国立科学博物館で2026年10月31日から2027年2月21日まで開催される特別展「生きものたちの性」は、同館として初めて「性」をテーマに据える特別展です。動物や植物のオスとメス、求愛、交尾、生殖器、性決定、性転換、子育て、無性生殖までを、標本・映像・音声などを通して扱います。
展覧会を通して扱われるのは、子孫を残す過程で生じた形態・行動・発生の多様性です。性の決まり方には、染色体に基づく仕組み、発生時の温度などの環境条件、成長後の社会環境に応じた性転換などがあります。求愛や子育ても、繁殖成功と結びついた進化上の戦略として位置づけられます。
特別展「生きものたちの性」は何を見る展覧会か
公式の展示構成は「第1章 性のすがた」「第2章 性の形と行動」「第3章 性の決定・分化」「第4章 性と子育て」「第5章 性の多様性」の5章です。外見や植物の性から始まり、求愛・競争・生殖器、性決定と性転換、子育て、無性生殖へと進みます。
5章を貫く軸は、性を一つの特徴で捉えず、配偶子、体の形、行動、発生、親子関係、生殖様式という複数の段階から見ることです。公式サイトでは、掲載画像はイメージであり、画像に登場する生物は標本または映像で紹介すると案内されています。
「生きものの性」とは何を指すのか
生物学で性を考える出発点の一つが配偶子です。多くの動物や植物では、大型の卵と小型の精子のように、大きさの異なる配偶子が受精に関わります。この状態を異型配偶と呼びます。
異型配偶をする生物では、小型の配偶子をつくる側と大型の配偶子をつくる側が分かれ、オスとメスという区分の基礎になります。そこから先の体のつくりや生活史は種ごとに大きく異なります。雌雄が外見でほとんど区別できない種、成長すると姿が大きく異なる種、一個体が雄性機能と雌性機能の両方をもつ種、生活の途中で性を変える種があります。
被子植物では花が生殖器官となり、雄しべと雌しべの配置も多様です。同じ個体に雄花と雌花をつける植物もあれば、個体ごとに性が分かれる植物もあります。性の多様性を理解するには、どの配偶子をつくるのか、いつ性が決まるのか、性機能が体内でどう配置されるのか、繁殖相手とどう出会うのかを分けて見る必要があります。
なぜオスとメスがいるのか―有性生殖の基本
有性生殖では、異なる個体や細胞系列の遺伝情報が組み合わさり、子に新しい遺伝的組み合わせが生まれます。配偶子形成や繁殖相手の探索には資源が必要です。有性生殖が長い進化の歴史の中で広く維持されてきた理由については、遺伝的多様性、寄生者や環境変化への対応、有害変異の除去など複数の仮説が研究されています。
異型配偶では、大型の配偶子を少数つくる側と、小型の配偶子を多数つくる側で繁殖への投資の仕方が異なります。この差は、繁殖相手をめぐる競争や選択、交尾後の受精競争、子育ての役割分担などに関わります。どちらの性が強く競争するか、どちらが多く子育てを担うかは、種の生態、親による投資、繁殖相手の得やすさによって変化します。
求愛と競争―繁殖相手をめぐる進化
第2章が扱う歌、踊り、色彩、争いは、性選択の代表的な題材です。性選択は、繁殖相手を得ることや受精に成功することの差を通じて形質が進化する過程を指します。体の大きさ、角、羽色、鳴き声、ダンスのような特徴は、生存にコストがかかる場合でも、繁殖成功を高めることで進化・維持されることがあります。
繁殖をめぐる競争は交尾後にも続きます。複数の個体と交尾する種では、精子どうしが受精をめぐって競争する場合があります。相手側の生理や行動も受精結果に関わります。公式展示で「踊る求愛・歌う求愛」「精子と卵、その出会い」「交尾行動と多様な生殖器」が同じ第2章に置かれているのは、相手との出会いから受精までを連続した過程として扱うためです。
生殖器はなぜこれほど多様なのか
動物の生殖器は、近縁種どうしでも形が大きく異なることがあります。内部受精を行う動物では、生殖器の形が受精成功と関係し、性選択によって急速に分化してきたと考えられる例が多く知られています。研究では、配偶者選択、精子競争、雌雄間の利害のずれなど、複数の選択圧が生殖器の進化に関わる可能性が検討されています。
生殖器の形は、体内受精か体外受精か、配偶子をどこへ運ぶか、交尾後にどのように受精が起こるかという繁殖過程と結びついています。本展では交尾行動と多様な生殖器を並べ、映像・音声・標本を組み合わせて紹介するとしています。
性はどう決まる?遺伝・環境・性転換
ヒトでは性染色体が性決定に大きく関わります。生物全体を見ると、遺伝的な性決定に加えて、発生時の温度など環境条件が性に影響する種もあります。2026年には東京理科大学の研究グループが、ヒョウモントカゲモドキを用い、温度依存型性決定における生殖腺の分化と遺伝子発現の変化を網羅的に解析した成果を発表しました。
魚類には、生活の途中でメスからオス、またはオスからメスへ性転換する種があります。国立科学博物館の魚類データベースでは、ホンソメワケベラについて、群れのオスがいなくなると最大のメスが性転換し、行動が先に変わった後、生殖巣が卵巣から精巣へ変化する過程を解説しています。社会環境の変化が繁殖行動と体の変化につながる例です。
第3章に登場するギナンドロモルフは、一個体の中にオスとメスの形質が混在する状態です。国立科学博物館はカブトムシのギナンドロモルフをマイクロCTなどで調べ、頭部・胸部・腹部の各部位に異なる雌雄の特徴が現れることを報告しています。生活の途中で性が変わる性転換と、同じ個体に雌雄の特徴が混在するギナンドロモルフを比べると、第3章で扱う性決定と性分化の幅が整理できます。
