ルーヴル美術館展 ルネサンス【現地レポート】|混雑・所要時間・《美しきフェロニエール》を解説

ルーヴル美術館展 ルネサンス 会場入口の展覧会タイトル表示

国立新美術館で2026年9月9日に開幕した「ルーヴル美術館展 ルネサンス」は、15~16世紀のヨーロッパ美術を、ルーヴル美術館の50点余りでたどる展覧会です。最大の注目作は、レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》。今回が初来日です。

同じ国立新美術館の企画展示室2Eでは、9月21日まで「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」も開催されています。ピカソ作品約80点とポール・スミスによる展示空間を組み合わせた展覧会です。

展覧会は「旅」「技法の革新と洗練」「古代へのまなざし」「肖像芸術の隆盛」の4章構成です。絵画、彫刻、版画、素描、工芸を通して、人・物・技術がヨーロッパ各地を行き交ったルネサンスの広がりを見せます。

実際に行ってわかったこと|9月10日16時の混雑・所要時間

2026年9月10日(木)16:00に入館し、17:30まで約90分滞在しました。開幕翌日の夕方でしたが、企画展示室1Eの入口に入場待ちの列はなく、そのまま入れました。展示室内も全体としては混みすぎておらず、多くの作品は並ばずに、混んでいる場所でも少し待てば近くで見られる程度でした。

国立新美術館 企画展示室1E ルーヴル美術館展入口
16時ごろの企画展示室1E入口。入場待ちの列はありませんでした(2026年9月10日撮影)。

《美しきフェロニエール》は正面鑑賞だけ1時間待ち

混雑が集中していたのは、第4章に展示されたレオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》です。正面から作品を見るための列ができており、16時台の案内では約1時間待ちでした。

ルーヴル美術館展で《女性の肖像》を正面から鑑賞する際の行列イメージ図
《女性の肖像》(通称《美しきフェロニエール》)を正面から鑑賞する場合の行列イメージ図。実際の展示室内は撮影不可のため、現地での状況をもとに作成したイメージです。

一方、列に並ばず、作品の斜め約45度・2~3mほどの位置から見ることもできました。この位置なら待ち時間はなく、すぐに作品を確認できました。正面からじっくり見るか、斜めから短時間で見るかで必要な時間が大きく変わります。

《美しきフェロニエール》の直前に3本の映像|待ち時間にも見られる

《美しきフェロニエール》が展示される部屋の一つ手前には、3本の映像を見るスペースがあります。各映像は3~4分ほどで、3本すべてを見ると約11分。4人掛けの長椅子が12脚あり、約48人が座れる規模でした。

正面鑑賞の列はこの映像スペースを通るため、待っている間にも映像を見ることができます。9月10日16時台は《美しきフェロニエール》正面鑑賞が約1時間待ちでしたが、その一部を作品の背景を知る時間として使える構成でした。

角野隼斗「Forma」|ルネサンスの「形」を音で表すテーマ曲

映像では、本展のために角野隼斗すみのはやとが書き下ろした展覧会テーマ曲「Forma(フォルマ)」が流れます。「Forma」はラテン語で「形」を意味する言葉です。角野はパリ留学時代に何度もルーヴル美術館を訪れ、芸術と科学の関係にも関心を寄せてきました。

楽曲は、ピアノの一音一音や複数の声部を「線」として捉え、それらが重なりながら一つの「形」として立ち上がるイメージで作曲されています。人物の身体、遠近法、版画の線、彫刻の立体、肖像の輪郭など、「形」をめぐる発見が連続する本展とよく重なります。展示を歩いた後にこの曲を聴くと、4章を貫く「人間や世界をどう形として捉えるか」というテーマが音楽からも感じられます。

「Forma」は2026年8月26日発売の角野隼斗『CHOPIN ORBIT アラカルト盤』にも収録されています。会場の映像では映像と音楽が一体になっており、《美しきフェロニエール》を見る直前の導入として印象に残る空間でした。

