板橋区宮本町にある稲荷神社は、かつて出井の泉のほとりに祀られていた清水地域の鎮守です。境内には地元で使われた農具・民具を展示する清水資料館があり、社殿のそばのイチョウには雨乞いの行事が伝わっています。住宅地となった清水地域の農業と水への信仰を、同じ境内でたどることができます。
出井の泉から宮本町へ移った稲荷神社
稲荷神社は、現在の泉町にある清水児童遊園付近、出井の泉のほとりから宮本町へ遷されたと伝わっています。「出井」は湧き水のある場所を表す地名で、清水の集落が水に恵まれた土地だったことを伝えます。神社の創建年代や移転の詳しい時期は、板橋区の案内では示されていません。
江戸時代の清水は旧前野町の一部でした。文安5年(1448)の史料には「しミつ」という地名が見られ、現在につながる地名の古い例と考えられています。出井の泉は、地域の暮らしだけでなく、訪れる人々にも知られていました。
清水夏大根と江戸の種子商い
清水から志村にかけては、江戸時代に「清水夏大根」とその種子の産地として知られました。村で育てた大根や種子は中山道を通じて運ばれ、販売先は上方にも広がっていました。江戸近郊の農村は、都市に食料を届けるだけでなく、作物の種子を商品として売る場所でもありました。
文化8年(1811)、江戸の紀行文で知られる十方庵敬順は出井の泉を訪れ、湧水で煎茶をたてています。その帰りには、種子屋を営んだ「清水(板橋)権右衛門」家に立ち寄りました。泉と種子商いの両方が旅の記録に登場し、当時の清水地域の様子を伝えています。
1984年に開かれた清水資料館
昭和59年(1984)、地元の旧家である板橋弥一氏の納屋が解体される際、保管されていた農具や生活道具を残そうと、地域の有志が資金を出し合って清水資料館を建てました。保存の対象となった道具は125点に及びます。
道具には農作業や日々の生活に使われたものが含まれます。実際に使われた品を通して、作物を育て、収穫し、家で暮らすために必要だった仕事を知ることができます。昭和62年(1987)2月27日には「清水資料館収蔵品一括」として板橋区登録有形民俗文化財となりました。
雨乞いのイチョウと藁の竜神
稲荷神社の社殿に向かって左側には大きなイチョウがあります。大正時代頃まで、この木は雨乞いの行事に用いられていました。藁で作った竜神を町内で担いで練り歩いた後、イチョウに巻き付けたと伝わっています。
田畑に必要な水を確保することは農村の暮らしに直結しました。湧水のそばにあった鎮守と雨乞いに使われた神木は、地域の水に対する信仰を伝えています。
所在地と清水資料館の見学
稲荷神社の所在地は板橋区宮本町54-1で、都営三田線板橋本町駅から徒歩約8分です。清水資料館の見学には事前予約が必要で、板橋区は問い合わせ先として03-3966-2935を案内しています。訪問前に公開条件と予約方法をご確認ください。
清水地域に近い中山道の交通と志村の歴史は、志村・小豆沢周辺の歴史と文化財でも紹介しています。
参考資料
- 板橋区「稲荷神社(宮本町)のご案内」
- 板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』「宮本町稲荷神社」「清水資料館収蔵品一括」
