SMBC日興証券相場操縦事件とは?ブロックオファーで10銘柄の株価をなぜ買い支えたのか

2019年のSMBC日興証券名古屋支店

2019年12月25日、小糸製作所株に大量の買い注文が入りました。午後2時13分ごろから大引けまでの買付け申込みは32万株、実際の買付けは31万4,800株でした。

買っていたのは一般投資家ではなく、SMBC日興証券自身です。証券取引等監視委員会は、同社が扱う「ブロックオファー」の価格基準となる終値等の大幅な下落を避け、株価を一定水準に維持する目的で行われた違法な安定操作と認定しました。

同様の自己勘定買付けは2019年12月から2021年4月まで10銘柄で行われました。10銘柄のうち8銘柄は、SMBC日興証券自身の売買監視システムが不公正取引の疑いがある取引として抽出していました。事件の核心は、監視できなかったことより、検知後の審査基準と組織運営が取引を止められなかったことにあります。

30秒でわかるSMBC日興証券相場操縦事件

項目内容
問題となった期間2019年12月~2021年4月
主な取引ブロックオファー(BO)
対象上場株式10銘柄
手法BO執行日の終値等の下落を抑える目的で自己勘定買付け
法的評価金融商品取引法159条3項に違反する違法な安定操作
SESC告発2022年3月23日、4月12日
金融庁行政処分2022年10月7日
BO業務停止2022年10月7日~2023年1月6日
法人判決罰金7億円、追徴金44億7,114万2,420円
元幹部5人2025年7月に一審有罪、5人全員が控訴
2026年9月8日時点元幹部5人の一審判決は確定していない

SMBC日興証券とはどんな会社?

SMBC日興証券は、三井住友フィナンシャルグループ傘下の大手証券会社です。株式・債券の売買仲介、企業の資金調達、M&A、投資銀行業務、個人向け資産運用などを幅広く扱います。

2019年のSMBC日興証券名古屋支店
SMBC日興証券名古屋支店(2019年)。撮影:HQA02330/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

証券会社は、顧客の注文を市場へつなぐ仲介者である一方、自社資金で株式などを売買する「自己勘定取引」も行います。自己勘定取引は通常の証券業務ですが、顧客注文との利益相反、非公開情報、市場価格への影響を厳格に管理する必要があります。日本の証券会社の歴史と業務では、この業界構造を詳しく扱っています。

ブロックオファーとは何か

大株主が大量の株式を売りたいとき、その全量を市場へ一度に売れば、売り注文が膨らみ株価が急落することがあります。ブロックオファー(BO)は、証券会社が大株主から大量株を立会外でまとめて買い取り、複数の投資家へ小分けして販売する取引です。

SMBC日興証券は2012年にBOを開始しました。大株主は短期間で大量株を売却でき、購入側は終値等を基準に一定の割引を受けた価格で買えます。証券会社は売り手からの買取価格と販売価格の差などから収益を得ます。

BOは通常の証券取引です。事件になったのは、BO価格を決める前に、証券会社自身が市場で対象株を買い支えた行為でした。

なぜ「終値」が重要だった?

SMBC日興証券のBOでは、実施日の終値等が売買価格の基準になっていました。前日終値が1,000円でも、BO当日の終値が800円まで下がれば、売り手が受け取る価格も大きく下がります。

大株主が価格に不満を持てば、BO自体を中止する可能性があります。証券会社には、案件収益の消失や大口顧客との関係悪化という事業上のリスクが生じます。このためBO当日に対象株が大きく下がることを避けたい強い動機がありました。

ニーズ調査と空売りが株価下落につながった

BOの前には、営業担当者が個人投資家などへ購入需要を確認する「ニーズ調査」が行われていました。金融庁・証券取引等監視委員会は、相当数の営業員が顧客にBO執行日を推知できる程度の説明を行っていたと認定しています。

空売りは、借りた株式を先に売り、株価が下がった後に買い戻して差額を狙う通常の市場取引です。BOの時期を推測した顧客が対象株を空売りすれば、BO当日の売り圧力が高まります。SMBC日興証券はBO開始当初から、この情報伝達と空売りが価格形成をゆがめる懸念を認識していました。

調査委員会が描いた流れは、ニーズ調査、顧客による空売り、株価下落、BO中止リスクの上昇、自己勘定買いという連鎖です。

株価が下がると証券会社自身が買い支えた

証券取引等監視委員会は、SMBC日興証券の役職員が共謀し、BO執行日の終値等が前日の終値に比べ大幅に下落することを避ける目的で、対象株に指値の買付けと買付け申込みを行ったと認定しました。

