第1次安倍晋三政権のメンバーはどんな人?33人の閣僚を顔写真付きで解説|経歴・起用・366日の結果

2006年9月26日の第1次安倍内閣の閣僚記念写真

2006年9月26日、小泉純一郎の後を受けて安倍晋三が第90代内閣総理大臣に就任しました。第1次安倍政権は2007年9月26日の総辞職まで366日。教育基本法改正、防衛庁の防衛省昇格、国民投票法など制度面で大きな決定を進めた一方、年金記録問題、閣僚の相次ぐ辞任、参議院選挙の敗北が重なりました。

この1年間に国務大臣を務めた人物は、安倍本人を含め33人です。発足時の18人だけでなく、途中交代と2007年8月の改造で加わった人物も含め、一人ずつ経歴、担当、起用の背景、在任中の仕事、結果、その後を追います。

まず分かる|第1次安倍政権で大臣を務めた33人

人物主な役職一言で分かる注目点
安倍晋三内閣総理大臣小泉政権を継承しつつ教育・憲法・安全保障を前面に
菅義偉総務大臣地方行政・通信・郵政を担当。後の首相
長勢甚遠法務大臣法務・入管行政を担当
麻生太郎外務大臣小泉政権から留任し東アジア外交を担当。後の首相
尾身幸次財務大臣通産官僚出身。財政運営を担当
伊吹文明文部科学大臣教育基本法改正と教育三法を担当
柳澤伯夫厚生労働大臣年金記録問題が表面化した時期の厚労相
松岡利勝農林水産大臣農政通。政治資金問題が追及される中で死去
甘利明経済産業大臣成長・産業・エネルギー政策を担当
冬柴鐵三国土交通大臣公明党のベテラン。交通・住宅・観光を担当
若林正俊環境大臣→農林水産大臣農水相の相次ぐ交代で複数回引継ぎ
久間章生防衛庁長官→防衛大臣防衛省発足時の初代防衛相
塩崎恭久内閣官房長官政権中枢で政策調整を担当
溝手顕正国家公安委員長警察・防災行政を担当
高市早苗内閣府特命担当大臣沖縄・北方、少子化、科学技術など幅広く担当
山本有二金融・再チャレンジ担当大臣金融行政と再チャレンジ政策を担当
大田弘子経済財政政策担当大臣経済学者として成長戦略を担当
佐田玄一郎行政改革担当大臣政治資金問題で2006年12月に辞任
渡辺喜美行政改革担当大臣佐田の後任。公務員制度改革を推進
赤城徳彦農林水産大臣松岡死去後に就任し、政治資金問題で退任
小池百合子防衛大臣久間の後任。女性初の防衛大臣
増田寛也総務大臣元岩手県知事。地方行政の経験を買われて入閣
鳩山邦夫法務大臣改造内閣で法務行政を担当
町村信孝外務大臣外相経験者が改造で再登板
額賀福志郎財務大臣防衛・経済政策経験を持つベテラン
舛添要一厚生労働大臣年金記録問題の処理を引き継ぐ
遠藤武彦農林水産大臣改造直後に補助金問題で辞任
鴨下一郎環境大臣医師出身。環境・健康政策を担当
高村正彦防衛大臣外交・法務経験を持つベテラン
与謝野馨内閣官房長官改造後の政権中枢を担当
泉信也国家公安委員長警察・防災行政を担当
岸田文雄内閣府特命担当大臣初入閣。後の外相・首相
上川陽子少子化・男女共同参画担当大臣初入閣。後に法相・外相

この組閣は何が特徴だったのか

安倍晋三は小泉政権で官房副長官、自民党幹事長、官房長官を務め、拉致問題などで知名度を高めました。小泉政権の構造改革路線を大きく断ち切らず、大田弘子、甘利明、渡辺喜美らが経済・行政改革を担当しました。前政権の流れは「小泉純一郎政権の58人の閣僚と5年5か月の結果」で整理しています。

一方、安倍は「美しい国」を掲げ、教育、憲法改正手続、安全保障を独自の重点分野としました。伊吹文明を文科相、久間章生を防衛庁長官、高市早苗を幅広い内閣府特命担当に配置し、短期間で複数の制度改正を進めました。

閣僚を一人ずつ見る

安倍晋三

安倍晋三内閣総理大臣
安倍晋三内閣総理大臣。2006年の公式肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

安倍晋三あべ しんぞうは岸信介元首相の孫で、官房副長官、自民党幹事長、官房長官を経て52歳で首相に就任しました。教育基本法改正、防衛省発足、国民投票法などを進めましたが、年金記録問題、閣僚の相次ぐ辞任、2007年参院選の敗北で政権運営が弱まりました。

