泉屋博古館東京で2026年8月29日から開催されている特別展「没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション」は、住友家第15代当主・住友友純、号・春翠が築いた近代美術コレクションを、その収集の経緯とともにたどる展覧会です。
展示されるのは日本画、西洋絵画、近代陶磁、彫刻など。作品の有名さだけでなく、「いつ、どこで、誰から、なぜ手に入れたのか」を追うことで、明治から大正にかけて美術品がどのように集められ、住友コレクションへ組み込まれたのかが分かります。

9月13日の現地レポート|所要時間・撮影・ロッカー
2026年9月13日の16:30から17:30まで、前期展示を60分かけて鑑賞しました。春翠の肖像や家系、作品の購入経緯、作家との交流を示す資料が作品とともに並び、コレクションが形づくられる順序を追える展示です。
入口の大型看板には、肖像、絵画、陶磁器、日本画などが組み合わされています。春翠が一つの分野に絞らず、同時代の多様な美術を集めたことを、展示室へ入る前から伝える構成でした。

展示室内で撮影できたのは、第1展示室のクロード・モネ《サン=シメオン農場の道》と《モンソー公園》だけです。フラッシュ、三脚、動画撮影はできません。ほかの作品や春翠関係資料は撮影不可だったため、写真を撮る場所がはっきり分かれていました。

ロッカーはコイン不要で利用できました。荷物を預けてから展示室へ入れるため、鑑賞前に小銭を用意する必要はありません。水分補給はロッカー前の小ホールでできます。
現地で見たモネ2作品|購入の経緯まで分かる展示

2点のモネは暗い壁面に並べられ、筆触や色の違いを見比べられました。右の《サン=シメオン農場の道》は1864年、左の《モンソー公園》は1876年の作品で、約12年を隔てた2点を同じ展示室で比較できます。

《サン=シメオン農場の道》は、モネがセーヌ河口の港町オンフルール近郊を訪れた頃の作品です。会場解説によると、美術商の林忠正が1896年に入手し、翌年、欧米視察中の春翠が林から購入しました。《モンソー公園》も林から購入した作品です。完成した名品を並べるだけでなく、誰を介して春翠のもとへ届いたかを明示する展示が、「仕合せ」という題名の意味を具体的にしています。

《モンソー公園》は1874年の第1回印象派展から間もない時期に描かれました。会場解説は、この作品が須磨別邸に飾られ、1929年頃には西園寺公望の別邸・坐漁荘の応接間兼洋間に置かれていた来歴も紹介しています。購入した場所と人物に加え、住友家でどのように飾られたかまで示すことで、作品を暮らしの中に置いた春翠の収集が見えてきます。
住友春翠とは誰か
住友友純は元治元年12月21日(新暦1865年1月18日)生まれ。元治元年は1864年に始まるため、泉屋博古館では生没年を1864~1926年と表記しています。京都の公家・徳大寺公純の子で、兄に西園寺公望がいます。住友家の養嗣子となり、1893年に第15代当主として住友吉左衞門を襲名しました。

