2026年9月10日更新:2026年の赤坂氷川祭は開催直前です。本記事では、赤坂氷川祭と宵宮巡行の歴史・江戸型山車の見どころを恒久的に解説し、2023〜2025年の実施内容を年別に振り返ったうえで、2026年の予定を公式発表に基づいてまとめます。2026年分は現時点では「予定」であり、開催後に現地で確認した内容を追記します。
ゆる歴史散歩会でも過去に複数年、赤坂氷川祭を訪れています。赤坂は高層ビルや飲食店が集まる都心ですが、祭の日には神輿と江戸型山車が街路へ出て、江戸以来の祭礼文化が現在の街並みに重なります。とくに夜の宵宮巡行(よいみやじゅんこう)は、赤坂駅・赤坂見附駅周辺の街明かりと提灯、山車、神輿を一度に見られるのが大きな特徴です。
赤坂氷川祭とは|「江戸第三の祭」とされた祭礼
赤坂氷川神社は天暦5年(951年)、現在の一ツ木通り入口付近に創祀されたと伝わります。享保元年(1716年)に紀州徳川家出身の徳川吉宗が8代将軍となると、赤坂に紀州藩中屋敷があった縁もあり、氷川明神への幕府の崇敬が高まりました。享保14年(1729年)に現在地で社殿造営が始まり、翌享保15年(1730年)に遷座しています。現在の社殿も吉宗の命で建立されたもので、東京都指定有形文化財です。
赤坂氷川祭は、この赤坂氷川神社の例祭と、その前後に行われる神輿・山車の巡行、盆踊り、露店などの「神賑わい」を含む祭礼です。江戸時代には、宮神輿2基を氏子21ヶ町の江戸型山車13本が警固する形で巡行しました。赤坂氷川神社の公式解説によると、祭礼番付「諸国御祭禮番附」では山王祭・神田祭に続く位置に記され、町奉行所が山王・神田両祭礼と赤坂氷川祭に警護の与力・同心を配置していました。こうした史料から、赤坂氷川祭は「江戸第三の祭」と認識されるほどの大祭だったことが分かります。
江戸時代の祭礼日は、丑・卯・巳・未・酉・亥年の旧暦6月15日でした。現在は毎年9月中旬に行われています。祭の背景を江戸の地形や武家地と一緒に読みたい方は、「赤坂絵図を徹底解説|溜池・赤坂見附・山王を古地図で読む」もあわせてご覧ください。
宵宮巡行とは|夜の赤坂に山車と神輿が現れる
宵宮巡行は、赤坂氷川祭の夜に行われる巡行です。近年は神社隊列、氷川山車1本、町会神輿2基、太鼓山車などが隊列をつくり、赤坂駅・赤坂見附駅周辺を中心に進む年が多くなっています。公式案内では見学は自由とされ、昼の神幸祭とは違う、都心の夜景の中で山車と神輿を見る機会になっています。
この祭の面白さは、昔ながらの祭礼が保存地区のような場所だけで行われるのではなく、赤坂Bizタワーやオフィスビル、繁華街の明かりを背景に進むことです。2024年、2025年の公式記録でも赤坂Bizタワー周辺に多くの見物客が集まったことが記録されています。
江戸型山車は何が特別なのか
赤坂氷川祭で見ておきたいのが、江戸型山車(えどがただし)です。江戸型山車は上部の人形を上下させる仕掛けを備えたものが多く、江戸城門をくぐる際に人形を下げ、門を通過した後に上げて将軍の上覧に供するための工夫と説明されています。赤坂氷川祭の山車が実際に江戸城へ入城したわけではなかったようですが、当時の江戸の大祭で発達した構造を今に伝えています。
明治以降、東京の祭礼では山車が衰退し、震災や戦災、他地域への流出によって多くが失われました。一方、赤坂には山車人形や部材が残りました。NPO法人赤坂氷川山車保存会は2006年に発足し、修復・復元、展示、巡行を進めています。2022年には「猩々」「猿」「翁」「源頼義」「恵比寿」「神武天皇」「翁二人立」「日本武尊」の8組が港区指定有形民俗文化財となり、2023年には「源頼朝及び山車附属品」も港区文化財総合目録に登録されました。文化財保護のため、近年の巡行ではレプリカ人形も活用されています。