参院選後も続投し8月27日に改造内閣を発足させましたが、9月12日に辞任を表明し、26日に総辞職しました。その後2012年に再び首相となり、2020年まで政権を担当しました。歴代首相の位置づけは「歴代首相一覧と近代日本政治の流れ」でも確認できます。

菅義偉

菅義偉総務大臣
菅義偉総務大臣。2006年の公式肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

総務大臣は地方自治、行政制度、通信・放送、郵政などを担当します。菅は横浜市議を経て国政入りし、総務副大臣経験もありました。郵政民営化の移行準備、地方行政、通信政策などを担当し、2007年8月の改造で退任しました。

その後、第2次安倍政権で約7年8か月官房長官を務め、2020年に首相へ就任しました。首相としての活動は「菅義偉政権の23人の閣僚と384日の結果」で詳しく扱っています。

長勢甚遠

長勢甚遠法務大臣
長勢甚遠法務大臣。2006年9月の公式肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

長勢甚遠は労働省出身で、労働・社会政策に長く関わった衆議院議員です。法務大臣として刑事・民事法制、出入国在留管理、矯正、人権行政を担当しました。2007年8月の改造で退任し、鳩山邦夫へ引き継ぎました。

麻生太郎

麻生太郎外務大臣
麻生太郎外務大臣。2006年9月26日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

麻生太郎は小泉政権から外務大臣を留任しました。安倍首相の就任直後には中国・韓国との首脳外交再開が進み、2006年10月の北朝鮮核実験への制裁など東アジア情勢への対応を担いました。2007年8月の改造で町村信孝に交代し、翌2008年には首相に就任しました。歴代外相の位置づけは歴代外務大臣一覧と日本外交史で確認できます。

尾身幸次

尾身幸次財務大臣
尾身幸次財務大臣。2006年9月26日の公式肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

尾身幸次は通商産業省出身で、経済企画庁長官や科学技術政策担当相を経験していました。財務大臣として予算、税制、国債、財政再建を担当し、小泉改革後の歳出抑制路線を引き継ぎました。2007年8月の改造で額賀福志郎に交代しました。

伊吹文明

伊吹文明文部科学大臣
伊吹文明文部科学大臣。2006年9月26日の公式肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

伊吹文明は大蔵省出身で、労働大臣や国家公安委員長などを経験していました。文部科学大臣として、小泉政権から引き継いだ教育基本法改正案の成立を担当しました。新しい教育基本法は2006年12月22日に公布・施行され、2007年には学校教育法など教育関連三法の改正も成立しました。

柳澤伯夫

柳澤伯夫厚生労働大臣
柳澤伯夫厚生労働大臣。2006年の公式肖像。厚生労働省 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

柳澤伯夫は大蔵省出身で、小泉政権では金融担当相として不良債権処理を担当した経験者です。第1次安倍内閣では厚生労働大臣となり、医療・年金・雇用を担当しました。2007年には基礎年金番号に統合されていない約5,095万件の年金記録が大きな政治問題となり、参院選の主要争点になりました。

8月の改造で舛添要一に交代しました。年金記録の照合作業はその後も長期間続き、安倍政権中に解決した問題ではありません。

松岡利勝

松岡利勝農林水産大臣
松岡利勝農林水産大臣。2006年9月26日の公式肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

松岡利勝は農林水産省出身で、農政を得意分野としてきた政治家でした。農林水産大臣として農業政策、食料政策、林野行政を担当しましたが、政治資金や緑資源機構をめぐる問題が国会で追及されました。2007年5月28日に死去し、若林正俊が一時兼務した後、赤城徳彦が後任となりました。

甘利明

甘利明経済産業大臣
甘利明経済産業大臣。2006年の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

甘利明は商工・産業政策に長く関わり、経済産業大臣として産業競争力、通商、エネルギー、中小企業政策を担当しました。小泉政権から続く成長重視の経済政策を支え、2007年8月の改造後も留任しました。後の第2次安倍政権では経済再生担当相としてアベノミクスやTPP交渉を担当しました。

冬柴鐵三

冬柴鐵三国土交通大臣
冬柴鐵三国土交通大臣。2006年9月の公的肖像。国土交通省 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

冬柴鐵三は弁護士出身で、公明党幹事長などを務めたベテランです。国土交通大臣として道路、鉄道、航空、住宅、河川、観光を担当しました。2007年8月の改造でも留任し、次の福田内閣でも国交相を続けました。

