晴海高層アパートは、その課題に対して当時どのような解答を試みたのかを知る教材になっています。


1958年という年代を資料でたどりながら案内図を見ると、高度経済成長の入口にあたる時期に、すでに都市の高層居住をめぐる実験が行われていたことが分かります。住戸そのものだけでなく、人が建物の中をどう移動するかまで含めて「集合住宅」を考える展示でした。
キッチンと住宅部品から見る「暮らし」の変化

集合住宅の歴史は、建物の形だけでなく台所からも読み取れます。戦後の公団住宅では、食事をする場所と寝る場所を分けるDK(ダイニングキッチン)の考え方が普及し、台所設備の標準化も進みました。
復元されたキッチンを見ると、流し台、コンロ、収納、窓、作業面の配置が一目で分かります。現在のシステムキッチンと比べることで、家事動線や設備の変化も見えてきます。

最後には、団地で使われてきたドア、郵便受け、換気設備、インターホンなどの住宅部品をまとめて見る展示もありました。日常生活では意識しにくい部品も、年代順に並ぶと住宅技術の変化そのものです。住宅を「建築作品」としてだけでなく、暮らしを支える細かな道具の集合として見ることができます。
赤羽台で見ると、団地の歴史が土地の歴史につながる
今回の見学先が赤羽台にあることにも意味があります。赤羽台周辺は戦前に軍用地が広がり、戦後は住宅地として大きく姿を変えました。旧軍用地から団地へ、さらに団地再生を経て現在のヌーヴェル赤羽台へと続く流れは、日本の都市政策と住宅政策の変化を一つの地域でたどれる事例です。
北区全体の軍用地の背景については、北区はなぜ「軍都」になった?十条・王子の軍用地跡と東京第一陸軍造兵廠もあわせて読むと、赤羽台の戦前・戦後の変化をより立体的に捉えられます。
見学後は赤羽台の歴史を地図でたどる
ミュージアムの館内見学は事前予約制ですが、周辺の赤羽台には旧軍用地や団地の歴史につながる場所があります。見学前後の予習・復習には、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探せるWebアプリ「TimeWalk」も利用できます。
まとめ|建物ではなく「暮らしの歴史」を見るミュージアム
今回の貸切見学では、映像で集合住宅史の流れをつかみ、同潤会代官山アパートや晴海高層アパートの復元・模型、キッチンや住宅部品まで順に見ることで、都市の住まいがどのように変わってきたのかを具体的に学びました。
URまちとくらしのミュージアムは、建築好きだけでなく、昭和の暮らし、団地、都市史、生活文化に関心がある人にも情報量の多い施設です。写真や図面だけでは分かりにくい「部屋の広さ」「廊下とのつながり」「設備の位置」を実物大で体験できるため、戦後住宅史の入門にも向いています。

