2026年11月7日(土)18時30分から20時まで、ゆる歴史散歩会の20人で上野恩賜公園と不忍池を歩き、夜のドローンショー「Peace of Light 2026」を楽しみました。集合は上野公園の西郷隆盛像。黄葉した木々、江戸と明治の上野を描く錦絵、清水観音堂、不忍池辯天堂を訪ねた後、ハスの広がる池畔で光の催しを迎えました。
今回の歴史散歩コースと上野公園の成り立ち
写真で確認できる今回の立ち寄り先は、西郷隆盛像、上野の歴史を描いた錦絵の展示、清水観音堂と月の松、不忍池辯天堂、不忍池沿いの観覧エリアです。夕方の集合からドローンショーまで、上野の高台から池の周辺へ移動しました。
上野の山は江戸時代、1625年創建の東叡山寛永寺の広大な境内でした。1868年の上野戦争で主要伽藍の多くを失ったのち、1873年に公園として指定され、博覧会や博物館の舞台へと変わっていきました。高台と池が隣り合う地形は昔から変わらず、現在の園路にも寺院の歴史が重なっています。
西郷隆盛像|黄葉に照らされた集合場所


集合した西郷隆盛像では、周囲のイチョウが黄色くライトアップされ、夜空の下に大きな銅像が浮かび上がっていました。西郷隆盛は幕末・明治維新期の政治家・軍人。江戸城の無血開城に関わり、のちに西南戦争で生涯を終えました。
上野の像は1898年(明治31年)12月18日に除幕されました。人物の制作は彫刻家高村光雲、傍らの犬は後藤貞行が担当しています。軍服姿ではなく、着流しで犬を連れて歩く姿が特徴です。犬は「ツン」と呼ばれ、ウサギ狩りへ向かう姿と伝わります。高さは約3.7メートル。顔つきだけでなく、腰の刀や犬の位置、台座の石の造形にも目を向けたい銅像です。
上野は新政府軍と旧幕府側の彰義隊が戦った場所でもあります。西郷像の周囲で幕末の歴史に触れると、すぐ近くの公園が戦場だったという事実を具体的に感じられます。
上野公園の錦絵2点|江戸の東叡山と明治の博覧会を比較

西郷像の近くには、江戸と明治の上野を描いた大きな錦絵の複製が並んでいます。写真の右は初代歌川広重の『東都名所 上野東叡山全図』、左は河鍋暁斎の『東京名所之内 上野山内一覧之図』です。錦絵は複数の版木を使って色を重ねる木版画。鳥瞰的に描かれた建物と道を見比べると、上野の用途の変化が具体的に読み取れます。
右:歌川広重『東都名所 上野東叡山全図』
天保年間(1830~1844年)の作品で、寛永寺の根本中堂をはじめ、門、堂塔、塔頭、参道などを広い画面に配置しています。台東区立図書館の資料目録には、寛永寺五重塔、鐘楼、文殊楼、黒門、本坊などが画題の要素として挙げられています。現在の公園の敷地に寺の堂宇が密集していたことが分かります。参詣する人々や桜のある風景は、上野が江戸の行楽地でもあったことを伝えます。
左:河鍋暁斎『東京名所之内 上野山内一覧之図』
明治期の内国勧業博覧会を描いた鮮やかな錦絵です。写真のように洋風の建物や博覧会施設、旗、行き交う人々が画面を埋め、江戸期の寺院中心の景観から大きく変わっています。東京都立図書館・玉川大学教育博物館が紹介する1881年(明治14年)の同題作には、第2回内国勧業博覧会の美術館や教育博物館、清水堂、弁才天、不忍池などが描かれます。暁斎には同じ題名の1877年の作例も伝わり、いずれも上野の近代化を考える貴重な資料です。
1877年の第1回、1881年の第2回と、上野では産業や美術を紹介する大きな博覧会が開催されました。第2回に際して整えられた洋風美術館は建築家ジョサイア・コンドルの設計です。会場となった上野に博物館や美術館が集まる背景には、こうした明治期の都市整備がありました。壁面の2枚は、同じ場所の時代の違いを一度に見られる歴史資料です。
清水観音堂と月の松|江戸の名所を夜景で