大量の株式を買う行為は、通常の投資判断でも行われます。今回の違法性は、BO価格の基準となる株価を一定水準へ維持する「安定目的」と、その目的で行われた一連の自己勘定売買にあります。

「相場操縦」と「違法な安定操作」の関係

金融商品取引法159条3項は、政令で認められた条件を外れて、相場をくぎ付けし、固定し、または安定させる目的で一連の売買等を行うことを禁止しています。違法な安定操作は相場操縦行為の一類型です。

一方、公募・売出しなどを円滑にするため、法令上の条件、対象者、期間、手続に従って行う安定操作は認められています。東京証券取引所には現在も安定操作届出書・報告書が公表されています。SMBC日興証券のBOに伴う自己勘定買付けは、この適法な枠組みの外で行われたため「違法な安定操作」とされました。

2018年の東京証券取引所メインルームと円形の電光掲示板
東京証券取引所のメインルーム(2018年)。撮影:Kakidai/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

問題となった10銘柄

BO実施予定日等銘柄買付け申込み実際の買付け
2019年12月25日小糸製作所32万株31万4,800株
2020年2月27日モスフードサービス15万8,400株6万5,800株
2020年8月6日アズワン6万800株3万7,700株
2020年8月19日ファイバーゲート9万8,500株7万1,300株
2020年10月22日JINSホールディングス2万7,700株1万3,300株
2020年11月17日トヨタ紡織50万株50万株
2020年11月19日京葉銀行27万4,000株16万8,100株
2020年12月15日日本ペイントホールディングス4万2,000株4万株
2020年12月22日ゴールドウイン9万2,100株7万1,000株
2021年4月8日大正製薬ホールディングス10万株4万200株

JINSホールディングスでは自己勘定取引が行われましたが、予定されていたBOは株価下落を受けて最終的に中止されました。10銘柄には、自己勘定取引後にBO販売へ至らなかった案件も含まれます。

小糸製作所では32万株の買い注文

最初の対象となった小糸製作所株では、2019年12月25日午後2時13分ごろから大引けまで、5,070円程度に株価を維持する目的で買い注文が出されました。

買付け申込みは32万株、実際の買付けは31万4,800株です。市場参加者から見れば大きな買い需要が存在するように見えますが、その背景にはBO価格の基準となる終値の下落を抑える意図がありました。

トヨタ紡織では50万株を実際に買った

2020年11月17日のトヨタ紡織株では、買付け申込み50万株に対し、50万株すべてが実際に買い付けられました。証券会社の自己勘定取引には、市場価格への影響、自社案件との利益相反、顧客情報との関係を管理する強い統制が必要になります。

BOは年間約50億円規模の収益事業だった

調査委員会報告書によると、BO件数は2018年度66件、2019年度75件まで増えました。BO取引収益も2018年度50億円余、2019年度48億円余です。これらはBO事業全体の収益規模で、相場操縦による「不正利益額」とは別の数字です。

2020年度の中期経営計画では、ブロックオファー・ブロックトレードの案件獲得90件がKPIに設定され、BO収益の拡大も部門評価の項目になっていました。大きな収益を生む事業ほど、営業インセンティブと市場公正を切り分ける仕組みが必要でした。

10銘柄中8銘柄を社内システムは検知していた

証券取引等監視委員会の検査では、問題となった10銘柄のうち8銘柄が、SMBC日興証券の売買動向監視システムに「不公正取引の疑いがある取引」として抽出されていました。

検知後の措置基準は、複数日にわたる取引を主に想定していました。今回のように一つの銘柄で1立会日だけ行われる取引は、システムに抽出されても措置対象になりにくい設計でした。

BOは「イベント審査」の対象から外れていた

SMBC日興証券には、特定の重要取引について通常監視とは別に確認する「イベント審査」もありました。引値保証取引などは対象でしたが、BOは対象に入っていませんでした。

調査委員会は、BO対象銘柄の自己勘定取引を明文で禁止・制限する社内ルールがなく、発注をシステムで強制的に止める措置もなく、BOをイベント審査に追加する機会も活かされなかったと指摘しています。