4つの章は壁の色でも切り替わる

会場は第1章がクリーム色、第2章が橙色、第3章が青色、第4章が黒色で、章ごとに壁面の色が変わります。第4章「肖像芸術の隆盛」が会場の半分以上を占める印象で、《美しきフェロニエール》もこの章の後半に展示されています。会場の中間より後には座って休める場所もありました。

展示室内は写真・動画撮影不可

展示室内では写真・動画を撮影できません。入口付近の展覧会タイトル表示や、退場後の特設ショップは撮影できました。国立新美術館のジュニアガイドにも、展示室内で写真・動画を撮影しない旨が明記されています。

音声ガイドは700円・約35分

音声ガイドは1台700円で、所要時間は約35分。日本語版ナビゲーターは北川景子です。

ルーヴル美術館展 ルネサンス 音声ガイド貸出カウンター
音声ガイド貸出カウンター。日本語版ナビゲーターは北川景子、料金700円、約35分です(2026年9月10日撮影)。

ジュニアガイドと公式作品解説は会場外でも読める

会場には無料のジュニアガイド冊子が置かれていました。ルネサンスの時代背景、技法、肖像画の見方を図入りで整理しており、大人が鑑賞前後に読んでも分かりやすい内容です。ジュニアガイドPDFは国立新美術館の公式サイトでも公開されています。

ルーヴル美術館展 ルネサンス ジュニアガイド
会場で配布されていたジュニアガイド。ルネサンスや肖像画の見方をやさしく解説しています(2026年9月10日撮影)。

さらに、展示室の解説パネルに対応する公式作品解説もWebで公開されています。第1章から第4章まで作品ごとの解説を読めるため、撮影できない展示室で気になった作品を帰宅後に確認するのにも便利です。

17時半ごろの特設ショップは会計の長い列なし

退場後の特設ショップには図録、バッグ、文具などが並び、多くの来場者が商品を見ていました。17時半前後の撮影時には、会計カウンターに長い列はできていませんでした。

ルーヴル美術館展 ルネサンス 特設ショップ会計カウンター
特設ショップの会計カウンター。撮影時には長い会計待ちの列はありませんでした(2026年9月10日撮影)。

9月13日(日)午前の現地レポート|入場20分・《女性の肖像》正面まで20分

2026年9月13日(日)は10時30分ごろに国立新美術館へ到着しました。平日夕方だった9月10日とは状況が異なり、企画展示室1Eの入口前には入場待ちの列ができていました。案内表示は約20分待ちで、実際にもおおむねその程度で入場できました。

2026年9月13日日曜日の国立新美術館 ルーヴル美術館展入場待ちの列
9月13日(日)10時30分ごろの入場待ち。日曜日は入口前に列ができ、入場まで約20分でした(2026年9月13日撮影)。
ルーヴル美術館展の入場待ち時間20分を示す案内
9月13日(日)10時30分ごろの入場待ち時間表示は20分。平日夕方にはなかった入口の列が、日曜午前にはできていました(2026年9月13日撮影)。

《女性の肖像》は正面まで約20分、距離は約1m

入場後はすぐにレオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》へ向かい、正面鑑賞の列に並びました。11:00に列へ入り、11:20に作品の正面へ到着。今回は約20分で正面まで進めました。

正面では作品から約1mの距離まで近づいて見ることができ、立ち止まって鑑賞できる時間は約10秒でした。列は少しずつ前へ進むため、待っている間にも作品が見える位置では、単眼鏡を使うと顔や衣装、欄干まわりの細部まで楽しめます。

同じ日の後の時間帯に再び確認すると、正面鑑賞の列は約40分待ちになっていました。9月10日(木)16時台は約1時間待ちの案内だったため、《女性の肖像》の待ち時間は曜日だけで決まらず、同じ日でも時間帯によって大きく変わります。

