徳丸脇村・四葉村の古文書|粕谷家・須田家・加藤家が残した農村の記録

板橋区立郷土資料館には、現在の徳丸・四葉周辺で村役人を務めた家々の古文書が保存されています。代表的なものが「粕谷尹久子家文書 付粕谷貞夫家文書」「須田誠一家文書」「加藤正雄家文書」です。江戸時代の徳丸脇村と徳丸四ツ葉村に関わる記録で、同じ徳丸地域でも支配の仕組みや農業の営みが異なっていたことを伝えています。

徳丸本村・脇村・四ツ葉村の関係

江戸時代の徳丸周辺には徳丸本村、徳丸脇村、徳丸四ツ葉村などがあり、それぞれの村で年貢や土地、村内の仕事を扱いました。名主は領主側との連絡や村政を担い、組頭や百姓代はその仕事を支えました。村の記録は担当した家に保管され、後の時代まで伝わったものがあります。

同じ地名で呼ばれる地域でも、土地の支配や村役人の役割は一様ではありませんでした。村ごとの文書を比較すると、土地の使い方や農産物の販売、地域の信仰などを具体的に調べられます。

徳丸脇村の名主・粕谷家の文書

粕谷尹久子家文書と、それに付属する粕谷貞夫家文書は、徳丸脇村の名主家に伝わった資料です。徳丸脇村の歴史と信仰を調べるうえで重要な文書群として、板橋区の文化財マップに掲載されています。

板橋区公文書館の区史関係資料一覧には、粕谷尹久子家文書の複製資料が1,001件記録されています。この数字は同館が区史編さん時に収集した複製の件数であり、家に伝わった文書すべての総数とは区別されます。徳丸七丁目の旧粕谷家住宅は、徳丸脇村名主の粕谷家から分かれた家に由来する建物です。

東叡山領分の名主を務めた須田家

「須田誠一家文書」は、徳丸脇村のうち東叡山領分で名主を務めた家に伝わりました。東叡山は江戸・上野の寛永寺に関わる名称です。村の土地の一部が寺院の領地となっていたことは、徳丸の村政を考えるうえで特徴的です。

板橋区公文書館が案内する区史関係の複製史料には、須田誠一家文書164件が記録されています。村役人の文書は、近世の土地支配や寺院領と村の関係を調べる資料として保存されています。

四ツ葉村の大根と沢庵漬を伝える加藤家

加藤正雄家は、徳丸四ツ葉村で百姓代を務めた家です。同家の文書には、特に大根や沢庵漬の生産・販売に関係する記録があることが文化財マップに記されています。都市・江戸に近い農村では、家で食べる作物を育てるだけでなく、周辺の町へ農産物を出荷する仕事も営まれていました。

公文書館の区史関係資料一覧には、加藤正雄家文書の複製545件が掲載されています。徳丸本村の年貢や助郷に関する記録が多い安井家文書と比較すると、村役人の仕事の違いと、農産物が商品として流通した経緯をたどれます。

資料の保存と閲覧

これらの文書群は板橋区立郷土資料館が収蔵・管理し、板橋区公文書館では区史編さんのために収集した複製を案内しています。複製の閲覧には所蔵者の承諾が必要な場合があります。資料は常設展示で一度に見られるとは限らないため、展示や閲覧の方法は各館へ確認してください。

村に残る建物や祭礼については、徳丸・高島平周辺の歴史と文化財でも紹介しています。

参考資料

板橋区「公文書館所蔵区史関係資料」、板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』。