若林正俊

若林正俊農林水産大臣
若林正俊農林水産大臣。2007年の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

若林正俊は農林水産省出身で、発足時は環境大臣を担当しました。松岡利勝の死去後に農水相を一時兼務し、赤城徳彦の退任後には正式に農水相へ移りました。8月27日の改造で遠藤武彦に交代しましたが、遠藤が短期間で辞任したため再び農水相となりました。

一つの政権で農水相を何度も引き継ぐ異例の役割を担い、次の福田内閣でも農水相を続けました。

久間章生

久間章生防衛庁長官・防衛大臣
久間章生防衛庁長官。2006年9月26日の公的肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

久間章生は過去にも防衛庁長官を経験した安全保障分野のベテランです。2007年1月9日に防衛庁が防衛省へ移行したため、久間は初代防衛大臣となりました。自衛隊の国際協力や日米同盟などを担当しましたが、2007年7月、原爆投下をめぐる発言が批判を受けて辞任し、小池百合子が後任となりました。

塩崎恭久

塩崎恭久内閣官房長官
塩崎恭久内閣官房長官。2006年9月26日の公的肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

塩崎恭久は日本銀行勤務を経て国政入りし、官房副長官や外務副大臣を経験していました。官房長官として首相を支え、北朝鮮問題、教育改革、年金問題など省庁横断の政策調整と政府広報を担いました。2007年8月の改造で与謝野馨に交代しました。

溝手顕正

溝手顕正国家公安委員長
溝手顕正国家公安委員長。2006年の公的肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

溝手顕正は広島県三原市長を経て参議院議員となり、国家公安委員長として警察行政、防災などを担当しました。地方行政経験を持つ人物が治安・危機管理分野を受け持つ人事でした。2007年8月の改造で泉信也に交代しました。

高市早苗

高市早苗内閣府特命担当大臣
高市早苗内閣府特命担当大臣。2006年9月26日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

高市早苗はテレビキャスターなどを経て国政入りし、第1次安倍内閣で初入閣しました。沖縄・北方、科学技術、イノベーション、少子化・男女共同参画、食品安全など多数の内閣府分野を担当しました。

その後、総務大臣などを歴任し、2026年には首相として政権を担っています。現在の政権メンバーは「高市内閣の19人と担当政策」で整理しています。

山本有二

山本有二金融担当大臣
山本有二金融担当大臣。2006年9月26日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

山本有二は弁護士資格を持つ衆議院議員で、金融担当相として銀行・証券・保険などの監督を担当しました。あわせて再チャレンジ政策も担い、失敗後の再就職・再起業などを支援する政策の取りまとめに関わりました。2007年8月の改造で退任しました。

大田弘子

大田弘子経済財政政策担当大臣
大田弘子経済財政政策担当大臣。2006年の公的肖像。首相官邸 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

大田弘子は経済学者で、内閣府の経済財政政策部門に関わった経験から民間人として入閣しました。経済財政諮問会議を通じ、成長戦略、歳出改革、労働市場改革などを担当しました。改造後も留任し、次の福田内閣でも経済財政政策担当相を続けました。

佐田玄一郎

佐田玄一郎行政改革担当大臣
佐田玄一郎行政改革担当大臣。2006年の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

佐田玄一郎は行政改革、規制改革、公務員制度改革などを担当しました。小泉政権から引き継いだ「官から民へ」の改革を進めるポストでしたが、政治資金をめぐる問題で2006年12月に辞任しました。渡辺喜美が後任となりました。

渡辺喜美

渡辺喜美行政改革担当大臣
渡辺喜美行政改革担当大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

渡辺喜美は佐田玄一郎の辞任後、行政改革担当相に就任しました。国家公務員制度改革を主要テーマとし、2007年の国家公務員法改正などを進めました。8月の改造後も留任し、次の福田内閣でも行政改革を担当しました。その後、自民党を離党し、みんなの党を結成しました。

赤城徳彦

赤城徳彦農林水産大臣
赤城徳彦農林水産大臣。2007年の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

赤城徳彦は農政分野で活動してきた衆議院議員で、松岡利勝の死去後に農林水産大臣へ就任しました。しかし事務所費など政治資金をめぐる説明が問題となり、参院選後の2007年8月に退任しました。若林正俊が農水相を引き継ぎました。

小池百合子

小池百合子防衛大臣
小池百合子防衛大臣。2007年8月8日、米国防総省で撮影。U.S. Department of Defense / Wikimedia Commons(Public domain)