子育てをする生きもの、しない生きもの
受精後の繁殖成功には、卵や子の生存も関わります。卵や子を守る、餌を与える、体内で育てる、巣をつくるといった親投資は、子の生存率を高める一方、親の時間やエネルギーを使い、次の繁殖機会にも影響します。子育てが進化する条件は、子の生存率への効果と親が負担するコストの組み合わせによって変わります。
子育ての担い手にも幅があります。オスが卵や子を守る種、メスが担う種、ペアで協力する種、群れの複数個体が関わる種、別の生きものへ育児を託す種があります。第4章は「親が育てる、みんなで育てる、他力本願の子育て」を並べ、子育てを子孫の生存と結びついた進化上の戦略として扱います。
受精なしで増える―無性生殖という戦略
無性生殖では、受精を経ずに子孫をつくります。分裂、出芽、栄養繁殖、単為生殖など方法はさまざまです。繁殖相手を探す必要がなく、条件が合えば短期間で個体数を増やせることが大きな特徴です。
有性生殖では遺伝情報の新しい組み合わせが生まれます。無性生殖と有性生殖の有利さは、環境、生活史、寄生者との関係、遺伝的変異の蓄積などによって変わります。植物や動物の中には、状況に応じて有性生殖と無性生殖を使い分けるものもいます。第5章は、オスとメスの形や役割から始まった展示を、生殖様式そのものの多様性へ広げます。
5章構成で見る本展の見どころ
第1章「性のすがた」―外見と性機能の多様な組み合わせ
オスとメスが似ている種、大きく姿が異なる種、境界が分かりにくい例、植物の性を扱います。体の外見と繁殖上の性機能が、生きものごとにどのような組み合わせを見せるかを比較する章です。
第2章「性の形と行動」―求愛から受精までをつなげて見る
歌や踊り、体色、競争、生殖器、交尾方法、精子と卵の出会いを扱います。求愛行動、生殖器、受精を一続きの繁殖過程として比較できます。
第3章「性の決定・分化」―染色体・環境・性転換を比べる
染色体、性ホルモン、性転換、温度や環境による性決定、ギナンドロモルフを扱います。遺伝情報と環境条件が発生過程でどう関わり、性の形質として現れるかが中心です。
第4章「性と子育て」―親の行動も繁殖戦略の一部
親が育てる、複数個体で育てる、他の生きものに託すなど、子を残す方法の違いを扱います。繁殖後の親の行動と、子の生存を高める方法を比較する章です。
第5章「性の多様性」―受精を経ない繁殖へ視野を広げる
無性生殖など、多様な繁殖方法を扱います。第1章から続けて見ることで、形態、行動、発生、子育て、生殖様式がそれぞれ異なる軸で多様化していることを確認できます。
開催概要
- 展覧会名:特別展「生きものたちの性」
- 会期:2026年10月31日(土)~2027年2月21日(日)
- 会場:国立科学博物館(東京都台東区上野公園7-20)
- 開館時間:9:00~17:00(入場は16:30まで)
- 休館日:毎週月曜日、11月4日(水)、11月24日(火)、12月28日(月)~2027年1月1日(金・祝)、1月12日(火)。11月2日(月)、11月23日(月・祝)、1月11日(月・祝)、2月15日(月)は開館
- 前売券:一般・大学生2,100円、小・中・高校生500円、未就学児無料
- 当日券:一般・大学生2,300円、小・中・高校生600円、未就学児無料
- 土日祝の入場:日時指定予約優先制。公式サイトから無料予約が推奨されています
- 常設展示:本展の観覧者は、同日に限り常設展示(地球館・日本館)も観覧できます
会期、開館時間、入場方法は変更される場合があります。来館前には特別展「生きものたちの性」公式サイトで最新情報を確認できます。
国立科学博物館の関連解説
国立科学博物館の常設展示を別分野から知るには、素粒子・電磁波・宇宙観測を扱った国立科学博物館で学ぶ素粒子と宇宙|KEKB・電磁波・スーパーカミオカンデを初心者向けに解説があります。産業技術史資料の収集・保存と日本のものづくりの変化は、日本の産業技術史|明治からデジタル時代まで、ものづくりの進化を解説でまとめています。
参考文献・公式資料
- 特別展「生きものたちの性」公式サイト
- 特別展「生きものたちの性」展示構成
- 特別展「生きものたちの性」開催概要・アクセス
- 特別展「生きものたちの性」チケット
- 国立科学博物館「マイクロCTが解き明かす昆虫と昆虫がつくるものの3次元的構造」
- 国立科学博物館「ホンソメワケベラ」
- 東京理科大学「温度による性決定の背後にある遺伝子発現ダイナミクスを解明」
- Kokko, Jennions & Brooks, “Unifying and Testing Models of Sexual Selection”
- Todd et al., “Natural sex change in fish”
- Hosken & Stockley, “Sexual selection and genital evolution”
- “Life history and the evolutionary loss of parental care”
- “Genetic causes of transitions from sexual reproduction to asexuality in plants and animals”
開催情報と公式展示構成は2026年9月7日に確認しました。