日曜午前は各作品の前に5~10人ほど

展示室全体では、各作品の前に5~10人ほどが集まり、一部では短い列ができていました。平日夕方より日曜午前の方が明らかに人は多く、入口ではその差が特に大きく出ていました。一方、《女性の肖像》の正面鑑賞列は、今回20分、同日後刻40分、9月10日は約1時間と変動が大きく、会場到着時の表示を確認するのが最も確実です。

ルーヴル美術館展「ルネサンス」とは

ルネサンスは、古代ギリシア・ローマの文化を学び直し、人間の身体、自然、空間、個人の存在を新しい方法で捉えた動きです。15世紀から16世紀にかけてイタリアを中心に発展し、北方ヨーロッパとの交流を通じて広がりました。

国立新美術館は、本展の特徴をレオナルドから導いた4つのテーマで整理しています。芸術家は修業や注文のために国境を越え、版画や印刷は図像を遠くまで運び、古代彫刻や文献は新しい表現の規範となりました。肖像画では、身分だけでなく一人の人間の個性や内面を表すことが重視されていきます。

中世からルネサンス、バロック、印象派までの流れを先に整理したい場合は、ゆる歴史散歩会の「西洋美術史をざっくり学ぶ」で時代ごとの違いをまとめています。

最大の見どころ|レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》

《女性の肖像》は1490~1497年頃、レオナルド・ダ・ヴィンチのミラノ時代後半に描かれたと考えられる作品です。クルミ板に油彩で描かれ、現在は通称《美しきフェロニエール》として広く知られています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》ルーヴル美術館
レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》(通称《美しきフェロニエール》)、ルーヴル美術館所蔵。撮影:Abzeronow(CC0)。本展出品作です。

現存約15点の真筆、そのうち日本で公開された「女性肖像」の3作目

レオナルド・ダ・ヴィンチの真筆とされる絵画は、現存するものが約15点しかありません。国立新美術館の公式資料によると、そのうち5点をルーヴル美術館が所蔵しています。《女性の肖像》は、そのごく少数の真筆の一つです。今回の初来日は、「有名なルネサンス絵画が来た」という以上に、世界に十数点しか残らないレオナルド真筆の絵画を日本で直接見られる機会という点に大きな意味があります。

さらに、レオナルドが描いた女性肖像画は現存4点とされ、日本で公開されたのは今回が3作目です。最初は1974年の《モナ・リザ》。東京国立博物館の「モナ・リザ展」で1974年4月20日~6月10日に公開され、同館史上最高となる約151万人が来場しました。

2作目は《白貂を抱く貴婦人》です。「チャルトリスキ・コレクション展」で2001年9月1日~10月28日に京都市美術館、11月3日~2002年1月6日に名古屋の松坂屋美術館、2002年1月19日~4月7日に横浜美術館を巡回しました。日本ではこれが初公開でした。

そして2026年、《モナ・リザ》《白貂を抱く貴婦人》に続く3作目のレオナルドの女性肖像として《女性の肖像》が日本初公開されました。《モナ・リザ》から52年、《白貂を抱く貴婦人》から24~25年。レオナルドの女性肖像を日本で実物鑑賞できる機会そのものが極めて少ないことが分かります。

科学調査で分かった、頭・身体・視線の微妙な動き

当時のミラノでは横顔の肖像がまだ主流でしたが、レオナルドは北ヨーロッパで発達した四分の三正面観を採用しました。人物の頭と身体は完全に同じ方向を向かず、ごくわずかに反対方向へひねられています。

2014~2015年の科学調査では、制作途中に後頭部、背中、首の輪郭が修正され、頭と身体が逆方向へ動く感覚が強められたことが分かりました。さらに右目の瞳もわずかに左へ動かされています。正面に立つと女性はこちらを見返しているように感じる一方、視線が少し外れているようにも見えます。静止した肖像の中に「今まさにこちらを向く」瞬間をつくった仕掛けです。

画面手前の欄干らんかんのような部分は鑑賞者との距離をつくり、暗い背景から顔と上半身を浮かび上がらせます。実物では、頭、肩、瞳の向きを順に追うと、このわずかな動きが見えやすくなります。

