大蔵住宅の歴史|世田谷で高齢化率60%を超えた団地と国分寺崖線の再開発

世田谷区大蔵三丁目の大蔵住宅建替え区域と国分寺崖線を含む航空写真

砧公園きぬたこうえんの南側から坂を下ると、広い公園と樹林のそばに高層の賃貸住宅が並び、その先には工事区域があります。さらに坂を下れば、木々の間から水が湧く小さな池があります。

ここは大蔵三丁目おおくらさんちょうめです。現在の新しい住宅は「カーメスト大蔵の杜」と呼ばれます。この土地では、1960年から多くの家族が「大蔵住宅」で暮らしてきました。

世田谷区が2020年国勢調査を基にまとめた資料では、大蔵3丁目の住民に占める65歳以上の割合は60.8%でした。

同じ時期に入居した世代の高齢化、子世代の独立、建替えに伴う段階移転が重なった結果です。住宅、自然、防災、福祉を一体で再編する事業が進められています。

30秒で分かる大蔵住宅

大蔵住宅おおくらじゅうたくは、東京都住宅供給公社、現在のJKK東京が世田谷区大蔵3丁目で運営してきた賃貸住宅です。入居は1960年に始まりました。

高度経済成長期に東京の人口が急増し、住宅不足が深刻だった時代です。同じ時期に多くの家族が入居し、子どもを育て、地域の人間関係を築きました。数十年後、子ども世代の多くは独立し、親世代は住み慣れた住宅に残りました。

2020年国勢調査では大蔵3丁目の65歳以上割合が60.8%となりました。老朽化した住宅は2014年に建替選定住宅となり、4期に分けた再生が始まりました。

計画の要点は次のとおりです。

  • 第1期から第4期まで、合計約1,200戸
  • 第1期はカーメスト大蔵の杜5棟381戸
  • 国分寺崖線の緑と湧水を保全
  • 砧公園周辺の景観へ配慮
  • 保育園を建替え
  • 高齢者施設と障害者施設を誘致
  • 避難路、大蔵緑地、補助216号線等の防災整備と連動
  • 既存住民の継続居住と新規世帯の入居を両立

住宅ができる前の大蔵

大蔵おおくらは、武蔵野台地と多摩川低地の境にあります。高い土地から低い土地へ移る途中には、国分寺崖線こくぶんじがいせんと呼ばれる崖の連なりがあります。

崖の上には台地があり、崖の下には水が湧きます。周辺には畑、樹林、水辺が広がり、東京が急速に市街化する前の土地利用が残っていました。

大蔵住宅建設前の世田谷区大蔵三丁目周辺を写した1945年から1950年の空中写真
大蔵住宅周辺の空中写真(1945~1950年)。出典:国土地理院・地理院タイル。

1945~1950年の空中写真には、後の大規模な住棟群がなく、低密度の土地利用と緑地が広がっています。

戦後の東京では、空襲被害、復員、引揚げ、人口流入により住宅不足が続きました。鉄道で都心へ通える郊外に、まとまった住宅地を造る必要があり、大蔵も住宅地へ組み込まれていきます。

1960年、大蔵住宅へ入居が始まった

1960年、東京都住宅供給公社とうきょうとじゅうたくきょうきゅうこうしゃの大蔵住宅へ入居が始まりました。

大蔵住宅は都営住宅ではなく、東京都住宅供給公社が供給する公社賃貸住宅です。都営住宅は公営住宅法に基づき、住宅に困窮する低所得世帯等へ東京都が供給します。公社賃貸住宅も住宅不足に対応する公共的な役割を持ちますが、制度、入居条件、家賃の仕組みは異なります。

入居開始後の大蔵住宅と国分寺崖線周辺を写した1961年から1969年の空中写真
大蔵住宅周辺の空中写真(1961~1969年)。出典:国土地理院・地理院タイル。

1961~1969年の空中写真には、同じ形の住棟がまとまって配置されています。住棟間には日照や風通しを確保する空地があり、周囲の緑とも接していました。

子どもが遊び、住民が自治会活動を行い、同じ場所で年月を重ねる生活圏が形成されました。公営住宅、公社住宅、公団・UR住宅の違いや戦後団地の構成は、「団地まるわかりガイド」で解説しています。

団地が一つの町になった

入居開始から十数年がたつと、大蔵住宅おおくらじゅうたくは一つの町として成熟します。

大蔵住宅の住棟と周辺市街地を写した1974年から1978年の空中写真
大蔵住宅周辺の空中写真(1974~1978年)。出典:国土地理院・地理院タイル。

1974~1978年の空中写真には、住棟群と周辺市街地、緑地が広がっています。保育園、商店、集会場所、道路、バス停、学校、病院、公園が生活を支え、住民は清掃、防災、行事、見守りを担いました。