「ファシリテーション」という現場認識

調査委員会報告書には、自己勘定取引の担当者側で、取引を「顧客取引を円滑に成立させるファシリテーション」と捉える認識があったことが記録されています。

大株主の売却と個人投資家の購入を仲介することは証券会社の業務です。ただし、その成立を助けるために市場で対象株を買い、終値を一定水準へ維持すれば、市場全体の公正な価格形成と衝突します。

コンプライアンス、内部監査、取締役会の問題

調査委員会は、自己勘定取引の専門知識を持つ人材の不足、法令解釈を全社で統一する責任部署の不在、売買管理部の人員不足、内部通報制度の弱さなどを指摘しました。

取締役会、監査等委員会、経営会議も現場の問題を十分に把握できず、内部監査もBOと自己勘定取引の利益相反を深く検証できませんでした。調査委員会は、根本原因を「潜在的リスクに見合う自己規律・態勢整備の不足」「規範意識の希薄さ」「ガバナンス態勢全般の機能不全」「人事政策上のコンプライアンスの位置づけの弱さ」に整理しています。

これは調査委員会による組織原因の分析です。個々の被告人の刑事責任は、その後の裁判で別に判断されました。

2022年、SESCが刑事告発

証券取引等監視委員会(SESC)は2022年3月23日と4月12日の2回に分け、SMBC日興証券法人と役職員を東京地方検察庁へ告発しました。中心となった嫌疑は、金融商品取引法159条3項違反の違法な安定操作です。

SESCや金融庁が市場監督で果たす役割を制度史の中で見る場合は、事件と危機から見る日本金融史で詳しく扱っています。

金融庁はBO業務を3か月停止

2022年10月7日、金融庁はSMBC日興証券へ業務停止命令と業務改善命令を出しました。ブロックオファー関連の新規勧誘・受託・取引は、2022年10月7日から2023年1月6日まで3か月停止されました。

金融庁は、経営責任の明確化、経営管理態勢・内部管理態勢の強化、不公正取引防止、コンプライアンスを重視する組織文化の構築を求めました。親会社SMFGにも子会社管理の改善が命じられています。

同じ行政処分には、三井住友銀行との法人顧客情報共有をめぐる銀証ファイアーウォール規制上の問題も含まれました。これは相場操縦事件とは別の法令・業務管理問題です。

東証と日本証券業協会も処分

東京証券取引所は2022年12月20日、SMBC日興証券に過怠金3億円を科し、2023年1月16日から20日まで5日間、エクイティ本部の自己勘定による株式売買を停止しました。

日本証券業協会も2023年3月15日、過怠金3億円を科しました。刑事裁判の罰金・追徴、金融庁の行政処分、東証・日証協の過怠金は、それぞれ法的性質が異なります。

2023年、法人に罰金7億円と追徴44億円余

法人としてのSMBC日興証券は起訴内容を認め、2023年2月13日、東京地方裁判所から罰金7億円と追徴金44億7,114万2,420円の判決を受けました。判決は同月に確定しました。

罰金は刑罰、追徴は犯罪に関係する財産的利益等について没収に代えて金銭納付を命じる制度です。二つを一つの「約52億円の罰金」とまとめると性質を誤ります。

元役員1人は2023年に有罪確定

起訴内容を認めた元役員1人には、懲役1年6か月、執行猶予3年の判決が言い渡され、2023年2月に確定しました。

一方、他の元幹部5人は、相場を安定させる目的や共謀の有無を争い、無罪を主張しました。

2025年、元幹部5人に一審有罪判決

2025年7月22日、東京地方裁判所は無罪を主張していた元幹部5人全員に執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。

当時の立場一審判決
元エクイティ部長懲役3年、執行猶予5年
元副社長懲役2年6か月、執行猶予5年
元本部長懲役2年6か月、執行猶予5年
元部長懲役2年、執行猶予4年
元副本部長懲役1年6か月、執行猶予3年

5人は全員控訴しました。2026年9月8日時点で、公開情報上、控訴審の新たな判決は出ておらず、一審判決は確定していません。

会社にも大きな営業打撃が出た

三井住友フィナンシャルグループは2022年度上期、事件によるSMBC日興証券の連結粗利益への影響を約250億円のマイナスと説明し、通期では約400億円のマイナスを見込んでいました。これは刑罰や追徴額ではなく、顧客が案件を他社へ移すなどした営業影響の推計です。

内部管理強化のため、追加経費約100億円、IT投資約20億円のリソース確保も示されました。

再発防止策は何を変えた?

