横須賀市と旧倉渕村はなぜ友好都市だった?小栗忠順が結んだ縁と合併後の交流

幕末の幕臣・小栗忠順の肖像

神奈川県の横須賀市と、群馬県にかつて存在した倉渕村。海に面した軍港都市と内陸の山村は、幕末の幕臣・小栗上野介忠順(小栗忠順)を縁として、1981年に友好都市提携を結びました。倉渕村は2006年に高崎市へ編入され、正式な友好都市提携は解消されました。しかし、2026年現在も両地域の関係は、行政制度や施設の利用条件、顕彰事業に具体的な形で残っています。

この交流史の特徴は、単なる記念碑や観光案内だけでなく、横須賀市の補助金制度と高崎市の条例・規則の双方から、合併後のつながりを確認できる点にあります。

横須賀と倉渕を結んだ小栗忠順

小栗忠順は幕末の江戸幕府で勘定奉行などを務め、横須賀製鉄所の建設を推進しました。横須賀製鉄所は、艦船の建造・修理、機械製造、技術者育成などを担う近代的な造船・機械工場として計画され、明治政府へ引き継がれました。

一方、小栗家の知行地は上野国権田村にありました。現在の群馬県高崎市倉渕町権田です。小栗は幕府崩壊後にこの地へ移り、1868年に処刑されました。墓所がある東善寺など、現在も関連史跡が残っています。権田村への移住から処刑、墓所までの経緯は別記事で詳しく紹介しています。

つまり、横須賀は小栗が近代化政策を進めた土地、倉渕は小栗家の知行地であり、その生涯が終わった土地です。二つの地域の歴史的な接点は、小栗という一人の人物に集約されています。小栗忠順の経歴と政策の全体像、幕末の人物・制度との関係は、それぞれの解説記事で紹介しています。

1981年、横須賀市と倉渕村が友好都市に

はまゆう山荘の公式沿革によると、横須賀市と倉渕村は昭和56年(1981年)に友好都市提携を結びました。提携の背景には、横須賀製鉄所の建設を進めた小栗忠順と、旧権田村に残る小栗の歴史があります。

この提携は、同じ県内や隣接自治体同士の交流とは異なり、歴史上の人物の業績とゆかりの地を結び付けたものでした。交流の実態を考える際には、提携そのものと、その後に整備された施設・制度を分けて見る必要があります。

参考:はまゆう山荘「当館の歴史~小栗上野介ゆかりの宿~」。

1987年、横須賀市が倉渕に宿泊施設を建設

昭和62年(1987年)5月20日、横須賀市は市制施行80周年記念事業として、倉渕村に「横須賀市民休養村」を開設しました。現在の「はまゆう山荘」です。横須賀市民が山間地域で休養し、地域間交流を深めるための施設として整備されました。

施設は群馬県高崎市倉渕町川浦27-80にあり、現在も宿泊施設として営業しています。施設公式サイトによると、建物は第29回建築業協会賞を受賞しました。建築や温泉、客室、利用制度の歴史は、はまゆう山荘の歴史と建築で詳しく紹介しています。

参考:はまゆう山荘公式サイト、高崎市「はまゆう山荘」。

2005年の施設移譲と2006年の市町村合併

はまゆう山荘の公式案内によると、施設は平成17年(2005年)10月に横須賀市から倉渕村へ移譲されました。その翌年の2006年1月23日、倉渕村は高崎市に編入されます。移譲と合併は別の出来事であり、時系列を区別することが重要です。

高崎市は合併前の2005年12月26日に「はまゆう山荘設置及び管理に関する条例」(条例第165号)を制定しました。この条例は2006年1月23日に施行され、附則では、合併前の「はまゆう山荘の設置及び管理条例」(平成17年倉渕村条例第15号)による手続などを高崎市の条例に引き継ぐことを定めています。

