2026-08

日本史・社会制度

西村久左衛門とは? 私財で最上川の舟路を開いた米沢藩御用商人

京都の米沢藩御用商人・西村久左衛門は、1693~94年に最上川上流の難所を私財で開削しました。置賜から酒田へ続く舟運が米沢藩の米や青苧を全国市場へ運び、長井を商業都市へ変えていく過程をたどります。
日本史・社会制度

東北三大地主とは? 酒田本間家・秋田池田家・石巻齋藤家を比較

酒田本間家・秋田池田家・石巻齋藤家は、近代の「東北三大地主」と呼ばれました。同じ千町歩級の地主でも、土地を増やした方法、農業経営、小作関係、公益活動は大きく違いました。三家を同じ物差しで比較します。
日本史・社会制度

東北の豪商たち――本間家はどれほど異例だったのか?

酒田本間家だけが東北を代表する豪商だったのか。秋田の那波家、弘前の武田甚左衛門、野辺地の野村治三郎家、さらに江戸・大坂から東北諸藩を支えた金主を比較し、豪商の役割と本間家の特徴をたどります。
日本史・社会制度

江戸時代、大名は誰から金を借りた? 大名貸と豪商のしくみ

十万石の大名でも、江戸藩邸へ送る現金が足りなければ商人から借りました。年貢米を信用にした当用貸、蔵屋敷と掛屋、鴻池・加島屋・三井、本間家、薩摩藩の250年払いまで、江戸時代の大名貸をたどります。
日本史・社会制度

正保年中江戸絵図で見る江戸城|家光時代の本丸・西の丸・北の丸・吹上

正保元〜2年(1644〜1645)ごろの「正保年中江戸絵図」から、徳川家光時代の江戸城を読み解きます。本丸・西の丸・北の丸・吹上・西の丸下の役割、現存する田安門、明暦の大火前の城内構造を解説します。
日本史・社会制度

正保年中江戸絵図とは?明暦の大火前・1640年代の江戸を読む

国立公文書館「正保年中江戸絵図」から、1644~1645年ごろの江戸を読み解くための入門。徳川家光、参勤交代、人口、江戸の範囲、隅田川東岸、水運、明暦の大火前後まで、古地図を見る前に知りたい時代背景を解説します。
日本史・社会制度

日本一の大地主・本間家とは? 土地集積・小作争議・農地改革

酒田の豪商・本間家は、江戸後期から土地を集積し、近代には日本最大級の地主となりました。農業改良を進めた地方名望家の顔と、小作人を抱える巨大地主の顔を、1925年の小作争議と戦後農地改革まで追います。
戦争・記憶・人権

なぜ庄内藩は戊辰戦争で強かった? 本間家・酒田商人・洋式兵器

戊辰戦争で勝利を重ねた庄内藩。その強さは一つの理由では説明できません。江戸市中取締で培った経験、指揮官と大隊編成、本間家の資金、外国商人からの洋式兵器、酒田町兵・農兵まで、総力戦の実態を追います。
日本史・社会制度

上杉鷹山の改革を支えた金はどこから来た? 米沢藩と豪商たち

上杉鷹山の改革は、倹約と精神論だけで進んだものではありません。巨額の借財を抱えた米沢藩は江戸・越後・酒田の金主から資金を調達し、その金を殖産や農村復興へ投じました。米沢藩と豪商たちの関係を追います。
日本史・社会制度

なぜ酒田は栄えた? 最上川・北前船・紅花がつないだ山形

江戸時代の酒田は、最上川と日本海が出会う巨大な物流拠点でした。米・紅花・青苧が内陸から集まり、西廻り航路と北前船で全国へ運ばれる仕組みから、酒田繁栄の理由をたどります。
日本史・社会制度

酒田本間家とは? 北前船・米沢藩・戊辰戦争から見る豪商の260年

「本間様には及びもせぬ」と歌われた酒田本間家。商業・金融・地主経営を柱に、米沢藩への大名貸、北前船交易、戊辰戦争の軍資金・武器調達、近代の巨大地主経営まで約260年の歩みをたどります。
博物館・美術館・文化施設

