東京都目黒区の大橋ジャンクションには、高速道路の上とは思えない三つの緑があります。大橋JCTのループ屋上に広がる区立公園「目黒天空庭園」、JCTの内側にある「オーパス夢ひろば」、そして大橋換気所の屋上に整備された自然再生緑地「おおはし里の杜」です。
このうち、おおはし里の杜は、昭和初期の目黒川周辺に見られた斜面林、草地、湧水とせせらぎ、池、水田などを、現代の高速道路施設の屋上に再構成した場所です。昔から残った自然を保存した場所ではなく、道路整備によって生まれた人工地盤を利用し、地域本来の自然環境を手本に生物の生息空間をつくり直した点に特徴があります。
目黒天空庭園だけを見ると「珍しい屋上公園」に見えますが、大橋JCT全体を見ると、道路、再開発、公園、地域交流、生物多様性を一体で計画した都市空間であることが分かります。この記事では、おおはし里の杜を主軸に、目黒天空庭園、オーパス夢ひろば、大橋JCTの関係、自然再生の考え方、生物多様性の取り組み、各種認証、一般公開時の見どころまで詳しく解説します。
おおはし里の杜とは何か
おおはし里の杜は、大橋ジャンクションの内側にある大橋換気所の屋上に整備された「自然再生緑地」です。首都高速道路株式会社は、かつての目黒川周辺の原風景をモデルに、人と自然のかかわりが豊かだった時代の環境を再現した場所と位置付けています。
JHEP認証の審査資料では、対象敷地面積は1,176平方メートルです。一方、首都高などの案内では緑地そのものを約900平方メートルとして紹介する資料もあります。これは評価区域と緑地面積の集計範囲が異なるためです。JHEP資料によると、植栽工事は2010年12月に始まり、2011年8月に竣工しました。その後、大橋JCT周辺の再開発、公園、公共施設などが2013年にかけて整いました。
| 施設 | 場所・役割 | 規模・特徴 |
|---|---|---|
| おおはし里の杜 | 大橋換気所の屋上にある自然再生緑地 | JHEP評価区域1,176㎡。生態系保全のため通常非公開 |
| 目黒天空庭園 | 大橋JCTループ屋上の目黒区立公園 | 約7,000㎡、1周約400m、高さ約7~35m |
| オーパス夢ひろば | 大橋JCTループ内側の多目的広場 | 約3,000㎡。運動や地域交流を担う |
大橋ジャンクションと目黒天空庭園、おおはし里の杜の関係
大橋ジャンクションは、高架を走る首都高速3号渋谷線と、地下の中央環状線・山手トンネルを接続する施設です。両者の高低差は約70メートルあります。限られた都市用地の中でこの高さをつなぐため、車道は1周約400メートルのループを約2回転する構造になりました。通常形式のジャンクションと比べ、用地を約4分の1にコンパクト化できたと首都高は説明しています。

ループ部は大気や騒音への影響を抑えるため覆われています。この「覆蓋」の屋上を公園として活用したのが目黒天空庭園です。庭園の高低差約24メートルや緩やかな勾配は、下を走る道路構造の形をそのまま利用しています。
さらにループの内側には、換気施設とオーパス夢ひろばがあります。その換気所の屋上に置かれた自然再生緑地が、おおはし里の杜です。つまり三つの施設は別々の場所に偶然集まったのではなく、一つの巨大な道路構造を立体的に使い分けたものです。
道路事業だけではない「まち・みち一体」の再開発
大橋地区では、首都高速中央環状線と大橋JCTの整備に合わせ、東京都の大橋地区第二種市街地再開発事業と目黒区の周辺地区整備が進められました。目黒区の大橋一丁目周辺地区整備は約28ヘクタール、東京都の再開発区域は約3.8ヘクタールです。
目黒区の地区整備計画には、「ジャンクションと再開発事業の一体的整備」「ジャンクション内部空間の有効利用」「ジャンクションループ屋上の有効利用」「目黒川の水質改善と雨水対策」「総合的な環境対策」などが盛り込まれました。道路のために土地を使うだけでなく、その上部や内部を公園、広場、公共空間として地域に戻す発想が事業の骨格になっています。

首都高は、大橋JCTの環境整備を「大橋“グリーン”ジャンクション」と呼び、「自然再生の緑」「公園の緑」「街並みの緑」の三つに整理しています。おおはし里の杜が自然再生の緑、目黒天空庭園が公園の緑、JCT外壁のオオイタビが街並みの緑です。

