東京大学本郷キャンパスの南西に、ふだんは門の向こうにある庭園が残っています。懐徳館庭園。1910年(明治43年)、旧加賀藩主・前田家が明治天皇を迎えるために整えた庭園です。芝生の広がりと築山、巨石を組んだ滝、石橋が、明治末期の景観を伝えています。
2015年に国の名勝となった庭園は、通常は非公開です。2026年10月17日(土)の東京大学ホームカミングデイには、一般の来場者も見学できます。
2026年の懐徳館庭園一般公開|日時・入場方法
第25回東京大学ホームカミングデイの庭園公開は、2026年10月17日(土)です。庭園の見学は申込み不要で、卒業生以外も入場できます。
| 項目 | 2026年の案内 |
|---|---|
| 公開日 | 10月17日(土) |
| 庭園公開時間 | 10:30~16:00 |
| 最終入場 | 15:30 |
| 対象 | 一般の方も見学可能 |
| 事前申込み | 庭園見学は不要 |
| 会場 | 東京大学本郷キャンパス・懐徳館庭園 |
庭園の公開と懐徳館の建物内部の公開は別の企画です。館内見学は卒業10・20・30・40・50・60周年の対象者向けに12:00~16:00に実施され、周年祝賀式典の祝状が必要です。午前中の館内見学ツアーも周年対象者向けで、事前抽選制となっています。予定されていた裏千家茶道同好会の呈茶は開催見合わせが発表されました。
当日の変更や入場動線は、東京大学ホームカミングデイの庭園公開公式案内に掲載されます。
2026年10月17日の現地見学|入口から庭園へ
2026年10月17日(土)、ゆる歴史散歩会のメンバー31人で、10時30分から11時まで懐徳館庭園を見学しました。入口には開園前から人が集まっていましたが、開園後は待たずに入場できました。


入園後の受付では庭園の解説資料が配られ、虫除けスプレーも用意されていました。当日は庭園内に蚊が多く、虫除けが役立つ状況でした。

庭園に入ると、木立に囲まれた広い芝庭が現れます。明るい芝生の周囲には庭石や刈り込まれた低木が配され、来場者は園内を歩きながら景観を眺めていました。

小高い丘からは、現在の懐徳館の建物と、その前に広がる芝庭を見渡せました。手前には水の流れの跡に沿って石組が続いています。

庭側から見た懐徳館の外観と室内
芝庭から見た懐徳館は、瓦屋根と縁側を備えた木造の和風建築です。庭に面した開口部から室内を望めました。

庭側から見える和室の床の間には、人物を描いた掛軸二幅が掛けられ、座卓が置かれていました。

建物の前には、室内を見ようとする来場者の列もできていました。館内の特別見学には、庭園の一般公開とは別の参加条件が設けられていました。

玄関内部に掲げられた「懐徳」の額
玄関には「懐徳」の額が掲げられ、雲を描いた衝立が置かれていました。木組みの天井と建具が見られます。

懐徳館庭園とは|加賀藩前田家の本郷邸に生まれた名勝
国指定名勝としての名称は「懐徳館庭園(旧加賀藩主前田氏本郷本邸庭園)」です。指定面積は11,269.83平方メートル。庭園の北側には現在の懐徳館が建ち、南側には芝庭、築山、滝石組、流れの跡が広がります。
江戸時代、本郷一帯には加賀藩前田家の広大な上屋敷が置かれていました。明治維新後、敷地の大半は政府や大学の用地となりますが、前田家は南側の土地に本邸を構えました。現存する庭園の基本構成は、明治時代の末に造られたものです。
同じキャンパスにある三四郎池は、江戸期の前田家上屋敷の庭園・育徳園に由来します。三四郎池と本郷の旧大名屋敷については、東京大学本郷キャンパスの歴史散歩でも紹介しています。
明治天皇の行幸を迎えるために造られた1910年の庭園
本邸の整備を計画したのは、前田家第15代当主の前田利嗣でした。明治天皇の行幸を望んで改築を進めましたが、1900年に亡くなります。遺志を継いだ第16代当主の前田利為は、1905年に和風の「日本館」、1907年に洋風の「西洋館」を完成させました。
1910年1月、前田家のお抱え庭師だった伊藤彦右衛門が作庭に着手します。工事は同年5月に完成しました。前田家の根岸別邸から樹木や庭石を移し、讃岐・小豆島からも石材を集めた大規模な工事でした。
庭園完成後の7月8日、明治天皇が前田邸を訪れました。天皇は日本館の奥座敷付近から、芝庭の向こうで築山を流れ落ちる滝を眺めたと記録されています。行幸を記念する石碑は、現在も築山に残ります。
当時の流れや池には、京都・鴨川から運んだ河鹿数十匹と、およそ2万匹の蛍が放たれました。
見どころ|芝庭、築山、三段の滝石組と石橋
芝生の広がりと築山の起伏
懐徳館の南側には、広い芝庭が開けています。奥に見える築山は高さ約5メートル、直径約60~70メートル。芝生地を通して建物から築山を望む構成には、伝統的な日本庭園の意匠と近代の邸宅庭園の感覚が重なります。


