板橋区の弥生町や南常盤台には、神田流の祭り囃子(まつりばやし)が伝わっています。「神田流弥生囃子」と「神田流神明囃子」は、ともに板橋区の無形文化財に指定された伝統芸能です。江戸の神田で囃子を習った上板橋村出身の職人が地域へ伝えたとされ、今も保存団体が演奏を受け継いでいます。
祭り囃子で使う太鼓・笛・鉦
祭り囃子は神社の例祭や地域の祝い事で奏でる音楽です。大太鼓、締太鼓、笛、鉦(かね)などの楽器を組み合わせて演奏します。笛が旋律を担い、太鼓と鉦が拍子を刻みます。町や村では、祭礼のたびに囃子が演奏され、演奏技術は人から人へ伝えられました。
江戸近郊では神田流や葛西流などの囃子が広まり、板橋地域でも赤塚、徳丸、西台、中台、小豆沢、前野などの地区に伝承がありました。現在の区の文化財制度では、神田流弥生囃子と神田流神明囃子が無形文化財として位置付けられています。
上板橋村の職人が神田から伝えた囃子
板橋区の教育広報には、今から約150年前、上板橋村出身の職人が江戸の神田で囃子を学び、村へ持ち帰ったことが記されています。明治の始まりに近い時期、街道を通じて江戸の町と結ばれた上板橋では、職人の往来を通して祭礼文化も伝わりました。
当時の上板橋村には川越往還が通り、農家と商家が暮らしていました。祭り囃子は村の鎮守の祭礼に取り入れられ、地域の人々が稽古を重ねることで受け継がれていきました。
南常盤台の神明囃子
神田流神明囃子は、上板橋宿の鎮守だった現在の南常盤台天祖神社に関わる祭り囃子です。神社は明治5年(1872)以前には神明宮と呼ばれ、江戸時代から地域の祈願や祭礼の場でした。祭り囃子は正月や例祭に奉納されています。
神社に伝わる古文書や絵馬については、南常盤台天祖神社の歴史でも紹介しています。信仰の記録と祭り囃子をあわせて、近代の住宅地が成立する以前の上板橋の祭礼をたどれます。
弥生町で受け継がれる弥生囃子
神田流弥生囃子も、地域の保存団体が稽古を続けている芸能です。板橋区は令和8年(2026)の「いたばし文化財ふれあいウィーク」で、11月7日午後1時から3時に弥生町26番6号の弥生会館で公開稽古を予定しました。地域の祭り囃子を間近で見られる機会として案内されたものです。
神明囃子についても、同年10月17日にときわ台天祖神社で稽古見学が案内されました。舞台での演奏だけでなく、日頃の稽古を重ねる活動によって太鼓や笛の技術が継承されています。
保存団体と無形文化財
祭り囃子の音そのものは建物や石碑のように保存できないため、演奏を担う人々が楽曲と技術を受け継ぐことが重要です。板橋区の無形文化財指定は、地域で伝承される芸能の保存を支える制度です。公開稽古や祭礼での奉納は、その技術を地域の人々へ伝える機会にもなっています。
上板橋地域の街道と神社、近代の住宅地の形成は、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財でも紹介しています。