友純の時代、住友は銀行、鉱業、製造業など近代的な企業体へ展開しました。一方で友純は、美術品の収集や文化事業にも力を注ぎます。中国古代青銅器、日本・中国書画、西洋絵画、近代陶磁、茶道具、能面・能装束など、住友コレクションの幅広さはこの時期に大きく形成されました。
「春翠」は友純の号です。本展では、住友家第15代当主として事業を担った友純と、美術品を収集し作家たちと交流した春翠の活動をあわせて紹介しています。
展覧会の核心は「作品をどう集めたか」
泉屋博古館は、本展の軸を「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」取得したのかという収集の物語に置いています。美術館に並ぶ作品は、完成したコレクションとして眺めると出会いの経緯が見えにくくなります。本展では取得時期や関係人物を追いながら、春翠の関心がどう広がったかを時系列で見せます。
明治後期から大正期は、日本で展覧会制度、美術商、新聞・雑誌、美術団体が発達した時代でもあります。新しい作品が発表され、同時代の作家と実業家が接点を持ち、個人コレクションが形成されていきました。春翠の収集は、近代日本で「美術を所有し、公開し、後世へ残す」文化が広がる過程と重なります。
見どころ1|藤島武二《幸ある朝》
藤島武二は、日本近代洋画を代表する画家の一人です。《幸ある朝》は本展の主要作品として紹介されています。西洋絵画の技法を学びながら、日本の近代社会の中で人物像や色彩表現を追究した藤島の作品は、春翠が「古い美術」だけでなく同時代の美術にも目を向けていたことを示します。
住友家が近代美術を集めた背景には、単に西洋文化を珍しがる段階を越え、日本の作家たちが新しい表現を生み出していた時代状況があります。会場では、作品そのものと取得時期を合わせて見ると、春翠がどの時点で何に関心を向けたのかが分かります。
見どころ2|モネ《モンソー公園》
クロード・モネ《モンソー公園》も本展の注目作です。モネはフランス印象派を代表する画家で、光と色の変化を素早い筆触で捉えました。日本の実業家が西洋絵画を収集するようになった時代を考えるうえで、春翠のモネ収集は象徴的です。
印象派が西洋美術史のどこに位置するのかは、ゆる歴史散歩会の「西洋美術史をざっくり学ぶ」で、ルネサンスから20世紀までの流れと合わせて紹介しています。
見どころ3|板谷波山《葆光彩磁珍果文花瓶》
板谷波山は近代日本陶芸の重要な作家です。本展では重要文化財《葆光彩磁珍果文花瓶》が主要作の一つとして紹介されます。波山は釉薬の色彩と繊細な彫文を組み合わせ、陶磁器を近代美術として高い水準へ押し上げました。
日本画や油彩画と同じ展覧会で近代陶磁を見ると、春翠の関心が「絵画収集」に限られていなかったことが分かります。素材や技法の違いを越えて、同時代の優れた造形を集めていた点が住友コレクションの特徴です。
前期と後期で展示替えがある
会期は前期と後期に分かれます。前期は8月29日~9月23日、後期は9月25日~10月12日で、9月24日は展示替えのため休館です。9月13日の訪問は前期でした。すべての作品が通期展示とは限らないため、特定の作品を目当てにする場合は公式の出品リストで展示期間を確認できます。
春翠の収集史を主題にした展覧会なので、一作だけを見るより、購入時期や関係人物を追って会場を進むと全体像がつかみやすくなります。
泉屋博古館東京と六本木1丁目
「泉屋博古館」という名前の意味
泉屋博古館は、住友家旧蔵の美術品を保存・研究・公開する美術館です。館名は、住友家が江戸時代に用いた屋号「泉屋」と、中国・宋代に編まれた青銅器図録『博古図録』にちなみます。「泉屋」は住友家、「博古」は同館のコレクションの核となった中国古代青銅器と結び付く名称です。
春翠の収集から泉屋博古館へ
住友友純(春翠)は明治中頃から大正時代にかけて、中国古代青銅器をはじめ、日本・中国の書画、西洋絵画、近代陶磁器などを収集しました。とくに中国古代青銅器は、春翠の煎茶趣味や、住友家が銅の事業と深く関わってきた歴史を背景に集められ、現在の住友コレクションの重要な柱となっています。
春翠が現在の美術館を設立したわけではありません。春翠の没後、住友家旧蔵の美術品を保存・公開するため、1960年に財団法人泉屋博古館が設立されました。翌1961年に京都・鹿ヶ谷で一般公開が始まり、1970年には現在の京都本館1号館が完成しました。京都本館がある鹿ヶ谷は、春翠が邸宅を構えたゆかりの地です。
東京館は住友家麻布別邸の跡地に建つ
泉屋博古館東京がある六本木1丁目には、1917年に春翠が住友家麻布別邸を建てました。戦後は旧住友会館や集合住宅などに利用されたのち、この旧麻布別邸跡地に泉屋博古館の東京分館が整備され、2002年10月に開館しました。2021年に「泉屋博古館東京」へ改称し、2022年3月にリニューアルオープンしています。
六本木1丁目は、江戸時代の大名・幕臣屋敷、近代の大邸宅や大使館、戦後の集合住宅と首都高速、1980年代以降の大規模再開発が重なった地域です。泉屋博古館東京の周辺でも、住友家の邸宅地の一部が美術館や緑地として受け継がれる一方、六本木一丁目駅や泉ガーデンなどが整備されました。詳しい土地の変化は、ゆる歴史散歩会の「六本木1丁目の歴史散歩」で紹介しています。
開催情報・料金
| 展覧会名 | 特別展 没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション |
|---|---|
| 会期 | 2026年8月29日(土)~10月12日(月・祝) |
| 前期 | 8月29日~9月23日 |
| 後期 | 9月25日~10月12日 |
| 会場 | 泉屋博古館東京(東京・六本木) |
| 開館時間 | 11:00~18:00。金曜日は19:00まで。最終入館は閉館30分前 |
| 休館日 | 月曜日。9月21~23日、10月12日は開館。9月24日は休館 |
| 一般 | 1,500円 |
| 学生 | 800円 |
| 18歳以下 | 無料 |
| 障がい者手帳等 | 手帳等を提示した本人は無料 |