上野の斜面に建つ清水観音堂は1631年(寛永8年)に創建され、京都の清水寺を手本とした舞台造りの堂です。現在のお堂は重要文化財として守られています。写真に写る「月の松」は、枝を大きな円に曲げた独特の姿で知られ、初代歌川広重の『名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池』にも取り上げられました。
江戸の人々は高台の舞台から不忍池を眺めました。秋の夜は堂が灯りに照らされ、季節を感じる景色になっていました。円形の松とその先の池の位置関係を知ると、浮世絵の構図と現在の景観を見比べる楽しさがあります。
不忍池辯天堂|琵琶湖・竹生島を写した信仰の島


不忍池の中之島にある辯天堂は、江戸時代に天海らが上野の山を京都や比叡山周辺になぞらえて整えた歴史を伝えます。天然の不忍池を琵琶湖、中之島を竹生島に見立て、竹生島の宝厳寺に対応する信仰の場として造られました。当初は船で参拝しましたが、参詣者が増えると橋が架けられました。
お堂は池のどの方角からも拝めるよう八角形です。戦災で焼失した後、現在の建物が1958年(昭和33年)に再建されました。本尊は八本の腕を持つ八臂辯才天で、音楽・芸能の守護神として信仰を集めています。1966年には児玉希望による龍の天井画が奉納されました。
夜の境内では「不忍池辯天堂」と書かれた提灯のある手水舎と、白い提灯が整然と並ぶお堂の正面を撮影しました。昼の参拝とは異なる灯りの表情を楽しめます。拝観を考える場合は、通常の開門・閉門時刻を寺院の案内で確認してから訪れると安心です。
不忍池のハスとイルミネーション|夜景が広がる散歩道


不忍池の水面にはハスの葉や茎が広がり、その向こうには色鮮やかなイルミネーションが続いていました。夏に花が咲くハス池は、11月には葉の色や形も変わり、季節の移ろいが目に入ります。池沿いの園路では観覧を待つ人たちが集まり、夜の上野ならではのにぎわいがありました。
不忍池は江戸時代から景勝地として親しまれ、蓮池や弁天島を描く絵画も数多く残されています。対岸に光る辯天堂と周囲の街の明かりを眺める時間も、今回の歴史散歩の楽しみでした。
このドローンショーについて|Peace of Light 2026
今回の催しは上野観光連盟主催の「Peace of Light 2026」。2026年11月6~8日の会期中、ドローンショーは7日と8日に行う計画で、私たちが訪れた7日のテーマは「ONE LINE ART UENO」、使用機体数は500機、19時30分から約15分間の予定でした。公式観覧場所は不忍池の蓮見デッキ前。国立西洋美術館の世界遺産登録10周年に合わせ、上野の歴史や文化を光で表現する企画です。
20人でドローンショーを楽しむ前には、池越しの会場やイルミネーション、イベントの屋台も見て回りました。夜空に描く演出と対照的に、足元には昔から親しまれてきたハス池や辯天堂があります。
11月7日のドローンショーを、開始約5分前のオープニングトークから本編終了まで収めた動画です。会場の音声とともに、夜空に展開する光の演出を続けてご覧いただけます。


周辺には軽食などの屋台が並び、「上野観光案内 スナックBAR」の赤いテントにも人が集まっていました。ドローンショーに合わせて、夜の公園一帯が催しの場になっていた様子が伝わります。

「Peace of Light」の文字がハス池越しに光り、その奥にはライトアップされた辯天堂が見えました。江戸時代からの景色と現代の光のイベントを同じ場所で楽しめる夜でした。
上野をもっと歩く|関連記事・イベント案内
寛永寺の寺域や上野戦争をさらに詳しく知りたい方には、上野・寛永寺の歴史散歩ガイドがおすすめです。江戸の高台と不忍池の位置関係は、江戸切絵図「下谷絵図」の解説で確認できます。
西郷隆盛像や清水観音堂などを昼の表情と比較するなら、上野公園の紅葉歴史散歩・開催レポートもご覧ください。開催レポート一覧では、ほかの街歩きや見学会の記録を紹介しています。
TimeWalkで身近な史跡を探す
TimeWalk(タイムウォーク)は、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。今回の散歩では利用していませんが、上野公園や不忍池周辺を後日歩く際の参考にできます。イベント開催時は現地の案内や通行規制に従ってください。

