板橋区徳丸六丁目の徳丸北野神社では、毎年5月5日に三頭の獅子が舞う「徳丸北野神社獅子舞」が奉納されます。大獅子・中獅子・女獅子が登場し、笛の音に合わせて六つの演目を舞う郷土芸能です。悪疫や災厄を払い、五穀豊穣と家族の繁栄を願う神事として、板橋区指定無形民俗文化財に位置付けられています。
徳丸の鎮守に伝わる三匹獅子舞
徳丸北野神社は、江戸時代の徳丸本村と脇村の鎮守です。獅子舞は一人が一頭の獅子を演じる「一人立ち」の形式で、三頭を一組として舞うため三匹獅子舞とも呼ばれます。演者は木綿の切袴と筒袖を身に着け、獅子頭をかぶって腰を落とした姿勢で踊ります。
獅子のほかに、花笠をかぶる四人と笛の演奏者が加わります。舞の所作と囃子は、獅子舞保存会の稽古によって受け継がれています。
元禄年間の伝来説と安井家文書
板橋区観光協会は、獅子舞が元禄年間(1688~1704)に現在の豊島区にある長崎神社から伝わったという伝承を紹介しています。起源を直接確かめられる記録は限られていますが、徳丸北野神社の案内では、文化・文政年間(1804~1830)に獅子舞が行われていたことを示す記事が名主安井家文書に残ると説明されています。
安井家は徳丸の名主を務めた家で、村の祭礼や暮らしに関わる文書を保存してきました。獅子舞の伝来説と、江戸後期に演じられていた記録を区別することで、地域の神事がどのように伝えられてきたかをたどれます。徳丸安井家文書の歴史には、村政と地域の信仰に関わる記録をまとめています。
平踊りから幕がかりまでの六幕
現在伝わる演目は「平踊り」「笹踊り」「帯踊り」「花踊り」「花四つ踊り」「幕がかり」の六幕です。獅子の動きと配置を変えながら、災いを払い、安らかな暮らしを願う物語を舞で表します。
笹踊りでは、大獅子が笹を飲み込もうとして喉につかえ、苦しむ姿を演じます。笹は病魔や災厄を象徴し、それを飲み込むことで世の中の平穏を願うと伝えられています。幕がかりは力強い動きが特徴で、幕を境として苦悩の世界から安住の世界へ進む様子を表します。
雨乞い・病気平癒にも奉納された舞
獅子舞は現在の5月5日だけでなく、古くは9月19日の秋の大祭や、雨乞い、病気平癒の祈願にも奉納されていました。農業に必要な雨や家族の健康を願う神事として、村の暮らしに結び付いていたことが分かります。
神社では5月5日に徳丸四ツ竹踊りも奉納されます。二つの芸能はそれぞれ別の演じ方を持ちますが、同じ祭礼の中で住民の祈りを受け継いできました。
戦後の復活と保存会の活動
保存会関係者の記録によると、獅子舞は昭和20年(1945)から一時中断し、昭和40年(1965)に復活しました。その後も地域の人々によって継承され、昭和58年度(1983年度)に板橋区指定無形民俗文化財となりました。
保存会は獅子頭をかぶって舞う所作だけでなく、笛の演奏、太鼓、演目の進め方などを稽古しています。板橋区の郷土芸能公演や旧粕谷家住宅での特別上演にも参加し、神社の境内以外でも披露しています。
所在地と関連する文化財
徳丸北野神社の所在地は板橋区徳丸6丁目34番3号です。毎年5月5日が獅子舞の奉納日ですが、開始時刻や観覧の案内は年度ごとに確認してください。同じ神社で2月11日に奉納される徳丸北野神社の田遊びは、田起こしや種まきを演じる別の神事です。また、絵馬・扁額の歴史には、1850年から続く奉納文化の記録が残されています。