日本芸術院とは?日本美術院・院展・文展・帝展・日展の違いを歴史から解説

日本芸術院は何をする組織なのか。日本美術院・院展との違い、文展から帝展・新文展・日展へ続く官展の系譜、1935年の松田改組、1958年の日展分離、歴代院長、現在の会員制度と日本芸術院賞まで、近代日本の芸術制度を一枚の地図から読み解きます。
イベント

クラシックと坂道を楽しむ六本木ナイトウォーク|100万人のクラシックライブと六本木2・3・4丁目の歴史散歩

住友不動産六本木グランドタワーで「100万人のクラシックライブ」を鑑賞したあと、六本木2・3・4丁目の坂道、三河台公園、アメリカ大使館職員宿舎を歩いた開催レポート。六本木の地形・旧町名・都市史を現地写真15枚とともに紹介します。
日本史・社会制度

精神科患者150人にツツガムシ病原体を接種|新潟大学の「発熱療法」は人体実験だったのか

1952~56年、新潟精神病院の患者150人にツツガムシ病原体が接種されました。発熱療法、11人の皮膚切除、新潟大学桂内科の研究、国会・法務省調査、広まった死亡人数の誤解まで一次資料で解説します。
日本史・社会制度

関東大震災後、東京はなぜ学校の隣に52の公園をつくったのか|復興小学校と復興小公園

関東大震災で東京市の小学校117校が焼失しました。東京市は鉄筋コンクリート造の復興小学校を再建し、52校では隣に小公園を整備。教育、遊び、地域交流、避難、防火を一体化した都市計画と、現在も49公園が残る理由を解説します。
日本史・社会制度

日本の山に9000km超の鉄道があった|森林鉄道はなぜ生まれ、なぜ消えたのか

日本の国有林には、歴史上累計1,284路線・9,102kmの森林鉄道が築かれました。川流しから鉄道への転換、木曽400km超の路線網、住民や理髪車まで運んだ生活交通、1959年の道路転換、現在も残る森林鉄道まで解説します。
日本史・社会制度

夢の島「ハエ大発生事件」|東京のごみ処理はなぜ破綻したのか

1965年、夢の島から大量のハエが東京の市街地へ飛来しました。高さ20mの生ごみの断崖、ヘリによる殺虫剤散布、DDTに770倍以上の抵抗性を持つイエバエ、焦土作戦、そして衛生埋立への転換までを追います。
戦争・記憶・人権

海底の不発弾は今も残っている?磁気探査船と日本の不発弾探査の歴史

日本の海底には、第二次世界大戦中に敷設・投下された機雷や爆弾が残っている可能性があります。港湾工事前に行われる磁気探査とは何か。磁気探査船の仕組み、1972年の事故、実際の発見例、現在の全国の探査まで初心者向けに解説します。
日本史・社会制度

1918年スペインかぜ、日本政府は何をしていたのか|延べ2380万人と38万8727人の記録

1918年のスペインかぜで、内務省は延べ2380万人の患者と38万8727人の死亡を記録しました。休校、救療、予防心得、マスク、48万枚の標語札、ポスター、細菌ワクチン、1921年の学校閉鎖方針まで、日本政府が流行から学びながら対策を組み立てた3年間を追います。
日本史・社会制度

日本から狂犬病が消えるまで|1950年代、7年で感染を断った犬の登録・予防注射・野犬対策

1950年に867頭の犬で確認された日本の狂犬病は、1957年の猫を最後に国内動物から姿を消しました。犬の登録、年2回の予防注射、野犬捕獲、移動制限、検疫を組み合わせた7年間と、現在も続く世界の狂犬病対策を追います。
日本史・社会制度