横須賀市は、倉渕村が高崎市に合併されたことに伴って友好都市提携が解消されたと説明しています。ここで終了したのは正式な提携関係です。一方、施設の運営や市民向けの利用制度は、その後も引き継がれています。

参考:高崎市条例第165号、高崎市「住所表示の変更一覧」、横須賀市「友好都市等交流事業補助金」。

合併後も残る制度① 高崎市の条例が横須賀市民を優遇

高崎市の「はまゆう山荘設置及び管理に関する条例」は、施設利用料金の区分で「市民等」と「一般」を分けています。条例別表の備考では「市民等」に高崎市だけでなく、神奈川県横須賀市に住所を有する人、通勤・通学する人とその同居親族を含めています。

例えば、条例別表に示された「小学生等・中学生以外」の宿泊料金の上限額は、市民等が1人1泊4,710円、一般が5,760円です。これは条例上の料金上限であり、実際の販売料金や食事代を含む宿泊プランの金額とは区別してください。指定管理者は条例の範囲内で料金を定めます。

さらに、同条例の施行規則第3条は予約受付開始時期も区別しています。高崎市・横須賀市の対象者は、通常期には利用日の5か月前の月初から申し込めるのに対し、一般利用者は4か月前の月初からです。8月と年末年始には別の受付期間が定められています。

正式な友好都市提携が解消された後も、横須賀市民が高崎市の公共施設で特別な利用区分に含まれることは、条例と規則から直接確認できます。

参考:高崎市「はまゆう山荘設置及び管理に関する条例」別表備考1、同条例施行規則第3条。

合併後も残る制度② 横須賀市の交流補助金は高崎市を対象に含む

横須賀市が2026年4月1日に更新した「友好都市等交流事業補助金」の案内には、対象地域として「群馬県高崎市」が掲載されています。説明欄は、旧倉渕村との友好都市提携が合併に伴って解消されたことを明記したうえで、高崎市を「国際式典関係」の区分に位置付けています。

この制度は、対象地域を訪問したり、相手地域からの訪問団体を受け入れたりする横須賀市内の市民団体に対する助成制度です。団体は横須賀市民5人以上で構成される必要があり、観光・親睦旅行ではなく、相手地域の市民との交流を目的とする事業などが対象となります。

補助額は対象経費から事業収入を除いた額の2分の1以内で、訪問事業は横須賀市民の参加人数に2万円を乗じた額と20万円のいずれか少ない方、受入事業は20万円が上限です。交付の可否は申請内容の審査を経て決定されます。

重要なのは、2026年時点で高崎市が制度上の対象地域に残っていることです。これは実際に高崎市向けの補助金が交付された件数や金額を示すものではなく、交流支援を利用できる制度的な枠組みが存在するという事実を示しています。

参考:横須賀市「友好都市等交流事業補助金」(2026年4月1日更新)、友好都市等交流事業補助金交付要綱。

2017年の人的交流記録

横須賀市の『広報よこすか』2017年7月1日号は、倉渕の小栗まつりと横須賀のヴェルニー・小栗祭式典を通じた交流が、2006年の提携解消後も続いたと記録しています。また「倉渕友好緑陰子ども会」が30年以上実施され、子どもたちが川遊びやはまゆう山荘で交流したと紹介しています。2017年5月20日の山荘開設30周年式典でも、横須賀の合唱団と倉渕中学校の生徒らが参加しました。

出典:『広報よこすか』2017年7月1日号。

2024年の小栗かるた展

2024年11月9日から12月13日までヴェルニー記念館で、12月16日から2025年1月8日まで横須賀モアーズシティで「小栗かるた展」が開催されました。かるたは高崎市倉渕町の小栗上野介顕彰会が企画し、東善寺が発行したものです。倉渕の顕彰活動が横須賀の展示につながった文化交流の記録です。