宵宮で登場した山車を年ごとに見る
神武天皇は大正4年(1915年)製作で、金鵄が天皇の弓にとまる神話を題材にしています。2023年の宵宮で巡行予定でしたが、この年は雷雨のため山車巡行が中止されました。
恵比寿は昭和3年(1928年)製作とされ、釣り竿と鯛を持つ商売繁昌の神の姿です。2024年の宵宮巡行で登場しました。保存会によれば、現存部材を生かした山車本体が2024年春までに整備されています。
猩々(しょうじょう)は、九代目市川團十郎が能「猩々」を舞う姿を表した人形です。上段の飾り幕には赤坂ゆかりの勝海舟の文字が刺繍されています。2025年の宵宮巡行で登場しました。
猿は上段が六角形の高欄になっている珍しい山車で、江戸の天下祭で神の使いとされた猿が行列の前方を進む伝統を受け継ぐものです。2026年の宵宮巡行に登場予定です。
2026年の赤坂氷川祭|9月11日からの予定
2026年は、宮神輿の復元新調から10年、赤坂氷川山車保存会の設立から20年という節目の年です。赤坂氷川神社は近年の祭礼を「宮神輿」「町会神輿の連合渡御」「江戸型山車」の三つの柱で構成しており、2026年は宮神輿を主軸とする年と案内しています。
| 日程 | 主な神事・催し |
|---|---|
| 9月11日(金) | 宵宮巡行 18:00〜21:00/露店 15:00〜21:00/盆踊り 18:30〜21:00 |
| 9月12日(土) | 子供巡行(アークヒルズ 10:30〜11:30、赤坂地区 13:00〜16:00)/露店/盆踊り/赤坂名店街/奉納演奏 |
| 9月13日(日) | 神幸祭 8:00〜19:00/露店/赤坂名店街/盆踊り 19:00〜21:00 |
| 9月15日(火) | 例祭 10:00斎行 |
2026年9月11日(金)宵宮巡行
宵宮巡行は18時〜21時。予定されている隊列は、神社隊列・氷川山車「猿」・町会神輿2基・太鼓山車です。公式案内では見学は自由です。神輿担ぎ手は150名募集でしたが、9月10日時点で定員に達し受付終了となっています。
2026年は商店街の「赤坂秋まつり」も同時開催されます。巡行経路や会場周辺では車両通行止め・通行規制が行われるため、当日は赤坂氷川神社の令和8年赤坂氷川祭公式ページに掲載される最新の巡行図・道路規制を確認するのが確実です。
2026年9月12日(土)子供巡行
赤坂地区は13時〜16時で、神社隊列、氷川山車「神武天皇」、太鼓山車1台、子供神輿3基、大人神輿1基を予定しています。アークヒルズ地区は10時30分〜11時30分で、町会神輿1基と子供山車1本の予定です。
2026年9月13日(日)神幸祭
2026年の神幸祭は8時〜19時。神社隊列を先頭に、氷川山車「猿」「源頼朝」と宮神輿が氏子地域を巡行する予定です。宮神輿は2016年に復元新調され、同年に江戸型山車との連合巡行が約100年ぶりに実現しました。2026年はそこから10年の節目にあたります。
2025年レポート|宵宮「猩々」と町会神輿16基
2025年は9月15日に例祭、9月19日〜21日に宵宮巡行・子供巡行・神幸祭と盆踊り、露店などが行われました。この年は町会神輿の連合渡御を軸とした祭礼でした。
9月19日 宵宮巡行
18時〜21時に、氷川山車「猩々」と町会神輿2基が巡行しました。赤坂氷川神社と保存会の開催後記録によると天候に恵まれ、赤坂Bizタワー周辺では沿道を見物客が埋めるほどのにぎわいとなりました。猩々の赤を基調とする人形・装束と、勝海舟筆の文字を復元した上段幕は、赤坂の地域史までつながる見どころです。

