板橋区には、絹地に模様を描いて染め上げる「江戸手描友禅(えどてがきゆうぜん)」の技術が受け継がれています。区登録無形文化財の技術保持者である寺澤森秋(てらさわ・もりあき)は、板橋区弥生町で工房を開き、着物の制作や後進の指導を続けてきた友禅師です。江戸から伝わる染色技術と、現代の職人の仕事を結ぶ人物です。
絹地に模様を描く友禅染
友禅染は、絹地に下絵を描き、染料で色を挿しながら模様を表す染色技法です。江戸時代に考案され、着物の意匠を豊かにしてきました。江戸手描友禅では、職人が手で描く線や色の重なりを生かして、一枚ごとの模様を仕上げます。
制作では下絵、糊を使う作業、彩色など複数の工程が関わります。模様の輪郭を整え、染料がにじむのを防ぎながら色を挿すには、素材の状態を見極める経験が必要です。寺澤の作品には、古典的な装束の意匠を取り入れたものから、独自の構図を工夫したものまであります。
長野から上京し、日本橋で修業
寺澤森秋は昭和21年(1946)、長野県長野市に生まれました。10歳の頃に友禅染の細かな糊による絵に魅了され、19歳で上京しました。日本橋の「中央染芸」で修業を重ね、染色の仕事を覚えていきました。
弟子時代の昭和45・46年(1970・1971)には、染芸展の青年部に出品した作品が最高賞を受賞しました。模様を考える力と染め上げる技術は、師匠のもとでの修業と作品制作を通じて培われました。
板橋区弥生町の「弥生染芸」
寺澤は26歳で独立し、板橋区弥生町に「弥生染芸」を設立しました。独立後も染芸展に出品を続け、昭和58・59・61・62年(1983・1984・1986・1987)に最高賞を受賞しています。昭和から平成にかけて着物の模様や配色を研究し、多くの作品を制作しました。
板橋区立郷土資料館が令和6年(2024)に開催した企画展では、平成2年(1990)制作の振袖「王朝のいろどり」、平成6年(1994)制作の振袖「竜宮城」、昭和62年(1987)制作の訪問着「清陰」などが紹介されました。制作年と作品をあわせて見ると、異なる時期の表現をたどれます。
東京マイスターから黄綬褒章まで
寺澤は平成29年(2017)に東京都優秀技能者「東京マイスター」、令和元年(2019)に「卓越した技能者(現代の名工)」として表彰されました。令和4年(2022)には黄綬褒章を受章し、令和5年(2023)には板橋区政功労者として表彰されています。
着物の制作に加え、友禅染の教室を開いて技術の継承にも取り組んでいます。職人の技術は、作品の保存だけでなく、筆の使い方や色の扱い方を次の担い手に伝えることで継続します。
板橋での展示と体験
板橋区立郷土資料館は令和6年10月から12月にかけて、特別展「江戸手描友禅 寺澤森秋 ~時代を彩る染と技~」を開催しました。作品や制作工程の紹介に加え、同展の図録には友禅染の歴史に関する論文や関係者の聞き取りも収められています。
令和8年(2026)の「いたばし文化財ふれあいウィーク」では、11月7・8日に南常盤台の「杜のまちや」で作品展示とハンカチ作り体験が案内されました。展示や体験の開催状況は年度ごとに変わるため、訪問時は区の最新案内を確認してください。
上板橋の職人や祭礼、交通の変化については、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財や、神田流弥生囃子・神明囃子の歴史でも紹介しています。