なぜ「美しきフェロニエール」と呼ばれるのか

「美しきフェロニエール」という通称は、もともと別の横顔の《女性の肖像》に付いていた呼び名です。17~18世紀のフランス王室コレクションでは、その横顔の作品が「美しきフェロニエール」と記録されていました。フランス革命後に王室コレクションがルーヴルへ集められた頃、二つの肖像が混同され、レオナルドの四分の三正面観の作品へこの呼称が移りました。

19世紀初めには、アングルの素描をもとにした版画に「美しきフェロニエール フランソワ1世の愛妾」という誤った銘文が添えられ、呼称が広まりました。現在のルーヴル美術館は作品名を《女性の肖像》とし、《美しきフェロニエール》を誤って付された通称として扱っています。

モデルの有力候補はルクレツィア・クリヴェッリ

モデルとして現在有力視されるのが、ミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの愛妾ルクレツィア・クリヴェッリです。彼女は公妃ベアトリーチェ・デステの侍女で、同時代の詩人アントニオ・テバルデオは、レオナルドがルドヴィコのために「ルクレツィア」という女性の肖像を描いたことを詩に残しています。イザベッラ・ダラゴーナやベアトリーチェ・デステも候補に挙げられてきましたが、現在はルクレツィア説を支持する研究者が多くなっています。

額の飾り「フェロニエール」は作品名から逆輸入された

女性の髪型や衣装は1490年代のミラノやマントヴァで流行したスタイルです。額に巻いた細い飾り紐は当時「レンツァ」と呼ばれていました。このアクセサリーは後に廃れましたが、19世紀にレオナルドの肖像が《美しきフェロニエール》の名で有名になるとフランスで再流行し、1830年代には「フェロニエール」と呼ばれるようになりました。現在使われるアクセサリー名の方が、作品の誤った通称から生まれたという逆転があります。

第1章「旅」|人と物が動いて美術が変わった

第1章は、15世紀ごろのヨーロッパ全体とイタリア半島の地図から始まっていました。王国、共和国、公国、都市国家が複雑に並ぶ当時の勢力配置を先に見ると、芸術家や作品、技法が国境を越えて移動した「旅」の背景がつかみやすくなります。

15世紀ごろのヨーロッパの主要な国・勢力のおおよその位置を示した地図
15世紀ごろのヨーロッパの主要な国・勢力のおおよその位置。第1章「旅」の背景理解用に筆者作成。
15世紀ごろのイタリアの主要な国・勢力のおおよその位置を示した地図
15世紀ごろのイタリアの主要な国・勢力のおおよその位置。第1章「旅」の背景理解用に筆者作成。

15~16世紀のヨーロッパでは、交易、外交、学問、修業、戦争などによって人と物が広く移動しました。北方の画家はアルプスを越えてイタリアへ向かい、古代遺跡や均整の取れた人体表現、線遠近法を学びました。イタリア側では、北方で発達した油彩や細密な写実が取り入れられます。旅そのものが技法と図像を運ぶ回路になりました。

外交の場を描いた《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》

1511年頃の《ヴェネツィア共和国の使節団を迎えるダマスクス総督》は、マムルーク朝支配下のダマスクスで、ヴェネツィアの使節団が総督と対面する場面を描きます。地中海交易を支えた外交が、そのまま絵画の主題になった作品です。異なる服装や人物の配置を見ると、ルネサンスの「旅」が商業と政治を伴う移動だったことが具体的に伝わります。

デューラー《サイ》|見たことのない動物がヨーロッパを駆け巡る

アルブレヒト・デューラー《サイ》は1515年の木版画です。デューラーは実物のサイを見ず、ポルトガルに届いたサイについての文章と素描を手がかりに姿を組み立てました。そのため、背中の小さな角や甲冑のような皮膚など実物と異なる表現もあります。