ゆる歴史散歩会でも2025年9月19日の宵宮巡行を現地で見学しました。神社隊列では「赤坂」を大きく掲げた提灯を中心に、氏子町会などの提灯が夜の街を進みます。都心のビル街の中に祭礼の隊列が現れる、赤坂氷川祭らしい光景でした。

この日の氷川山車は「猩々」。山車の脇にも「猩々」と記した幟が立ち、人形を高く掲げた山車が神輿とともに進みます。夜間は提灯の明かりで山車の輪郭や幕の意匠が浮かび上がり、昼間とは違う見え方になります。

山車の周囲には神輿や多くの担ぎ手・見物客が集まり、赤坂の街路全体が祭礼空間になります。写真からも、江戸型山車が現代の建物を背景に巡行する宵宮ならではの対比が分かります。

同日には江戸型山車の展示も確認しました。巡行中は細部を追いにくい山車人形や高欄、幕、彫刻などを近くで見ることができ、街中を進む山車と展示された山車の両方を見ると、赤坂氷川山車の構造や装飾をより理解しやすくなります。
9月20日 子供巡行
当初は赤坂地区で「猿」の山車も予定されていましたが、雨予報のため山車巡行は中止となりました。一方で神輿渡御は行われ、公式記録では約200名の子どもたちが参加しています。
9月21日 神幸祭
神幸祭では氷川山車「神武天皇」「猩々」と町会神輿16基が巡行しました。神社隊列と山車は赤坂通りから乃木坂を経由して東京ミッドタウン方面へ進み、保存会の記録では一般参加者約100名や海外からの観光客も山車曳きに加わりました。2024年の「山車」が主役の年とは違い、2025年は多数の町会神輿が街全体へ広がる構成だった点が特徴です。
この一帯を普段の街歩きとしてたどるなら、「赤坂4〜8丁目の歴史散歩|高橋是清邸跡・二・二六事件・武家屋敷門を巡る」で赤坂から乃木坂方面の歴史も確認できます。
2024年レポート|5本の氷川山車が100年以上ぶりに集結
2024年の赤坂氷川祭は9月13日〜15日に開催されました。山車の復元・巡行の積み重ねが大きな形で表れた年で、神幸祭では5本の氷川山車が100年以上ぶりに同時巡行しました。
9月13日 宵宮巡行
宵宮には「恵比寿」の山車と町会神輿2基が登場しました。赤坂Bizタワー周辺の道路を通行止めにして運行経路が確保され、公式の開催後記録では例年以上に多くの来場があったとされています。恵比寿は赤坂氷川山車の中で唯一の3輪型で、昭和初期に製作された山車文化の継承を示す存在でもあります。

ゆる歴史散歩会でも2024年9月13日の宵宮巡行を現地で見学しました。恵比寿の山車は、提灯が連なる赤坂の街路を進みます。山車の上段に人形を掲げ、囃子方を乗せて進む姿は、写真だけでも山車の高さと街との距離感が分かります。

巡行が神社に近づくと、石垣沿いにも提灯の列が続きました。街なかを進んでいた山車が、赤坂氷川神社の境内へ向かうにつれて周囲の景観が変わっていくのも、宵宮巡行を追って歩く面白さです。

この日の締めでは、赤坂氷川神社前に神輿と隊列、見物客が集まりました。街路を進む場面とは雰囲気が変わり、提灯に照らされた神社の入口周辺が人で埋まる様子から、巡行の終着点ならではの熱気が伝わります。

同日には江戸型山車の展示も見学しました。巡行中は見上げることが多い山車も、展示では人形、高欄、幕、車輪などを近い距離で確認できます。複数の山車を見比べると、人形だけでなく山車本体の構造や装飾にもそれぞれ違いがあることが分かります。
盆踊り|毎年行われる夜の神賑わい

赤坂氷川祭では巡行だけでなく、境内の盆踊りも毎年の大きな楽しみです。2024年9月13日も櫓を囲んで多くの人が輪になって踊り、周囲には露店も並びました。宵宮巡行を見たあとにそのまま境内へ向かうと、山車・神輿の巡行と盆踊りという二つの雰囲気を続けて楽しめます。
9月14日 子供巡行
赤坂地区では「猩々」の山車が巡行し、公式記録では地域内外から約300名の子どもたちが参加しました。
9月15日 神幸祭|宮神輿と5本の山車が集結
2024年の神幸祭は13時〜18時30分。新たに竣工した東京ワールドゲート赤坂に、宮神輿と5本の氷川山車が集結しました。巡行したのは「猿」「恵比寿」「日本武尊」「神武天皇」「猩々」。赤坂氷川神社と山車保存会によれば、保存会設立以来で最大規模の巡行で、5本の山車が同時に巡行するのは100年以上ぶりとなりました。

ゆる歴史散歩会でもこの日の神幸祭を現地で見学しました。ビルの公開空地に複数の江戸型山車が並ぶ光景は、1本ずつの巡行とはまったく印象が異なります。山車の高さ、上段の人形、幕や屋根の形がそれぞれ異なるため、一堂に会した状態では各山車の個性を比較しやすくなります。
神武天皇|弓にとまる金鵄が目印