出典:横須賀市「小栗かるた展」。

2026年には「小栗公ゆかりの地」の特別展示も

横須賀市は2026年6月17日から7月14日まで、横須賀モアーズシティ8階で「友好都市展示」と特別展示「小栗公ゆかりの地」を開催しました。

正式な友好都市として紹介されたのは会津若松市と富岡市です。それとは別に、群馬県高崎市倉渕地域と「小栗かるた」を紹介する特別展示が設けられました。現在の正式提携先と、歴史的な縁による交流先を分けて紹介している点が特徴です。

参考:横須賀市報道発表(2026年6月17日)、横須賀市「友好都市」。

交流の歴史を時系列で整理

年 出来事 意味
1865年 横須賀製鉄所が起工 小栗の横須賀における業績
1868年 小栗が上野国権田村で処刑される 倉渕との歴史的な結び付き
1981年 横須賀市と倉渕村が友好都市提携 人物の縁が自治体間交流へ
1987年5月20日 横須賀市が市民休養村を開設 交流を支える施設の整備
2005年10月 施設が横須賀市から倉渕村へ移譲 施設の設置主体が変化
2005年12月 高崎市がはまゆう山荘の管理条例を制定 合併後の施設運営制度を準備
2006年1月23日 倉渕村が高崎市へ編入 旧村との正式友好都市提携が解消
2017年 横須賀市広報が人的交流と山荘30周年式典を記録 提携解消後の活動実績
2024~2025年 横須賀で小栗かるた展を開催 文化交流の実例
2026年 高崎市は横須賀市の交流補助対象に掲載。小栗特別展示を開催 制度と顕彰の両面に関係が残る

「提携解消」と「交流の終了」は同じではない

横須賀市と旧倉渕村の関係を調べると、少なくとも四つの異なる仕組みが見えてきます。第一に、1981年に始まった正式な友好都市提携。第二に、横須賀市が建設し、現在は高崎市の施設となったはまゆう山荘。第三に、高崎市の条例・規則と横須賀市の補助金制度に残る交流の仕組み。第四に、小栗忠順を紹介する展示や顕彰事業です。

正式な提携は倉渕村の合併に伴って解消されました。しかし、別の法制度や公共施設の利用条件、文化事業には歴史的なつながりが引き継がれています。自治体の合併後に地域間交流がどのような形で残るのかを考えるうえで、興味深い事例です。

倉渕には浦安市との別の交流もある

倉渕町川浦には、千葉県浦安市の「浦安市民水源の森」もあります。浦安市は江戸川の下流、高崎市倉渕地域はその上流域に位置し、水源環境の保全を通じた交流が行われています。これは小栗忠順を縁とする横須賀市との交流とは別の経緯を持つ取り組みです。

浦安市の公式資料には、2006年1月18日からの交流の経緯が記載され、2016年2月4日付の高崎市との協定書も公開されています。同じ倉渕地域でも、歴史人物を介した交流と水源林を介した交流という異なる関係が存在することがわかります。

参考:浦安市「浦安市民の森」、浦安市「水源の森設置に関する基本協定」。

浦安市と横須賀市では宿泊割引の根拠が異なる

はまゆう山荘には浦安市民向けの割引もあります。一方、高崎市の設置管理条例で「市民等」に含まれるのは高崎市と横須賀市の在住・在勤・在学者などです。浦安市は条例上の区分に含まれず、予約受付の優遇を定める施行規則にも記載されていません。浦安市の割引は施設の料金案内と浦安市の公式案内で確認できます。

まとめ

横須賀市と旧倉渕村の友好都市提携は、小栗忠順の歴史をきっかけに1981年に始まりました。2005年には横須賀市が建設した宿泊施設が倉渕村へ移り、2006年の高崎市への編入に伴って正式提携は解消されました。それでも、高崎市の施設条例には横須賀市民向けの利用区分があり、横須賀市の2026年の補助金制度にも高崎市が交流対象として掲載されています。

小栗忠順の業績と最期の地を結ぶ関係は、現代の行政制度や地域の文化活動にも痕跡を残しています。

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