中台延命寺の大般若経600巻|幕末の村人が寺院復興に託した寄進の記録

板橋区中台三丁目の延命寺には、江戸時代後期に周辺の人々が寄進した『大般若経』600巻と、経典を収める経櫃・経箱が伝わっています。巻ごとに村名と寄進者の名が記され、寺院の復興を支えた人々の広がりを具体的に知ることができます。令和7年(2025)2月14日、板橋区登録有形文化財(典籍)となりました。

火災から復興した中台村の延命寺

中台延命寺は約400年前に創建されたとされる寺院で、所在地は板橋区中台3丁目22番18号です。歴史の中で火災に遭いましたが、中台村と周辺地域の人々によって復興されました。江戸後期の人々は寺の再建や仏事を支えるため、経典や仏画などを寄進しました。現在残る経典群は、そのときの地域の協力を伝える資料です。

鉄眼版『大般若経』600巻とは

所蔵されているのは「鉄眼版」と呼ばれる版木で印刷された『大般若経』600巻です。『大般若経』は大乗仏教の般若思想を説く大部の経典で、日本の寺院では経巻を転読する大般若会などの法会に用いられました。鉄眼版は江戸時代の僧・鉄眼道光にゆかりのある刊本です。600巻という大きな組物を整えるには費用がかかり、収納する櫃や箱も必要でした。

中台延命寺では経典だけでなく、旧経櫃・経箱も文化財の構成に含まれます。経典を読むという信仰の営みと、それを寺で保管し伝えてきた仕組みが一組の資料として残されています。

各巻に記された寄進者の村と名前

この文化財の大きな特徴は、経典に寄進者の村名と名前が書き込まれていることです。中台村の人々に加え、現在の板橋区、北区、練馬区にあたる村々や埼玉県域からも寄進がありました。寄進者の所在地をたどると、寺院が近隣の一村だけでなく、広い範囲の人々の信仰に支えられていたことが分かります。

板橋区の刊行した寺院文化財の研究書では、経典に約600人の名前が記されていることが紹介されています。経典の文字は仏教教義を伝え、余白などに書かれた寄進者の情報は地域社会の実像を伝えています。寺院の歴史と村々のつながりを同時に調べられる点に特色があります。

幕末の寺院復興を支えた地域のつながり

江戸時代後期、経典600巻とそれを納める箱を一括して整えることは大きな事業でした。中台村と近隣の住民が資金を出し合い、火災で傷んだ寺院を立て直そうとした歴史が寄進の記録から読み取れます。同じ時期に寄進された仏画にも、寺院の再建と人々の信仰が表れています。

2025年の文化財登録

中台延命寺所蔵大般若経と経櫃・経箱は、2025年2月14日に区の有形文化財(典籍)に登録されました。刊本そのものに加え、巻ごとの寄進者の記録が評価されています。志村一丁目にある志村延命寺は同名ですが別の寺院で、こちらには鎌倉時代の板碑群が伝わります。名称の似た二つの寺院は、異なる時代の文化財を通じて地域信仰を伝えています。

参考資料