「神武天皇」は、大正4年(1915年)製作。『日本書紀』に見える神武東征の金鵄伝説を題材にし、天皇の弓の上に金色の鳥がとまる場面を表しています。実物を見ると、山車本体の上からさらに金鵄が高く掲げられ、都心のビルを背景にしたときの高さがよく分かります。
猩々|赤い装束と勝海舟ゆかりの幕

「猩々」は、九代目市川團十郎が能「猩々」を舞う姿を表した山車人形です。酒を好む霊獣・猩々を題材にするため、面や装束は赤色を中心に構成されています。上段幕には赤坂ゆかりの勝海舟が書いた文字が刺繍されており、祭礼文化と赤坂の人物史が結びつく山車でもあります。
日本武尊|三層型で復元された大型山車

「日本武尊」は嘉永6年(1853年)の山車人形を伝え、2022年に江戸時代から残る部材を生かして三層型の山車本体が復元新調されました。熊襲征討で女装して敵に近づいた日本武尊の姿を題材としています。三層型は山車本体そのものの高さと量感が大きく、他の山車と並んだときにも構造の違いが目立ちます。
猿|天下祭の行列順を伝える山車

「猿」は明治44年(1911年)に修復された人形を伝え、2020年に残存部材を生かして山車本体が復元新調されました。山王祭・神田祭の天下祭では、神の使いとされた猿の山車が行列前方を進む伝統があり、赤坂氷川祭もそれにならったとされています。上段に六角形の高欄を持つ、赤坂氷川山車の中でも珍しい構造です。
恵比寿|唯一の3輪型

「恵比寿」は昭和3年(1928年)製作とされ、右手に釣り竿、左脇に鯛を抱える商売繁昌の神の姿です。赤坂氷川山車の中で唯一の3輪型で、ほかの山車と並べて見ると車体の造りの違いも分かります。9月13日の宵宮巡行で夜の赤坂を進んだ同じ山車を、15日の神幸祭では明るい時間帯に細部まで見ることができました。
街中の巡行で分かったこと|昇降装置と現代の電線

展示場所で見る山車も貴重ですが、街中を実際に動く姿を見ると、その大きさと高さを実感できます。2024年9月15日は5本の山車が赤坂を巡行し、私たちも隊列を追いました。高層ビルや道路など現代の都市景観を背景に、上段の人形を高く掲げた江戸型山車が進む姿は迫力満点でした。

赤坂氷川山車保存会によると、江戸型山車の大きな特徴は、最上部の人形を上下させるカラクリを備えていることです。江戸城の門をくぐる際に人形を下げ、通過後に上げて将軍の上覧に供するための工夫とされています。なお、赤坂氷川祭の山車自体が実際に江戸城へ入城したわけではありません。
そのため現地では、この昇降機構が巡行中に動く場面も期待して見ていました。しかし、2024年9月15日に私たちが撮影したこの地点では、人形部分を下げるのではなく、スタッフが長い棒を使って頭上の電線を持ち上げ、その下を山車が通過していました。江戸の城門対策として生まれた高さ調整の発想と、現代の赤坂で電線をかわしながら大型山車を巡行させる実際の運用を、同じ現場で見比べられた印象的な場面でした。
動画では、東京ワールドゲート赤坂に5本の氷川山車と宮神輿が勢ぞろいする場面から、ビルの間を進む巡行、さらに長い棒で電線を持ち上げて山車を通す場面まで続けて見ることができます。静止画だけでは伝わりにくい山車の高さ、移動時の迫力、街中での運用を確認するのに向いています。
ただし、この観察だけから、昇降機構そのものが使用できなかったのか、当日の運用上あえて使用しなかったのかまでは判断できません。少なくともこの場面では、山車側を下げるのではなく電線側を持ち上げて通過していたことを現地で確認しました。
宮神輿と5本の山車|江戸の祭礼構成を現代に見る