アルブレヒト・デューラー《サイ》1515年 The Met所蔵
アルブレヒト・デューラー《サイ》1515年、The Metropolitan Museum of Art所蔵(Public Domain)。本展出品作と同じ版画の別摺りです。

それでも図像は大きな影響力を持ち、版を重ねて刷られ、博物誌にも転載されました。公式作品解説によると、このサイのイメージは18世紀の日本にも伝わっています。実物より先に「複製されたイメージ」が遠方へ届くという、印刷時代の情報流通を体現した作品です。

同じ章のタペストリー《田園の合奏》にも移動の時代が表れます。タペストリーは壁を飾るだけでなく、防寒や間仕切りに使え、宮廷が移動するときには巻いて運べました。人物の旅とともに、美術品そのものも場所を移していたことが分かります。

第2章「技法の革新と洗練」|版画・油彩・工芸が表現を広げた

第2章では、ルネサンスを「新しい見方」だけでなく「新しい作り方」の時代として捉えます。北方では油彩、木版・銅版画、時計などの技術が発達し、活版印刷と結びついて図像が広く流通しました。15世紀にぜんまい仕掛けが実用化されると時計は小型化し、持ち運べるものも現れます。技術の革新が作品の大きさ、素材、複製、移動の条件まで変えていきました。

《パリスの審判》|ラファエロの構想を版画が残した

マルカントニオ・ライモンディ《パリスの審判》は、ラファエロの構想をもとにした銅版画です。版画家が著名な画家の構図を版に刻み、複数の紙へ刷ることで、作品のイメージを各地へ伝える「複製版画」が大きな役割を持つようになりました。

マルカントニオ・ライモンディ《パリスの審判》The Met所蔵
マルカントニオ・ライモンディ《パリスの審判》1510~20年頃、ラファエロの構想に基づく銅版画。The Metropolitan Museum of Art所蔵(Public Domain)。本展出品作と同じ作品の別摺りです。

元になったラファエロの素描は現存していませんが、ライモンディの版画によって構図が伝わりました。さらに19世紀には、エドゥアール・マネが《草上の昼食》の人物配置にこの図像を取り入れています。一つの構図が版画によって保存され、三百年以上後の絵画へ再び現れた例です。

版画の図像が陶器やエマイユへ移る

版画の流通は、絵画以外の工芸にも影響しました。イタリアのマヨリカ陶器では、白い錫釉すずゆうを掛けた器面に版画由来の人物や物語が鮮やかに描かれます。フランスのリモージュでは、金属板にガラス質の釉薬を焼き付けるエマイユ画に、版画から借りた構図が使われました。同じイメージが紙、陶器、金属へと素材を越えて展開します。

自然を型取りする陶器、古代技法をよみがえらせるブロンズ

ベルナール・パリシーの「田園風陶器」では、本物の動植物から型を取り、蛇、魚、貝、植物などを器の表面に浮かび上がらせました。一方、ブロンズでは古代に用いられた蝋型鋳造ろうがたちゅうぞうが再び活用され、大型彫像から小像、メダルまで精密な造形が可能になります。第2章では、ルネサンスの革新が絵画の描法だけでなく、複製・型取り・鋳造という制作工程そのものに及んだことが分かります。

第3章「古代へのまなざし」|ギリシア・ローマはなぜ再び注目されたのか

ルネサンス期の人文主義者は古代ギリシア・ローマの文献を読み直し、芸術家は遺跡、彫刻、コイン、神話を新しい作品へ取り込みました。古代の復興では、昔の形を手本にしながら、同時代の信仰や美意識に合わせて新しい表現が生まれました。キリスト教の主題にも古代彫刻から学んだ身体表現が入り、神話の登場人物には同時代の服装や美意識が重ねられました。

ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》|聖母像に古代彫刻の学習が入る

《5人の天使に囲まれる聖母子》は、サンドロ・ボッティチェリが自身の工房を構えて間もない20代半ばに描いたと考えられる作品です。地面に座り、幼子イエスを膝に抱く姿は「謙遜の聖母」と呼ばれる図像です。聖母は原罪を象徴するザクロを手にし、背景には純潔を象徴する白いユリと花冠を持つ天使が配されています。

ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》ルーヴル美術館
サンドロ・ボッティチェリ《5人の天使に囲まれる聖母子》、ルーヴル美術館所蔵(Public Domain)。本展出品作です。

公式作品解説が注目するのは、衣服のひだによって身体の立体感を表した点です。聖母の両膝や左端の天使の下半身では、布の下にある身体の量感がはっきり感じられます。キリスト教の聖母子像の中に、古代彫刻を研究した成果が現れています。

クラーナハ《三美神》|古代神話を16世紀の女性像へ変える

ルカス・クラーナハ(父)《三美神》は、ギリシア神話の三美神を描いた1531年の作品です。クラーナハはザクセン選帝侯の宮廷で大工房を営み、古典古代に通じた学者や詩人が集まる環境で多くの神話画を制作しました。

ルカス・クラーナハ(父)《三美神》1531年 ルーヴル美術館
ルカス・クラーナハ(父)《三美神》1531年、ルーヴル美術館所蔵(Public Domain)。本展出品作です。

古代彫刻の三美神では中央の女神を後ろ向きに表す形式が一般的でしたが、クラーナハは中央の女神を正面へ向け、鑑賞者へ視線を送らせました。帽子やネックレスも16世紀当時の流行を反映しています。古代の神話を借りながら、同時代の宮廷文化に合う女性像へ作り替えた点が見どころです。

ヘラクレスやヴィーナスにも古代研究が現れる

第3章には《ヴィーナス》《マルス、ヴィーナスとキューピッド》《アンタイオスを絞め殺すヘラクレス》《ヘラクレスとアンタイオス》など、古代神話に由来する主題が並びます。絵画、小像、装飾板、メダルを続けて見ると、古代文化が一つのジャンルに限定されず、宮廷の装飾から個人が手にする小品まで広く浸透していたことが分かります。

第4章「肖像芸術の隆盛」|個人の顔が主役になる

第4章では、ルネサンス期に「個人」を見る目がどう変わったかを肖像からたどります。15~16世紀には伝記、回想録、旅行記が増え、身体や性格を備えた一人の人間そのものへの関心が高まりました。肖像は王侯貴族や高位聖職者から、商人、知識人、女性、子どもへと広がります。

肖像は「顔」だけで社会的地位まで語った

バルトロメウス・ブロインが描いたケルンの商人フィリップ・フォン・ガイル一家では、父と5人の息子、母と2人の娘が二枚の肖像に分けて描かれます。ベルベットや毛皮などの上質な衣服と紋章が、富と家柄を伝えています。男性の肖像では職業や功績、女性の肖像では結婚や家族との関係が重要な意味を持つことがあり、服装や持ち物も人物を説明する情報でした。

《ミケランジェロの肖像》では、険しい表情に加え、頭に巻いたターバンが目を引きます。彫刻家は制作時の石くずや埃を避けるため頭を覆うことがあり、絵画と建築にも秀でたミケランジェロが自らを彫刻家と考えていたことまで一枚の肖像に表れています。

四分の三正面観|横顔から「動く人間」へ

北ヨーロッパで発達した四分の三正面観は、人物を画面に対して斜めに置き、顔の両側や身体の向きを見せる形式です。15世紀後半からイタリアにも広がり、それまで一般的だった横顔の肖像に代わっていきました。背景も暗い単色から風景や室内へ広がり、人物が実際の空間にいるような奥行きが生まれます。

この変化は、日本にある唯一のボッティチェリ作品《美しきシモネッタ》と比べるとさらに分かりやすくなります。横顔の《美しきシモネッタ》と、ほぼ同じ大きさのレオナルド《女性の肖像》を比較した「ボッティチェリ《美しきシモネッタ》とは?」で、15世紀後半の肖像表現の変化を詳しく紹介しています。

