2026年10月15日(木)19時、東京・池袋の立教学院諸聖徒礼拝堂(池袋チャペル)で、英国のオルガニスト、トーマス・トロッター氏によるコンサート「荘厳な英国のオルガン」が開かれます。開場は18時30分。立教学院の歴史、100年以上前に造られたチャペル、英国製パイプオルガン、演奏予定のエルガーとモーツァルトを調べると、この一夜をずっと立体的に楽しめそうです。
立教学院の歩みやチャペルの建築、パイプオルガンの特徴に加え、トーマス・トロッター氏の経歴と演奏予定曲の聴きどころを、主催者のチラシや立教大学などの公式資料をもとに紹介します。
コンサートの基本情報とチラシ
- 催し:立教学院チャペルコンサート「荘厳な英国のオルガン」(大学公式案内では「第2回 学院チャペルコンサート」)
- 日時:2026年10月15日(木)開場18:30/開演19:00。公演時間は約1時間の予定
- 会場:立教学院諸聖徒礼拝堂(池袋チャペル、立教大学池袋キャンパス)
- 演奏:トーマス・トロッター(Thomas Trotter)/パイプオルガン
- 料金・定員:入場無料、定員200名、事前申込制
- 主催:立教大学チャプレン室(立教学院オルガン委員会企画)
申込状況に注意:立教大学の公式案内には「定員に達したので申込みを終了しました」と記載されています。チラシにある申込期間は10月1日17時までです。事前に申し込んでいない場合、当日そのまま入場できるとは案内されていません。また公式案内によれば、公演の模様は収録し、後日チャペル公式YouTubeチャンネルで配信予定です(配信は現時点で未実施)。

立教学院とは――築地の小さな私塾から池袋へ
立教の出発点は1874(明治7)年。アメリカ聖公会の宣教師、チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が、東京・築地の外国人居留地に聖書と英学を教える私塾を開いたことにさかのぼります。のちに立教学校となり、1907年には専門学校令による立教大学が発足。1918(大正7)年9月11日に大学は築地から池袋へ移転しました。翌1919年には本館・礼拝堂・図書館などの落成式が行われます。
ここで大切なのは、チャペルが単にキャンパスに併設された演奏会場ではないことです。立教はキリスト教に基づく教育を建学の柱とし、礼拝、聖書、音楽も大学生活や教育の一部に位置づけてきました。校舎・図書館・寄宿舎・食堂・礼拝堂がまとまって造られた池袋キャンパスには、学問と日々の生活をつなぐ設計思想も表れています。立教大学の歴史・沿革から、その流れを追えます。
会場の立教学院諸聖徒礼拝堂――1918年の赤レンガ建築

諸聖徒礼拝堂は1918年竣工。立教大学の本館や旧図書館と同時期に建てられた歴史的な赤レンガ建築です。高い天井にトラスを架け、レンガの壁に石材や木部を組み合わせた空間は、音楽を楽しむ場所であると同時に、礼拝を続けてきた場所でもあります。1996年の屋根・外壁修復や1998~99年の免震工事を経て、1999年には東京都選定歴史的建造物になりました。
名称の「諸聖徒」は英語の All Saints に当たります。立教大学の沿革記事によれば、建設や内装にはアメリカ聖公会関係者の寄付と記念の思いが込められており、当初のオルガンはジョン・マキム主教の夫人を記念するものでした。演奏だけに集中するのも魅力的ですが、入場時には会場のレンガ壁、天井、聖歌隊席とオルガンの位置関係にも注目したいところです。立教大学による竣工100周年の解説が詳しい参考になります。
池袋チャペルのオルガンは3代目――英国ティッケル社製