江戸時代の赤坂氷川祭では、宮神輿を各町の山車が警固する形で巡行していました。2024年は、復元された宮神輿と5本の江戸型山車が同じ場所に集結したことで、その歴史的な祭礼構成を現代の赤坂でイメージできる機会となりました。宮神輿の周囲を埋める担ぎ手と、背後に並ぶ山車まで一度に見ると、この年の神幸祭が特別な規模だったことがよく分かります。
式典後、隊列は六本木通り方面と赤坂通り方面の2経路に分かれて地域内を巡行しました。2024年は、山車の復元・保存活動が「展示」ではなく、複数の山車と宮神輿が実際に街を動く祭礼として結実した年だったといえます。
2023年レポート|雷雨で宵宮の山車中止、それでも神輿は巡行
2023年の赤坂氷川祭は9月15日〜17日に開催されました。3年間を比べると、この年は天候による変更が最もはっきり残っています。
9月15日 宵宮巡行
当初は「神武天皇」の山車、町会神輿2基、太鼓山車などが巡行予定でした。しかし午後から雷雨となり、氷川山車の巡行は中止。予定を一部変更し、神社隊列と町会神輿2基による連合渡御が実施されました。つまり2023年の宵宮については、「神武天皇が巡行した」と書くのは正確ではなく、予定は神武天皇、実施は山車なしという点が重要です。
9月16日 子供巡行
翌日は「翁」の山車が町内を巡行し、公式記録では約300名の子どもたちが参加しました。
9月17日 神幸祭
最終日は三層型山車「日本武尊」と町会神輿15基が連合巡行しました。保存会によると、日本武尊の山車は高さ9メートルを超え、会員・一般参加者・近隣ホテル宿泊者など延べ200名以上が綱を曳きました。日本武尊の山車本体は江戸時代から残る部材を生かして2022年に三層型として復元新調されており、復元された大型山車を街中で見られることが、この年の神幸祭の大きな見どころでした。
3年間を比べると分かる赤坂氷川祭の見方
2023〜2025年を並べると、毎年同じ祭礼を繰り返しているのではないことが分かります。宵宮だけでも、2023年は雷雨で山車中止、2024年は恵比寿、2025年は猩々、2026年は猿が予定されています。神幸祭も、2023年は日本武尊と町会神輿15基、2024年は宮神輿と5本の山車、2025年は2本の山車と町会神輿16基、2026年は宮神輿と猿・源頼朝という構成です。
そのため、赤坂氷川祭は「何時から屋台があるか」だけでなく、今年はどの山車が出るのか、宮神輿・町会神輿・山車のどれが主役の年なのかを確認すると見え方が変わります。
赤坂氷川神社へのアクセスと見学時のポイント
赤坂氷川神社は東京都港区赤坂6-10-12。公式案内では、東京メトロ千代田線「赤坂駅」5番出口、東京メトロ日比谷線・都営大江戸線「六本木駅」7番出口、東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」1番出口、東京メトロ銀座線「溜池山王駅」12番出口が案内されています。2026年9月11日(金)〜15日(火)は赤坂氷川祭のため境内駐車場が利用中止となるため、公共交通機関での来場が安心です。
宵宮は神社境内だけで完結する催しではなく、街中を隊列が移動します。過去の記録では赤坂駅・赤坂見附駅周辺、赤坂Bizタワー周辺などに見物客が集中した年があります。道路規制や当日の巡行位置は毎年変わるため、観覧する年の公式巡行図を確認してください。また、神輿渡御中の撮影については、2026年の担ぎ手向け注意事項で神輿の正面からの写真・動画撮影を避け、横から撮影するよう案内されています。見学者も隊列の進行を妨げない位置から楽しむのが安心です。
赤坂氷川神社そのものの歴史や、勝海舟・坂本龍馬、本氷川坂、三分坂など周辺も歩くなら、「赤坂の歴史散歩|溜池・赤坂氷川神社・勝海舟・江戸の坂道を巡る」に詳しくまとめています。
TimeWalkで赤坂の歴史スポットを探す
祭の前後に赤坂を歩くなら、TimeWalkで現在地から歩ける史跡を地図で探すこともできます。TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。赤坂氷川神社だけでなく、周辺の坂道、史跡、旧町名の痕跡をあわせて見ると、祭礼がどの街を巡っているのか理解しやすくなります。
まとめ|赤坂氷川祭は「毎年違う江戸祭礼絵巻」を見る祭
赤坂氷川祭は、江戸時代に宮神輿と13本の山車が巡行し、「江戸第三の祭」と認識された歴史を持ちます。その後いったん失われた宮神輿や山車の巡行が、保存・復元活動によって現代の赤坂へ戻ってきました。とくに宵宮巡行は、江戸型山車と神輿がオフィス街の夜景の中を進む、赤坂ならではの光景です。
本記事は固定URLで更新し、2026年開催後は今年の現地記録を最上部へ追加し、2025年以前の記録も過年度レポートとして残していきます。

