2026年10月22日(木)19:00から20:30にかけて、ゆる歴史散歩会では浜松町から麻布十番へ向かうナイトウォークを予定しています。芝大神宮から増上寺の大門、二代将軍徳川秀忠の霊廟に残る門、宝珠院、東京タワーの放送史を伝えるモニュメントを訪れ、麻布の坂道を通って古川沿いの一の橋公園へ向かうコースです。開催前に各地点の歴史と見どころを紹介します。開催後には当日の写真や歩いた様子を追記する予定です。
散策ルートとGoogleマップ
訪問順は芝大神宮 → 増上寺 大門 → 旧台徳院霊廟惣門 → 宝珠院 → 333mの記憶 → 狸穴坂 → 一の橋公園です。浜松町周辺から出発し、麻布十番駅付近で終了する予定です。以下の各リンクは訪問地点を示すGoogleマップです。夜間は神社・寺院の拝観区域や照明の状況に注意し、外観を中心に楽しみます。
1.芝大神宮|江戸の人々が親しんだ「関東のお伊勢さま」
芝大神宮は寛弘2年(1005)創建と伝わり、天照大御神と豊受大神を祀る神社です。かつては飯倉神明宮、芝神明宮とも呼ばれました。江戸時代は幕府の庇護を受け、伊勢神宮への信仰を身近にする「関東のお伊勢さま」として多くの参詣者を集めました。
毎年9月の祭礼は、長い日程で行われることから「だらだら祭り」の名で知られています。周囲には近代的なオフィスビルが並びますが、古くからの神社を中心に人が集まった芝の歴史が残っています。境内では鳥居、社殿と周辺の町並みの関係に注目したいところです。
2.増上寺 大門|駅名にも残る徳川家ゆかりの門

大門は増上寺の総門・表門で、地名や都営地下鉄大門駅の名前の由来です。増上寺は明徳4年(1393)に開かれ、徳川家康の帰依を受けて徳川将軍家の菩提寺となりました。慶長3年(1598)に現在の芝へ移転し、江戸時代には広大な寺域を構えました。
現在の大門は昭和12年(1937)に再建されたものです。鉄骨鉄筋コンクリート造でありながら、伝統的な高麗門の姿を表現しています。中央を車が、両側を歩行者が通れる造りにも、近代都市の道路と寺院の門を両立させようとした設計が表れています。港区指定有形文化財です。
3.旧台徳院霊廟惣門|徳川秀忠の霊廟に残る重要文化財

台徳院は江戸幕府二代将軍・徳川秀忠の院号です。旧台徳院霊廟惣門(きゅうたいとくいんれいびょうそうもん)は秀忠の霊廟の入口を構成した門で、寛永9年(1632)に建てられました。国の重要文化財に指定されており、三間一戸の八脚門、入母屋造の屋根、前後の唐破風が特徴です。
かつて霊廟には多くの建築物が並んでいましたが、昭和20年(1945)の空襲で大部分が失われました。戦火を免れた四つの門のうち、この惣門は芝公園に残り、勅額門・丁子門・御成門は埼玉県所沢市の狭山不動寺へ移されています。門の細部を眺めながら、今は失われた壮大な将軍家霊廟を想像できる場所です。
4.宝珠院|弁財天と閻魔大王を祀る芝公園の寺院
宝珠院(ほうしゅいん)は貞享2年(1685)、増上寺三十世の霊玄上人によって開創されたと伝わる浄土宗の寺院です。弁天池のそばにあり、港七福神の弁財天を祀る寺としても知られています。池はかつて「蓮池」「ゆりが渕」と呼ばれ、文学や絵画の題材にもなりました。
宝珠院には江戸時代後期より古い、17世紀後半の作とされる閻魔大王坐像と、司録・司命の像が伝わります。司録と司命は閻魔大王の裁きを補佐する存在です。これら三躯は港区指定有形文化財。閻魔大王の厳しい表情、そばに従う像の役割などは、仏教の死後観を知る手がかりとなります。夜間は建物内の拝観を前提とせず、境内の公開状況に合わせて外観や池を見ます。
5.333mの記憶|東京タワーが電波を送った時代

東京タワーは昭和33年(1958)に完成した高さ333メートルの総合電波塔で、戦後復興とテレビ放送の普及を象徴する建造物です。東京タワーの足元にある「333mの記憶」は、かつて塔頂部に設置されていた放送用アンテナと支柱の一部を利用したモニュメントです。
東京タワーは東京の夜景を彩る観光名所であると同時に、テレビの映像と音声を多くの家庭へ届ける通信施設として建てられました。地上近くで実物のアンテナを見ることで、頂上の設備の大きさや放送技術の歩みを身近に感じられます。平成23年(2011)の東日本大震災では塔頂部のアンテナ取付柱が変形し、放送を維持するための復旧作業が行われました。
6.狸穴坂|珍しい地名と麻布の起伏
狸穴坂(まみあなざか)は麻布台二丁目と麻布狸穴町の間にある坂です。「狸穴」は「まみあな」と読み、港区の地名解説によると、「まみ」は雌ダヌキ、ムササビ、アナグマなどを指し、昔この付近に動物の穴があったという伝承があります。採鉱の穴に由来するという説も伝わっています。
都心の地名には、土地の起伏やかつての自然環境に関係するものが残っています。狸穴坂では坂の勾配や周囲の高低差に注目すると、麻布が台地と谷の入り組む土地であることを実感できます。由来には複数の説があるため、一つに決めず土地に残る伝承として紹介します。夜間は足元や車の通行に気をつけて進みます。
7.一の橋公園|古川と麻布十番の水辺

一の橋公園は港区東麻布三丁目にある、古川の両岸を結ぶ親水公園です。古川は都心を流れる川で、麻布十番のまちの形成にも関わってきました。公園には湧水を利用したブリッジ噴水、水幕壁泉や遊具などが整備されています。施設の稼働状況は季節や時間帯で変わるため、夜の散歩では水辺と橋の景観を中心に見学します。
江戸の町では川が生活や水運、治水に深く関わりました。麻布十番の地名の「十番」についても古川の改修工事に由来する説がありますが、由来は確定していません。散歩の最後に水路と低地の風景を見ると、芝の寺社から麻布の川沿いへ移る地形の変化も味わえます。
関連する歴史散歩
芝公園や東京タワーの歴史に関心がある方は、増上寺七夕祭りの開催レポートや、三田から芝公園・増上寺を巡る夜散歩もご覧ください。麻布台ヒルズから東京タワー周辺の歴史散歩では、周辺の寺社や近代建築も紹介しています。
自分で歴史散歩を楽しみたい方には、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探せるWebアプリTimeWalkもあります。