ヤン・ヘリッツゾーン・ファン・エフモントの肖像では、頭上の紋章、背後の風景、手に持つ小さな品までが人物の地位や生活を伝えます。顔の特徴に加えて周囲の情報を読むことで、肖像画が一人の人物の社会的プロフィールとして機能していたことが分かります。

ティツィアーノ《フランソワ1世の肖像》|政治と美術が交差する一枚

フランソワ1世は1515~1547年のフランス国王で、フランス・ルネサンスを代表する君主です。イタリア戦争を継続し、神聖ローマ皇帝カール5世とイタリアをめぐって争いました。1525年のパヴィアの戦いでは敗れて捕虜となります。その一方で、イタリアの芸術と文化をフランスへ積極的に取り入れ、1516年にはレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスへ招きました。

この王を描いたティツィアーノは、16世紀ヴェネツィアを代表する画家です。その名声はイタリアを越え、フランソワ1世の最大の政治的ライバルだったカール5世とも長く関係を結び、皇帝とハプスブルク家のために多くの作品を手がけました。対立する二人の君主が同じ巨匠に自らのイメージを託したことからも、当時の一流画家の名声が国境や政治的対立を越えていたことが分かります。

《フランソワ1世の肖像》は1538年頃、ヴェネツィアにいた詩人ピエトロ・アレティーノが国王へ贈るため、ティツィアーノに制作を依頼したと考えられています。ティツィアーノは20年余り前にフランソワ1世と会っていましたが、この肖像の制作時には王と再会できませんでした。そこで、ベンヴェヌート・チェッリーニが1537年に制作した横顔の肖像メダルを資料にしています。

ティツィアーノ《フランソワ1世の肖像》1538年 ルーヴル美術館
ティツィアーノ《フランソワ1世の肖像》1538年、ルーヴル美術館所蔵(Public Domain)。本展出品作です。

つまり、この絵は王を目の前にして写し取った肖像ではなく、既存のイメージをもとに「フランス国王フランソワ1世をどう見せるか」を組み立てた作品です。顔は古代ローマ皇帝のコインを思わせる横顔で、君主としての権威を保っています。胴体は四分の三正面へ向け、横顔の静けさに動きと生命感を加えました。

フランソワ1世がレオナルドをフランスへ招き、イタリア文化を王権の威信と結びつけた時代に、ヴェネツィアの巨匠ティツィアーノが王の代表的な肖像を生み出しました。政治ではカール5世と争いながら、美術ではカール5世も高く評価した同じ画家の力を借りる。この一枚には、16世紀ヨーロッパの政治競争と、国境を越えて動く芸術家の名声が重なっています。

この章の終盤にレオナルド《女性の肖像》が置かれます。王の威信を形にしたティツィアーノの肖像と比べると、レオナルドが頭、身体、瞳のわずかな動きから人物の存在感を引き出した違いも見やすくなります。

初心者が会場で見ると面白い4つのポイント

  • 人物の向き:横顔、正面、四分の三正面で印象がどう違うか。
  • 素材:油彩、木版、銅版、陶器、エマイユ、ブロンズの表面を比べる。
  • 古代の引用:神話、人体、ポーズ、装飾にギリシア・ローマの影響を探す。
  • 移動の痕跡:イタリアと北方の技法や構図がどこで交わっているかを見る。

開催情報・料金

展覧会名ルーヴル美術館展 ルネサンス
会期2026年9月9日(水)~12月13日(日)
会場国立新美術館 企画展示室1E
開館時間10:00~18:00。金・土曜は20:00まで。入場は閉館30分前まで
休館日毎週火曜日。9月22日、11月3日、12月8日は開館、11月4日は休館
一般当日2,400円、前売2,200円
大学生当日1,400円、前売1,300円
高校生当日1,000円、前売900円
中学生以下無料
障害者手帳等本人と付添者1名は無料。入場時に手帳等を提示
12月7日~13日日時指定制。詳細は後日公式サイトで案内予定

参考資料