霞が関の歴史と見どころ|中央官庁街から日比谷公園まで歩く

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霞が関を歩くと、外務省、財務省、法務省、農林水産省、経済産業省など、日本の行政を担う建物が短い距離に集中していることに驚きます。ところが江戸時代のこの一帯は、福岡藩黒田家、広島藩浅野家、米沢藩上杉家などの大名屋敷が並ぶ武家地でした。

大名屋敷から明治の官庁街へ、さらに昭和の合同庁舎と超高層ビルへ。霞が関の街並みには、近代国家としての日本が行政の中心地をつくってきた約150年の変化が重なっています。日比谷公園まで歩けば、江戸城周辺の武家地、近代の官庁建築、都市公園が隣り合う東京の中心部を一続きでたどれます。

千代田区の行政地図と霞が関の位置
千代田区の行政地図。霞が関は皇居の南側、永田町と日比谷の間に位置します。

霞が関はなぜ中央官庁街になったのか

江戸時代の霞が関周辺は、江戸城に近い武家地でした。明治維新後、大名屋敷の土地と建物は新政府の官庁に転用されます。国土交通省の霞が関官庁街の沿革では、明治3年(1870年)に外務省が城内から旧黒田屋敷の現在地へ移ったことが、現在の官庁街形成の早い例として記録されています。

「霞が関」という地名の由来には複数の伝承があります。古代の関所に結びつける説や、歌枕としての「霞の関」に由来する説などが伝わり、江戸時代の地図にも霞ヶ関の名が見られます。現在の町名は「霞が関」、東京メトロの駅名は「霞ケ関」と表記されます。

明治政府がつくった官庁街

明治政府は、各所に分散していた官庁を集め、首都にふさわしい行政地区を整える計画を進めました。1880年代には外務卿・外務大臣を務めた井上馨いのうえ かおるのもとで官庁集中計画が具体化し、ドイツ人建築家ヴィルヘルム・ベックマンらも計画に加わりました。

壮大な計画の多くは実現しませんでしたが、その遺構として際立つのが現在の法務省旧本館です。旧司法省庁舎として1895年に完成した赤れんがの建物で、明治政府が西洋式の官庁街を目指した時代を今に伝えます。建物内部や司法制度の歴史は、法務省赤れんが棟と「法の日フェスタ」の解説でも紹介しています。

昭和初期の官庁建築を見る

霞が関には、明治の赤れんが建築だけでなく、昭和初期の官庁建築も残っています。旧文部省庁舎は1933年の完成です。現在は霞が関コモンゲートの一部に保存され、登録有形文化財となっています。旧庁舎内の「文部科学省 情報ひろば」では、教育・科学技術・文化行政の資料を見ることができます。

財務省本庁舎は1935年に着工し、戦時下の1943年に完成しました。石張りの重厚な外観は、明治期のれんが造から鉄骨鉄筋コンクリート造の大規模庁舎へ移っていった時代を映します。外務省、旧文部省、財務省、法務省を順に見ていくと、官庁建築の変化を街路上で比較できます。

戦後の合同庁舎と超高層化

戦後は、分散していた行政機関をまとめる合同庁舎の整備が進みました。農林水産省などが入る中央合同庁舎第1号館は1954年に完成し、霞が関の戦後官庁街を代表する建物になりました。装飾性より機能性を重視した庁舎が増え、街の表情も変わっていきます。

その転換をさらに大きくしたのが霞が関ビルディングです。1968年に開業した地上36階、高さ147メートルの建物で、日本初の超高層ビルとして知られます。官庁街の西側に立つこのビルは、東京の都市景観が「横に広がる街」から「上に伸びる街」へ変わった高度成長期の象徴でもあります。

裁判所と警視庁まで歩くと国家機構の配置が見える

霞が関の西側には国会議事堂、最高裁判所、国立国会図書館があり、桜田門側には警視庁本部庁舎が立ちます。中央省庁だけを見るより少し範囲を広げると、立法・行政・司法を担う施設が皇居周辺に集まる東京の都市構造が実感できます。

千代田区隼町に建つ最高裁判所庁舎の外観
最高裁判所庁舎。霞が関の官庁街から国会議事堂方面へ歩くと、行政・司法・立法を担う施設の位置関係が見えてきます。撮影:7/Wikimedia Commons掲載画像。
桜田門前に建つ警視庁本部庁舎の外観
桜田門前の警視庁本部庁舎。撮影:x768/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0。

永田町から国会議事堂、霞が関、桜田門、日比谷公園まで一続きで歩くコースは、永田町・国会議事堂・霞が関・日比谷の夜散歩で詳しく紹介しています。

東京・永田町に建つ国会議事堂の外観
国会議事堂、東京。撮影:Kakidai/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

霞が関から日比谷公園へ歩く

官庁街を東へ抜けると日比谷公園です。日比谷公園は1903年6月1日に開園した、日本初の洋風公園として知られます。江戸時代には大名屋敷が置かれ、明治初期には陸軍の練兵場となった土地が、市民のための近代公園へ変わりました。

設計をまとめたのは林学者の本多静六ほんだ せいろくです。西洋式の花壇や園路を取り入れながら、江戸城の石垣や濠の痕跡も残しました。官庁街から公園へ数分歩くだけで、国家の行政空間と市民の公共空間が隣り合う明治東京の都市計画を体感できます。日比谷見附跡、心字池、松本楼、日比谷焼打事件など公園そのものの歴史は、日比谷公園の歴史と見どころで詳しくまとめています。

霞が関で見たい7つのスポット

  1. 霞が関ビルディング:1968年開業。日本初の超高層ビルとして東京の都市史を語る建物です。
  2. 旧文部省庁舎:1933年完成。昭和初期の官庁建築が霞が関コモンゲート内に残ります。
  3. 財務省本庁舎:1943年完成。戦時下に竣工した重厚な官庁建築です。
  4. 外務省:明治初期から霞が関に置かれ、官庁街形成の起点となった省庁です。
  5. 法務省旧本館:1895年完成の旧司法省庁舎。明治の官庁集中計画を伝える赤れんが建築です。
  6. 中央合同庁舎第1号館:1954年完成。戦後の霞が関で進んだ合同庁舎整備を代表します。
  7. 日比谷公園:1903年開園。官庁街のすぐ隣で近代東京の公園史をたどれます。

2025年2月のナイトウォークで巡ったルート

2025年2月20日の「中央省庁密集地『霞が関』と日比谷公園ナイトウォーク」では、霞が関ビルディングから中央省庁街を南北に歩き、日比谷公園方面へ向かいました。実際に巡った主な場所は次の通りです。

  1. 霞が関ビルディング
  2. 文部科学省
  3. 特許庁
  4. 財務省
  5. 外務省
  6. 総務省
  7. 国土交通省
  8. 警視庁
  9. 法務省旧本館
  10. 法曹会館
  11. 法務省
  12. 公正取引委員会
  13. 東京簡易裁判所
  14. 弁護士会館
  15. 東京高等裁判所・東京地方裁判所
  16. 農林水産省
  17. 経済産業省
  18. 人事院
  19. 厚生労働省

周辺の歴史も続けて歩く

霞が関を中心にじっくり歩くなら、このページの官庁街を軸にすると時代の変化を追いやすくなります。永田町・国会議事堂まで含めた広域コースは永田町・国会議事堂・霞が関・日比谷の夜散歩、公園内の史跡は日比谷公園の歴史と見どころ、司法省赤れんが棟の内部は法務省赤れんが棟の解説へつながります。

参考にした主な公的資料