なぜ高速道路施設の屋上に自然再生緑地を造ったのか
都市部では、道路や建物によって生物の生育・生息空間が細かく分断されます。大橋JCTは大規模な道路施設ですが、その屋上や壁面を緑化すれば、失われた緑を部分的に回復し、周辺の緑地とつながる拠点にできます。
国土交通省が第5回グリーンインフラ大賞で示した資料では、おおはし里の杜の目的として、大橋JCT整備に伴う環境負荷の低減と地域との共生、周辺緑地と連携したエコロジカル・ネットワークの形成、生物多様性の保全、自然学習や農体験の場としての活用が挙げられています。
特徴的なのは、単に芝生や街路樹を置くのではなく、「昭和初期の目黒川周辺」という具体的なモデルを設定したことです。人工地盤の上に、地域の自然史を読み直して生息環境を再構成しています。
昭和初期の目黒川周辺をどう再現したのか
昭和初期の目黒川周辺には、谷底の低地と段丘、その境となる段丘崖がありました。首都高の説明では、谷部には水田などの湿地、段丘上には茅などの草地、段丘崖には斜面林や湧水地、せせらぎが分布していたと考えられています。
大橋換気所の屋上には、換気施設の形状に由来する約28%の斜面があります。おおはし里の杜では、この人工的な勾配を河岸段丘の斜面に見立てました。斜面林、草地、湧水を模した水源、せせらぎ、池、水田を組み合わせ、短い距離の中に異なる環境を連続させています。


JHEP審査では、目標植生としてシラカシ群集、チガヤ-ススキ群落、コナギ群落が設定されました。評価区域1,176平方メートルのうち、将来的な緑地割合は81.7%とされ、樹林、草地、湿性環境を組み合わせる計画になっています。
植栽には地域性への配慮があり、関東周辺に自生する個体に由来する地域性種苗が使われました。昆虫や鳥類の利用を考え、食餌植物や蜜源植物も選んでいます。水田は稲作体験の場であるだけでなく、年間を通して水が涸れないよう配慮し、ヤゴなどの水生生物が利用できる環境として管理されています。
「里の杜」は人の営みまで含めて再現している
名称の「里」が示すように、おおはし里の杜は人を排除した原生自然を目指していません。水田では、目黒区立菅刈小学校の5年生が首都高の支援を受けて稲作体験を行っています。菅刈小学校の学校日記でも「毎年菅刈小学校の5年生が行っている、稲作体験」と案内されており、首都高の公式記録でも5年生による田植えと稲刈りが確認できます。田植え、自然観察、稲刈り、脱穀などを通じて米作りを学び、収穫した米は精米して学校の食体験にも活用されています。
自然と人の生活が近接していた時代を、植物景観だけでなく稲作という行為まで含めて再現している点が重要です。おおはし里の杜は、自然再生、生物多様性、環境教育、地域交流が重なった施設です。
生物多様性とエコロジカル・ネットワーク
エコロジカル・ネットワークとは、分断された生物の生育・生息空間をつなぎ、生き物が移動・利用できるつながりを確保する考え方です。おおはし里の杜は、目黒川を軸に、代々木公園など周辺の緑をつなぐ拠点の一つとして位置付けられています。
大都市の小規模な緑地だけで生態系を完結させるのではなく、鳥や昆虫が複数の緑地を行き来するときの「飛び石」として機能させる発想です。首都高は整備後も動植物のモニタリングを続け、状況に応じて管理を調整する順応的管理を行っています。
管理方法も一般的な庭園とは異なります。自然な樹形や草地を維持するため過度な刈り込みを避け、在来種の生育を阻害する外来種を除去し、農薬を使わない管理が行われています。
確認されている動植物
首都高のモニタリングでは、多様な鳥類、昆虫、水生生物、植物が確認されています。2026年の首都高公式記事では、これまでに確認された動植物は460種以上と紹介されています。