SMBC日興証券とSMFGは、取締役会の監督強化、役員向けコンプライアンス研修、コンプライアンス・内部監査部門への人員配置、外部人材採用、商品・サービスのリスクを部門横断で検討する仕組み、1線・2線・3線によるリスク管理、市場取引モニタリングの高度化、組織文化改革を進めました。

SMFGの2024年資料では、相場操縦事案と銀証ファイアーウォール規制違反事案の再発防止策について、実効性検証までの対応が一巡し、浸透・定着を進める段階とされています。

「市場のゲートキーパー」としての責任

証券会社は企業と投資家をつなぎ、投資家の注文を市場へつなぎ、企業の資金調達を支える存在です。大量の注文を出し、顧客の非公開情報にも接する大手証券会社には、市場参加者として高い自己規律が求められます。

証券取引等監視委員会は、SMBC日興証券を投資者と市場を仲介する「市場のゲートキーパー」と位置づけました。市場の公正を支える立場の証券会社自身が、自社案件のため価格形成へ人為的な影響を与えた点が事件の重大性を高めています。

ライブドア事件とは何が違う?

ライブドア事件も株式市場の公正性を揺るがしましたが、不正の仕組みは異なります。ライブドアでは虚偽の決算、株式交換、投資事業組合、虚偽情報などが問題になりました。

SMBC日興証券事件では、証券会社自身が市場で対象株を買い、BO価格の基準となる終値等を一定水準に維持しようとした直接的な市場売買が問題になりました。ライブドア事件の詳細と比べると、虚偽開示と価格形成への直接介入の違いが分かります。

金融不祥事の中で何が特徴的?

事件中心問題
ライブドア虚偽開示・偽計と自社株市場
オリンパス過去の巨額投資損失の長期隠蔽
東芝業績圧力と複数の不適切会計
ニデック多拠点に広がる会計・内部統制
スルガ銀行融資審査・信用リスク管理の崩壊
SMBC日興証券証券会社自身による違法な安定操作

SMBC日興証券事件の特徴は、市場価格を扱う専門業者が、自社のBO案件と結び付いた自己勘定取引によって価格形成へ介入したことです。2020年代を含む金融不祥事全体の流れは、1990年代から現在までの金融・会計不祥事史で整理しています。

年表

年月出来事
2012年SMBC日興証券がブロックオファーを開始
2019年12月25日小糸製作所株で問題となる自己勘定買付け
2020年複数BO対象銘柄で同様の買付け
2021年4月8日大正製薬ホールディングス株で問題となる買付け
2022年3月23日SESCが第1次告発
2022年4月12日SESCが第2次告発
2022年6月24日調査委員会報告書公表
2022年9月28日SESCが金融庁へ行政処分等を勧告
2022年10月7日金融庁が行政処分、BO関連業務を3か月停止
2022年12月20日東京証券取引所が過怠金3億円等を公表
2023年2月13日東京地裁が法人に罰金7億円・追徴44億7,114万2,420円
2023年2月法人判決と、起訴内容を認めた元役員1人の判決が確定
2023年3月15日日本証券業協会が過怠金3億円
2024年SMFGが再発防止策の実効性検証までの対応が一巡したと説明
2025年7月22日無罪を主張した元幹部5人に一審有罪判決
2025年8月まで5人全員が控訴
2026年9月8日元幹部5人の一審判決は未確定

参考文献

  1. 証券取引等監視委員会「SMBC日興証券株式会社による相場操縦事件の告発について」(2022年3月23日)
  2. 証券取引等監視委員会「SMBC日興証券株式会社による相場操縦事件の告発について(2)」(2022年4月12日)
  3. 証券取引等監視委員会「SMBC日興証券株式会社に対する検査結果に基づく勧告について」(2022年9月28日)
  4. 金融庁「SMBC日興証券株式会社及び株式会社三井住友フィナンシャルグループに対する行政処分等について」(2022年10月7日)
  5. SMBC日興証券 調査委員会「調査報告書」(2022年6月24日)
  6. SMBC日興証券「金融商品取引法違反に関する東京地方裁判所の判決について」(2023年2月13日)
  7. 日本取引所グループ「SMBC日興証券株式会社に対する処分等について」(2022年12月20日)
  8. 日本証券業協会「協会員に対する処分及び勧告について」(2023年3月15日)
  9. 三井住友フィナンシャルグループ「2023年度決算 投資家説明会資料」(2024年)
  10. 2025年7月22日の東京地裁判決および2025年8月までの控訴状況に関する共同通信・毎日新聞・Bloomberg等の報道。