入居当初に若かった世帯は同じ速度で年齢を重ねました。子どもたちは進学、就職、結婚等で団地を離れ、親世代は近所づきあい、通院先、買物、慣れた道を持つ大蔵に残りました。

なぜ高齢化率60.8%になったのか

2020年国勢調査を基にした世田谷区資料では、大蔵三丁目おおくらさんちょうめの65歳以上割合は60.8%でした。

第一の要因は住民の高齢化です。1960年代に入居した世代が長く住み、子ども世代が外へ出たことで、一世帯当たりの人数が減りました。一人または二人で住む親世代の世帯が増え、65歳以上の割合が上がりました。

第二の要因は建替えに伴う人口減少です。大規模団地では住民を別の棟や仮移転先へ移し、空き住棟を増やしながら段階的に工事を進めます。2020年は、大蔵住宅が建替えへ向かい、居住人口が減っていた時期と重なります。

同時期入居世代の高齢化、子世代の独立、長期居住、世帯人数の縮小、段階移転、空き住棟の増加が重なったと考えられます。

大蔵3丁目は行政から限界集落と指定された地域ではありません。東京23区の高齢化率50%超地域を比較した「東京にも限界集落がある?23区の高齢化率50%超地域と都市型限界集落の実態」もあわせてご覧ください。

エレベーターのない住棟で年を重ねる

大蔵住宅おおくらじゅうたくにはエレベーターがありませんでした。若い頃には上れた階段も、足腰が弱ると買物、通院、ごみ出し、災害時の避難を妨げます。

建物の老朽化には、外壁や配管だけでなく、住民の年齢に設備が合わなくなる問題があります。新しい住棟にエレベーター、段差の少ない動線、防災設備を設けることで、住み慣れた場所での生活を続けやすくなります。

2014年、建替えが正式に動き出した

2014年5月、JKK東京は大蔵住宅を建替選定住宅に位置付けました

建替えには、住民の移転先、保育園の継続、国分寺崖線の樹林、道路と避難路、周辺住宅地への日影や圧迫感、工事期間中の生活を一つの計画に組み込む必要があります。

世田谷区は住民意見を踏まえ、2016年12月19日に大蔵三丁目地区地区計画と関連する都市計画を決定しました。地区計画は、国分寺崖線の景観を守りながら土地を合理的に利用し、居住環境を維持・向上することを目標としています。

4期で約1,200戸へ建て替える

大蔵住宅の建替えは、第1期から第4期までに分け、計画全体で約1,200戸の賃貸住宅を供給します。

第1期として2022年に完成した「カーメスト大蔵の杜」は5棟381戸です。旧大蔵住宅から移る住民と、新たに募集された住民が暮らし始めました。

名称の「カーメスト」は、穏やかという意味の英語CALMの最上級CALMESTに由来します。一部の間取りは東京都子育て支援住宅認定を受けています。

第2期は、JKK東京の2026年6月現在の計画で2029年10月竣工予定です。省エネルギー性能はZEH-M Orientedとされています。約1,200戸すべてが完成したわけではなく、建替えは続いています。

段階移転が人間関係を遠ざける

旧住棟から新住棟へ住民が順番に移ると、以前は近くに住んでいた人同士が、敷地の離れた場所へ分かれます。

JKK東京が紹介した事例では、地域の交流場所まで約500メートル歩くことが難しい高齢者がいました。足腰が弱い人や杖を使う人にとっては、参加を諦める距離になります。

そこで、使われなくなった自転車置場を休憩と会話ができる場所へ転用する取組が行われました。段階移転では、完成後の集会室だけでなく、移転途中の数年間も交流を支える必要があります。

国分寺崖線と湧水を残す建替え

大蔵住宅の南側には、国分寺崖線こくぶんじがいせんが続きます。多摩川が10万年以上の歳月をかけて武蔵野台地を削ってできた崖の連なりで、立川市方面から国分寺市、世田谷区を通り、大田区方面まで約30キロメートル続きます。

台地へしみ込んだ雨水が斜面下から湧き出すため、樹林、湧水ゆうすい、小さな流れが残り、生き物の生息地になります。世田谷区は国分寺崖線を「みどりの生命線」と呼んでいます。

国分寺崖線にある世田谷区立大蔵三丁目公園の湧水池
大蔵三丁目公園の湧水池(2022年)。撮影:Doricono/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

大蔵三丁目公園の湧水池では、この地形を確認できます。高層住宅の建設で地形や地下水の流れを変えれば、池や樹林へ影響する可能性があります。建替えでは住宅供給とともに、国分寺崖線の景観、樹木、湧水を守る設計が求められます。