- 鳥類:オオタカ、カルガモ、メジロ、シジュウカラ、ヒヨドリなど
- 陸生昆虫:シオカラトンボ、ハラオカメコオロギ、ハラビロカマキリ、オンブバッタ、コバネイナゴ、ナミアゲハ、モンシロチョウ、ツマグロヒョウモンなど
- 水生昆虫:アジアイトトンボのヤゴ、シオカラトンボのヤゴ、クロスジギンヤンマのヤゴ、フタバコカゲロウ、アメンボなど
- 水辺の生物:ミナミメダカ、カワニナなど
- 植物:コウホネ、オカトラノオ、オミナエシのほか、ウツボグサ、カワラナデシコ、キキョウ、チガヤ、ホタルブクロ、ミソハギ、ヤマユリ、ワレモコウなど
特に注目されるのがオオタカです。2019年度以降、継続的な飛来が確認され、おおはし里の杜を捕食場所として利用する様子も観測されています。ただし、首都高は飛来元を特定しておらず、ここで繁殖していると断定しているわけではありません。
国土交通省のグリーンインフラ大賞資料では、2023年度に確認された動植物は400種類以上で、調査開始時から約2倍に増加したとされています。また、2021~2023年度の3年間には、環境省や東京都のレッドリスト掲載種13種も確認されています。
JHEP、自然共生サイト、グリーンインフラ大賞で何が評価されたのか
JHEP認証AAA
おおはし里の杜は2016年9月21日、公益財団法人日本生態系協会のJHEP認証で最高ランクAAAを取得しました。JHEPは、生物多様性への貢献度を事業前後で比較し、ハビタットの質と量を定量的に評価する仕組みです。
審査では、地域本来の自然を手本にした目標植生、在来種を重視した植栽、外来生物法などに該当する問題種を使用しないこと、将来のハビタット価値の向上などが評価されました。評価種にはシジュウカラ、コミスジ、ショウリョウバッタ、アオモンイトトンボが設定されています。
自然共生サイトとOECM
2023年度後期には、環境省の「自然共生サイト」に認定されました。大橋JCTと一体整備された換気所屋上という特殊な場所で、生態系に配慮した緑地を創出し、地域社会や環境教育に貢献している点、エコロジカル・ネットワーク形成の都市緑化モデルとなっている点が評価されました。
首都高の2025年報告書では、2024年8月にOECMとして国際データベースへ登録されたことも報告されています。さらに、自然共生サイト制度が地域生物多様性増進法に基づく制度へ移行した後、2026年3月17日の令和7年度第3回認定で「おおはし里の杜」は移行認定されました。
第5回グリーンインフラ大賞・国土交通大臣賞
2024年度には、第5回グリーンインフラ大賞で国土交通大臣賞を受賞しました。高速道路会社として初の最高位受賞です。都市部の道路空間という制約の大きい場所で、生物多様性に配慮した緑地を整備し、モニタリング、順応的管理、地域の稲作体験や環境教育まで継続している点が評価されました。
このほか、2019年度に東京都の「江戸のみどり登録緑地」、2020年度にSEGES「そだてる緑」Excellent2、2023年度にExcellent3へ昇格するなど、継続的な維持管理も外部評価を受けています。
なぜ通常は非公開なのか
おおはし里の杜は、生き物への配慮と生態系維持のため、通常は一般公開されていません。目黒天空庭園が日常利用の区立公園であるのに対し、おおはし里の杜は生物の生息環境そのものを優先して管理する自然再生緑地だからです。
首都高は年に数回、オープンデーとして一般公開しています。一般公開時は目黒天空庭園から直接入場する形になり、通常は立ち入れない換気所屋上の自然再生空間を観察できます。公開日や時間は年度ごとに変わるため、訪問前には首都高公式情報の確認が必要です。
一般公開時に見るべきポイント
- 人工の斜面が「河岸段丘」になっていること
換気所屋上の約28%の勾配が、造園上の欠点ではなく、昭和初期の目黒川沿いの段丘崖を表現する地形として使われています。 - 斜面林から水辺、水田、草地へ環境が連続すること
樹林、せせらぎ、池、水田、草地を別々の展示として見るのではなく、生き物が行き来できる一つの生息環境として観察すると構成が理解しやすくなります。 - 植栽が「見栄え」だけで選ばれていないこと
地域性種苗や在来種を重視し、鳥や昆虫の食餌植物、蜜源植物も組み込まれています。 - 水田が文化体験と生物生息地の両方を担うこと
稲作体験の場であると同時に、年間を通じて水生生物が利用できる環境として管理されています。 - 目黒天空庭園との性格の違い
天空庭園は人が散策し、四季の植栽を楽しむ「公園の緑」。里の杜は生き物中心の「自然再生の緑」です。
目黒天空庭園、オーパス夢ひろば、大橋JCTを一体で見る

目黒天空庭園は約7,000平方メートル、1周約400メートルのループ状公園です。地上約7~35メートルに位置し、園内には約24メートルの高低差があります。高木、中木、低木、地被類を大量に植え、場所ごとに和風庭園、雑木林、花の景観、竹林など異なる雰囲気をつくっています。


ループ内側のオーパス夢ひろばは約3,000平方メートルの多目的広場で、一般利用のほか、登録団体によるスポーツ利用など地域交流の場を担います。巨大なJCT壁面に囲まれた内部空間を、閉鎖的な道路施設のままにせず公共空間として活用した例です。
さらに外壁には常緑のつる植物オオイタビが植えられています。首都高は、里の杜を「自然再生の緑」、天空庭園を「公園の緑」、壁面緑化を「街並みの緑」と位置付けています。道路構造そのものが、自然、散策、運動、地域交流、景観の基盤になっています。