日本の試し斬りの歴史|山野永久・山田浅右衛門・御様御用から全国諸藩、明治の禁止まで

江戸時代の試し斬りでは、刀の切れ味を誰が、どこで、何を使って確かめたのでしょうか。山野永久、山田浅右衛門家、御様御用、据物斬り、業物、全国諸藩の違い、刑死体と腑分け、明治政府による禁止まで、史料をもとに日本の試し斬りの歴史をたどります。
日本史・社会制度

山梨県はどうやって「地方病」を終息させたのか|日本住血吸虫症との100年の闘い

甲府盆地を苦しめた地方病(日本住血吸虫症)は、なぜ消えたのか。病原虫の発見、ミヤイリガイ対策、学校検便、殺貝剤、2,179kmのコンクリート水路、農業の変化、1996年の流行終息宣言までをたどります。
予習記事

Wikipediaを初めて編集する方法|信頼できる資料を探して1行改善する実践ガイド

Wikipediaは読むだけでなく、自分で記事を改善できます。初めての人でも実際に1回の編集を完了できるよう、編集候補の探し方、信頼できる資料、出典の付け方、1文の加筆、編集履歴の確認まで順番に解説します。後半ではエディタソンやWikipedia Townの実例も紹介します。
東京・街歩き・都市史

六本木1〜7丁目の歴史|武家屋敷・軍隊・坂・再開発を丁目別にたどる

六本木は、江戸の武家屋敷や旧町、明治の軍用地・大邸宅、戦後の米軍施設や住宅地を経て、複数の再開発で現在の街になりました。1〜7丁目を4つの歴史エリアに分け、約400年の土地利用の変化を比較します。
東京・街歩き・都市史

六本木1丁目の歴史散歩|武家地・住友家・大使館・アークヒルズ・泉ガーデンをたどる

六本木1丁目には、市兵衛町・箪笥町の旧町名、八戸藩南部家や幕臣の武家地、住友家麻布別邸、大使館、首都高速、アークヒルズ、泉ガーデンが重なっています。江戸から2026年の再開発まで土地利用の変化をたどります。
東京・街歩き・都市史

六本木7丁目・乃木坂の歴史散歩|龍土・軍都・国立新美術館・東京ミッドタウンをたどる

六本木7丁目と乃木坂周辺には、龍土の旧町、大名屋敷、歩兵第三連隊、旧乃木邸、戦後の米軍接収、東京大学、国立新美術館、東京ミッドタウンが重なっています。軍都から文化・教育の街へ変わった約400年をたどります。
戦争・記憶・人権

旧日本軍の毒ガス研究・実験・製造網|大久野島から全国の化学兵器拠点をたどる

旧日本軍の化学兵器は、東京で研究され、大久野島で毒剤を製造し、曽根で砲弾へ充填されました。登戸・湯河原・鹿島の動物実験、習志野の訓練、戦後処理まで全国の拠点から解説します。
東京・街歩き・都市史

六本木5〜6丁目の歴史散歩|鳥居坂・国際文化会館・毛利庭園・六本木ヒルズをたどる

六本木5〜6丁目には、鳥居坂台地と日ケ窪の谷、大名屋敷、華族・財閥の邸宅、国際文化会館、毛利庭園、六本木ヒルズが重なっています。江戸から2026年の次期再開発まで、土地利用の変化をたどります。
日本史・社会制度

腑分けの歴史|日本人は人体の中をどう知ったのか――『頓医抄』から『解体新書』、献体まで

人体の中を見る行為は古くからありました。では、なぜ江戸時代の腑分けと『解体新書』が転換点になったのでしょうか。『頓医抄』、本木了意、根来東叔、山脇東洋、河口信任、杉田玄白らの史料をたどり、日本の人体解剖史を献体まで連続して解説します。
東京・街歩き・都市史

六本木2〜4丁目の歴史散歩|坂・武家屋敷・三井邸・再開発をたどる

六本木2〜4丁目には、江戸の武家地と旧町名、明治に開かれた坂、三井家の邸宅、戦後復興、現代の再開発が重なっています。なだれ坂や六本木グランドタワーを歩きながら、約400年の土地利用の変化をたどります。