国分寺崖線の別地点を歩くなら、旧小坂家住宅や岡本公園民家園などを巡る二子玉川周辺の散歩記事も参考になります。上野毛から瀬田を経て二子玉川へ、古墳・崖線・旧道・鉄道史をつなげて歩く流れは、上野毛・瀬田から二子玉川へ歩く歴史散歩で紹介しています。

住宅建替えが道路と防災の計画になった

大蔵地区には、区画整理が行われないまま市街化し、道路が狭く、消防車が入りにくい区域があります。南北方向の幹線道路が少ないため、住宅地の通学路へ車が流入する問題もあります。

世田谷区は、都市計画道路補助216号線、区画道路、大蔵緑地、老朽木造住宅の不燃化を組み合わせて整備しています。

補助216号線には、

  • 南北交通を改善する
  • 生活道路への通過車両を減らす
  • 火災時の延焼遮断帯えんしょうしゃだんたいを形成する
  • 消防活動困難区域を減らす

という役割があります。大蔵住宅から隣接する広域避難場所へつながる避難路も整備対象です。緑地は火災時の空間、避難経路、雨水を受け止める場所にもなります。

住宅、道路、公共施設、防災、土地利用を一体で再編する考え方は、東京の再開発を横断して解説する記事でも扱っています。用途地域や地区計画を街歩きから読む方法は、「街歩きが楽しくなる宅建入門」で解説しています。

創出用地に福祉施設を置く理由

古い低層住宅を集約して高層化すると、敷地内に新しい土地が生まれます。JKK東京と世田谷区は、この土地に高齢者施設と障害者施設を整備しています。

2026年7月20日時点の世田谷区公式情報では、障害者施設は2026年8月特別養護老人ホームは2026年10月の開設予定です。

障害者施設には生活介護、共同生活援助、短期入所、訪問看護が計画されています。特別養護老人ホームはユニット型、定員100人です。

高齢者や障害のある人が地域で生活を続けるには、住戸に加えて介護、看護、短期入所、交流の場所が必要です。建物と住民が同時に高齢化した経験を、建替え後の支援体制へ反映しています。

保育園と子育て住宅が新しい世代を迎える

大蔵の杜では、保育園の建替えと、子育てに配慮した住宅の供給も行われます。高齢者施設と保育園を同じ地区に置き、異なる世代が地域機能を共有します。

新しい住棟へ子育て世帯が入れば、地域人口の年齢構成は変わります。長く暮らせる町には、交通、家賃、買物、保育、医療、公園、地域交流も必要です。

大蔵住宅を歩くと何が見えるか

大蔵住宅おおくらじゅうたくの歴史は、現地の地形、住棟、工事区域、道路を歩くと確認できます。

1.砧公園側から高低差を見る

砧公園周辺の台地から大蔵3丁目へ向かうと、平らな土地が坂へ変わる国分寺崖線の地形が分かります。

2.新しい住棟と工事区域を見る

カーメスト大蔵の杜の新住棟と、建替え途中の区域を遠くから確認します。工事状況は変わるため、公開時点の公式情報を確認してください。

3.住棟間の距離を歩く

交流場所までの距離、道の勾配、休める場所、ベンチ、横断歩道を確認すると、高齢者の移動負担が分かります。

4.大蔵三丁目公園の湧水を見る

国分寺崖線の下に水が現れる仕組みを確認します。池や流れへ入らず、植生と立入ルールへ配慮してください。

5.道路と避難経路を見る

狭い道路、補助216号線の計画、砧公園方面への避難経路を地図と現地で比較します。

大蔵住宅は住民の生活空間です。表札、窓、洗濯物、住戸内部、住民の顔を無断撮影せず、工事区域へ立ち入らないでください。

周辺の農村史や民家園を歩くなら、喜多見氏の史跡、民家園、農園などを巡る喜多見散歩も参考になります。

まとめ――団地再生は町の時間をつなぎ直す

大蔵住宅おおくらじゅうたくは、1960年に入居が始まった東京都住宅供給公社の賃貸住宅です。同時期に入居した世代が長く住み、子世代が独立したことで、2020年には大蔵3丁目の65歳以上割合が60.8%となりました。建替えに向けた段階移転と人口減少も重なっています。

第1期カーメスト大蔵の杜は381戸で完成し、全4期で約1,200戸が計画されています。国分寺崖線の樹林と湧水の保全、補助216号線や避難路の整備、高齢者施設、障害者施設、保育園の整備も進められています。

町丁目ごとの高齢化を比較するには、「東京にも限界集落がある?23区の高齢化率50%超地域と都市型限界集落の実態」をご覧ください。団地史全体の入口には、団地まるわかりガイドがあります。

事実確認:2026年7月20日

参考文献・参考資料