2026年9月5日の現地レポート
2026年9月5日は、首都高が実施した2026年度第3回のおおはし里の杜一般公開日でした。公開時間は10時から16時、入場無料・事前予約不要で、目黒天空庭園から直接入場できる形で公開されました。

現地でまず分かるのは、目黒天空庭園とおおはし里の杜が「隣り合う二つの庭」ではなく、同じ大橋JCTを立体的に使った別種の緑地だということです。天空庭園では人が歩くための園路や休憩空間が主役ですが、里の杜に入ると、樹林、草地、水辺、水田など、生き物の生息環境をつなぐ構成が前面に出ます。
換気所屋上の斜面を実際の地形として見ると、公式資料で説明される「河岸段丘に見立てた」という設計意図が理解しやすくなります。斜面林の下に水の流れがつながり、池や水田、草地へ環境が移っていくため、昭和初期の目黒川周辺にあった複数の環境を、非常に限られた屋上空間の中へ圧縮して配置していることが分かります。

稲でのほうきづくり体験と田んぼ
一般公開では、稲を使ったほうきづくり体験が行われていました。実際の田んぼを見たあと、その稲を材料に手を動かすことで、おおはし里の杜の水田が景観展示ではなく、人の営みまで含めた「里」の環境として整えられていることがよく分かります。田んぼは水生生物の生息環境であると同時に、稲作や自然とのかかわりを体験する場にもなっています。



この日の様子を撮影した動画です。前半では斜面林と小川、虫の音が続き、0:49からはおおはし里の杜最高部からの眺望が映ります。人工地盤上の自然再生空間と周囲の都市景観の関係を、音も含めて確認できます。
また、周囲には巨大なJCT壁面、高層住宅、国道246号、目黒川沿いの市街地が広がります。その中心に水田やせせらぎがあるため、「自然が残った場所」というより、都市インフラの中へ自然環境をつくり直した場所であることが強く感じられます。

今回の現地確認では、特定の動植物を独自に「確認種」として追加せず、種名については首都高の継続モニタリングで確認されたものを本文に掲載しました。一般公開では季節によって見られる生き物が変わるため、個体を探すだけでなく、どのような環境が用意されているかを見ると、おおはし里の杜の設計思想をつかみやすくなります。
目黒天空庭園の利用情報
2026年9月5日現在、目黒天空庭園の所在地は目黒区大橋一丁目9番2号、開園時間は7時から21時です。オーパス夢ひろばは大橋一丁目9番4号で、4月から10月は7時から19時、11月から3月は7時から17時です。東急田園都市線・池尻大橋駅から徒歩約3分。荒天などで閉園する場合があります。
おおはし里の杜は通常非公開です。一般公開日は首都高公式サイトで告知されます。目黒天空庭園だけを訪れる場合と、里の杜の一般公開日に訪れる場合では見られる範囲が異なります。
大橋JCTを歴史散歩でどう読むか
この場所には、三つの時代が重なっています。第一は、目黒川沿いに水田、草地、斜面林、湧水があった近郊農村の時代。第二は、地下高速道路と高架高速道路を接続する巨大な交通インフラが造られた時代。第三は、その道路施設の屋上や内部を、公園、広場、自然再生緑地として地域へ開く時代です。
おおはし里の杜の面白さは、都市化以前の自然を単に懐かしむのではなく、現代の土木構造を使って生物の生息空間を再構成した点にあります。大橋JCTは、道路と自然を対立するものとして切り分けるのではなく、制約の大きい都市インフラを緑地、生物多様性、地域交流の基盤として再利用した事例です。
参考資料
- 首都高速道路「おおはし里の杜」
- 首都高環境サイト「おおはし里の杜」
- 首都高速道路「大橋“グリーン”ジャンクション」
- 首都高速道路「大橋JCT『おおはし里の杜』を一般公開します」(2026年8月26日)
- 目黒区「目黒天空庭園・オーパス夢ひろば」
- 目黒区「大橋一丁目周辺地区整備事業」
- 公益財団法人日本生態系協会「おおはし里の杜に対するJHEP認証 審査レポート(概要版)」
- 環境省「自然共生サイト 認定サイト一覧」
- 令和7年度第3回 自然共生サイト認定一覧
- 国土交通省「グリーンインフラの事例(第5回グリーンインフラ大賞・国土交通大臣賞)」
- 目黒区立菅刈小学校「5年 田植え体験 事前指導」(2025年5月8日)
- 首都高環境サイト「今年は生徒の皆さんと!『おおはし里の杜』で田植えを行いました!」(2021年7月2日)
- 首都高環境サイト「『おおはし里の杜』で稲刈りを行いました!」(2016年10月12日)