池袋チャペルのパイプオルガンには、実は3代にわたる歴史があります。初代は米国エスティ社製で、創建期から礼拝を支えた楽器です。1971年ごろには老朽化で音が出なくなり、のちに愛知県の博物館明治村へ寄贈されました。2代目は1984年に設置されたドイツのベッケラート社製。現在はチャペル会館のマグノリア・ルームへ移設されています。そして3代目が2013年10月に完成披露された英国のティッケル(Kenneth Tickell & Company)社製です。
立教大学が発表した設計解説では、この楽器はイギリス・ロマン派様式。3段の手鍵盤をもち、音色を切り替えるストップを組み合わせることで、柔らかな響きから華麗な音響まで作り出せる構成です。3段目には独立したソロ・ストップが置かれ、足鍵盤の低音側には16フィート級の太いパイプ群が用いられています。鍵盤だけではなく「ストップ(音色の組み合わせ)をどう選ぶか」がオルガニストの表現の大きな部分になります。

今回のテーマが「英国のオルガン」なのは、奏者が英国人であるだけでなく、この礼拝堂そのものに英国ロマン派の音色を志向して造られた楽器があるからでもあります。立教大学の3代のパイプオルガンをたどる写真資料と、2013年の新オルガン解説を合わせて読むと、楽器が歴史の中で受け継がれてきたことが分かります。
トーマス・トロッターとは――英国オルガン界を代表する奏者
出演するトーマス・トロッター(Thomas Trotter)氏は、英国を拠点に世界各地で演奏する著名なオルガニストです。ケンブリッジ大学キングス・カレッジでオルガン・スカラーを務め、パリでマリー=クレール・アランに学びました。1982年にロンドンのセント・マーガレット教会のオルガニストとなり、1983年からバーミンガム市オルガニストとしてタウン・ホールやシンフォニー・ホールの演奏会に携わってきました。
ロイヤル・フィルハーモニック協会の器楽奏者賞(2002年)、ロイヤル・カレッジ・オブ・オルガニスツのメダル(2016年)などを受賞。2020年には英国の「クイーンズ・メダル・フォー・ミュージック」を授与されています。ヨーロッパの音楽祭や世界のコンサートホールでの演奏経験に加え、英国音楽、フランス音楽、オーケストラ作品のオルガン編曲など広いレパートリーを持つ点にも注目です。経歴は立教大学の出演者紹介とウェストミンスター寺院による公式略歴で確認できます。
当日配布プログラム――掲載された全曲目
当日配布されたプログラムには、事前のチラシに載っていた2曲のほか、スタンフォード、ペープシュ、ジャン・アラン、ウォルステンホルムなどの作品も記されていました。以下は配布資料の記載順です。

- チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード「幻想曲とトッカータ ニ短調」Op.57(Fantasia and Toccata in D minor)
- ヨハン・クリストフ・ペープシュ「3つのヴォランタリー」(フルート/トランペット/フーガ)
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト「幻想曲 ヘ短調」KV608
- ジャン・アラン「クレマン・ジャヌカンの主題による変奏曲」JA118
- ジャン・アラン「連祷」JA119
- ウィリアム・ウォルステンホルム「問いかけ」Op.13-1(The Question)
- ウィリアム・ウォルステンホルム「返答」Op.13-2(The Answer)
- エドワード・エルガー「朝の歌」(Chanson de Matin、A. H. ブリューワー編曲)
- エドワード・エルガー「威風堂々」行進曲 第1番 ニ長調 Op.39-1(E. H. レメア編曲)
英国の作曲家による作品を中心に、モーツァルトの幻想曲やフランスのジャン・アランの作品も組み合わされたプログラムです。オルガンのさまざまな音色や、時代による音楽の違いを楽しめる構成となっています。
エルガー「威風堂々」第1番――オーケストラ曲を一人で奏でる
チラシに記載されているのは、エドワード・エルガーの行進曲「威風堂々」第1番 ニ長調 Op.39-1、E. H. レメア(エドウィン・ヘンリー・レメア)編曲のオルガン版です。原曲は1901年に初演された英国を代表する管弦楽曲の一つ。中間部の幅広い旋律は、のちに歌詞を付けた「Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)」としても知られるようになりました。
オーケストラ版では弦楽器・金管楽器・打楽器が分担する迫力を、オルガン版では一人の奏者が複数の鍵盤・足鍵盤・ストップの操作で組み立てます。勇壮な冒頭から歌うような中間部へ移るとき、音色と音量をどう変えるかが聴きどころです。編曲者レメア自身も、英国に生まれた著名なオルガニストで、管弦楽作品をオルガンに移した編曲で知られています。楽曲の成立や英国での受容はエルガー協会の作品解説、編曲についてはレメア作品資料が参考になります。
モーツァルト「幻想曲 ヘ短調 K.608」――機械仕掛けのオルガンから生まれた大曲
当日配布プログラムにも掲載されているのが、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「幻想曲 ヘ短調 KV608」です。興味深いことに、この曲は現在のような鍵盤付きの教会オルガンのためではなく、時計仕掛けの機械オルガンのために1791年に作曲されました。モーツァルト自身の作品目録には「時計のためのオルガン曲」という趣旨で記されており、ザルツブルクのモーツァルテウム財団による『新モーツァルト全集』の解説でも、1791年3月3日付の作品として確認できます。
曲は重々しいヘ短調の主題、対位法的な掛け合い、歌うように穏やかな中間部など、いくつもの表情を見せます。もともと機械的に奏でることを前提にした作品を、実際の演奏家がテンポ、フレーズ、音色の変化によってどう音楽的に聴かせるかが面白いところ。エルガーの華やかな英国行進曲と並べると、英国式の楽器が異なる時代・地域の音楽にどう応えるのかも聴き比べられます。資料:『新モーツァルト全集』校訂報告(英語、PDF)。
鑑賞当日に意識したい3つのこと
- 建物の響き:礼拝堂という空間では、音の出る位置だけでなく残響も音楽の一部になります。最初の一音がどのように広がり、どのように消えるか耳を澄ませたいところです。
- 手と足、ストップの操作:パイプオルガンは両手だけでなく足でも旋律や低音を奏で、音色を組み替えます。操作卓が見える席かどうかにかかわらず、同じ楽器から異なる楽器群のような音が生まれることを楽しめます。
- 時代の聴き比べ:1901年初演のエルガーと1791年作曲のモーツァルトでは、音楽の語り口が大きく異なります。どちらも一台の英国製オルガンで鳴る点が今回の楽しみです。
なお、チャペルは通常の音楽ホールとは異なり、礼拝の場でもあります。撮影・録音、座席や入退場については当日の主催者の案内に従いましょう。チャペル内の撮影が自由に認められているわけではありません。
立教大学と池袋をさらに知る――関連記事
音楽とともに歴史的建築にも関心がある方には、ゆる歴史散歩会の立教大学池袋キャンパス建築ガイドがおすすめです。モリス館、諸聖徒礼拝堂、第一食堂、旧江戸川乱歩邸などの歴史と見学条件をまとめています。大学がなぜ池袋に移ったのか、街の成り立ちから知りたい場合は池袋駅の歴史解説を。また、散策の参考には池袋駅周辺8スポットの歴史散歩レポートもあります。
周辺の史跡を自分のペースで探すなら、TimeWalkは現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探して楽しめるWebアプリです。ただし、大学構内や礼拝堂の見学・入場は施設と主催者の案内が優先されます。
まとめ――「英国のオルガン」を池袋で聴く意味
1874年に築地で始まった立教学院、1918年に完成した赤レンガのチャペル、2013年に迎えた英国製の3代目オルガン。その場所で、英国の名オルガニストが、エルガーとモーツァルトを演奏する――今回のコンサートは、学校史・建築史・楽器史・音楽史が重なる機会です。開催後のレポートでは、実際に聴いた音色や会場の様子を、確認できた範囲であらためて記録したいと思います。
参考にした主な公式資料
- 立教大学「第2回 学院チャペルコンサート」(開催日時・申込状況・出演者)
- 立教大学「歴史・沿革」(創立と池袋移転)
- 立教大学「チャペルと礼拝」(礼拝堂と建築)
- 立教大学「3代にわたる立教学院諸聖徒礼拝堂のパイプオルガン」
- 立教大学「新パイプオルガン導入」(楽器の設計)
- Westminster Abbey: Thomas Trotter(奏者略歴)
- Elgar Society: Pomp and Circumstance Marches、Neue Mozart-Ausgabe(作品解説)