三段の滝石組と水の流れの跡
築山の北東斜面には、三段に組まれた立体的な滝石組があります。造営当初は水道水を使って頂部から水を落とし、流れは築山の裾を巡って南西の池へ続いていました。現在は水が途絶え、石組や流路の形から当時の景観をたどることができます。


石橋と行幸記念碑
流れに架けられた石橋と、築山に立つ明治天皇の行幸記念碑も残されています。庭石、流路、橋を組み合わせた庭園の地割は、1910年の作庭意図を伝えます。

外交の舞台から東京大学へ|戦災と懐徳館の再建
大正期の前田邸には、ロシア、英国、スウェーデンの皇族らが訪れました。芝庭は外国要人の接遇や記念撮影の場にもなっています。
1928年、前田家との土地交換によって敷地が東京帝国大学のものとなります。1935年に大学は西洋館を「懐徳館」と命名し、賓客を迎える施設に用いました。1945年の東京大空襲で日本館と西洋館は焼失します。
現在の懐徳館は1951年に再建された木造和風建築です。旧日本館の一部を模した姿で、西洋館から「懐徳館」の名を引き継ぎました。邸宅建築は戦災で姿を変えましたが、庭園の芝庭、築山、滝石組、流れの基本構成は受け継がれています。

東京大学の近代建築と本郷キャンパスの変遷は、東京大学本郷キャンパス建築ガイドで詳しく紹介しています。
本郷キャンパスに残る旧西洋館の基礎
本郷キャンパスの門付近には、旧前田侯爵邸西洋館の煉瓦造の基礎が保存されています。現地説明板によると、1994年(平成6年)、総合研究資料館の増築に伴う発掘調査で発見されたものです。西洋館玄関脇の地下1階の小室部分にあたります。


総合研究博物館の南側には、旧懐徳門も残っています。石造の門構えと鉄製の門扉が、前田侯爵家の本郷邸の面影を伝えています。

2015年に国の名勝へ|評価された近代庭園の意匠
2015年3月10日、庭園は国の名勝に指定されました。文化庁は、明治後期から大正期の日本庭園に共通する造園技法に加え、旧大名家が近代東京に築いた庭園の遺存例としての価値を評価しています。
例年の公開時期と見学の機会
懐徳館庭園は通常非公開で、東京大学ホームカミングデイの開催日に一般公開されることがあります。近年は秋のホームカミングデイでの公開が続いており、2023年は10月21日、2024年は10月19日、2025年は10月18日に案内されました。公開時間や館内見学の対象は開催年ごとに設定されています。
アクセスと周辺の歴史散歩
所在地は東京都文京区本郷7丁目3番1号、東京大学本郷キャンパス内です。東京メトロ丸ノ内線「本郷三丁目駅」から徒歩約8分、都営大江戸線「本郷三丁目駅」から徒歩約6分が大学公式の目安です。庭園までの入口と順路は、公開当日の案内によります。
本郷キャンパスには旧加賀藩邸の御守殿門である赤門、三四郎池、近代大学の建築群も残ります。戦前・戦後の東京大学の歩みは、歴代総長からたどる東京大学史でも紹介しています。
公式資料・参考文献
- 文化庁「国指定文化財等データベース」懐徳館庭園(指定内容・詳細解説)
- 東京大学「懐徳館庭園、国の名勝に指定される」(2015年)
- 東京大学『学内広報』No.1466(2015年、建築・庭園史の特集)
- 東京大学ホームカミングデイ「懐徳館庭園公開・懐徳館館内見学及びツアー」(2026年)
- 東京大学「懐徳館庭園ガイド」(沿革と庭園配置図)