小池百合子は小泉政権で環境大臣を務め、安全保障分野にも関わっていました。久間章生の辞任後、2007年7月に女性として初めて防衛大臣に就任しました。約2か月の短い在任で、8月の改造では再任されず、高村正彦に交代しました。その後2016年に東京都知事へ就任しました。

増田寛也

増田寛也総務大臣
増田寛也総務大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

増田寛也は建設省出身で、1995年から2007年まで岩手県知事を務めました。地方行政の実務経験を買われ、8月改造で民間閣僚として総務大臣に就任しました。改造内閣は短期間で終了しましたが、そのまま福田内閣でも総務相を続けました。

鳩山邦夫

鳩山邦夫法務大臣
鳩山邦夫法務大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

鳩山邦夫は文部大臣、労働大臣などを歴任したベテランで、8月改造で法務大臣に就任しました。刑事・民事法制、出入国管理、矯正などを担当し、短期間の第1次安倍改造内閣を経て福田内閣でも法相を続けました。

町村信孝

町村信孝外務大臣
町村信孝外務大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

町村信孝は外務省出身で、すでに外務大臣経験がありました。8月改造で麻生太郎の後任として外相に再登板しましたが、安倍の辞任により在任は約1か月でした。次の福田内閣では官房長官へ移りました。

額賀福志郎

額賀福志郎財務大臣
額賀福志郎財務大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

額賀福志郎は防衛庁長官や経済企画庁長官などを経験したベテランです。8月改造で財務大臣に就任し、財政・税制を担当しました。第1次安倍改造内閣の終了後も福田内閣で財務相を続け、後に衆議院議長となりました。

舛添要一

舛添要一厚生労働大臣
舛添要一厚生労働大臣。2007年8月の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

舛添要一は国際政治学者、テレビ出演などを経て参議院議員となり、8月改造で厚生労働大臣に就任しました。最大の任務は年金記録問題の処理でした。改造内閣の終了後も福田・麻生両内閣で厚労相を続け、照合・通知などの対応を進めました。後に東京都知事を務めました。

遠藤武彦

遠藤武彦農林水産大臣
遠藤武彦農林水産大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

遠藤武彦は農政に関わってきた衆議院議員で、8月27日の改造で農林水産大臣に就任しました。しかし関係する農業共済組合の補助金問題が発覚し、約1週間で辞任しました。若林正俊が再び農水相となり、農水相の相次ぐ交代を象徴する人事になりました。

鴨下一郎

鴨下一郎環境大臣
鴨下一郎。2007年撮影の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

鴨下一郎は医師出身で、環境・健康政策に関わってきました。8月改造で環境大臣となり、温暖化対策や廃棄物、自然環境行政を担当しました。安倍改造内閣終了後も福田内閣で環境相を続けました。

高村正彦

高村正彦防衛大臣
高村正彦。2007年9月26日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

高村正彦は弁護士出身で、外務大臣、法務大臣などを経験したベテランです。8月改造で小池百合子の後任として防衛大臣となり、防衛省発足後の組織運営と安全保障政策を担当しました。次の福田内閣では外務大臣へ移りました。

与謝野馨

与謝野馨内閣官房長官
与謝野馨内閣官房長官。2007年の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

与謝野馨は通産大臣、経済財政政策担当相などを経験し、財政・経済政策に詳しいベテランでした。8月改造で官房長官となり、参院選敗北後の政権立て直しを支える役割を担いました。しかし安倍が9月12日に辞任を表明したため、在任は約1か月でした。

泉信也

泉信也国家公安委員長
泉信也国家公安委員長。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

泉信也は運輸省出身の参議院議員で、8月改造で国家公安委員長、防災担当相となりました。警察行政、治安、大規模災害への政府調整を担当し、次の福田内閣でも同じ役割を続けました。

岸田文雄

岸田文雄内閣府特命担当大臣
岸田文雄内閣府特命担当大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

岸田文雄は自民党の国会議員として外交・地域政策などに関わり、8月改造で初入閣しました。沖縄・北方、再チャレンジ、科学技術など複数の内閣府特命分野を担当しました。第1次安倍改造内閣の後も福田内閣で担当相を続け、後に外務大臣、自民党総裁を経て2021年に首相となりました。

上川陽子

上川陽子少子化対策・男女共同参画担当大臣
上川陽子少子化対策・男女共同参画担当大臣。2007年8月27日の公的肖像。内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

上川陽子はシンクタンク勤務などを経て国政入りし、8月改造で初入閣しました。少子化対策、男女共同参画などを担当し、短期間の改造内閣終了後も福田内閣で担当を続けました。後に法務大臣、外務大臣を歴任しました。

1年間で誰が入れ替わった?

時期交代理由・背景
2006年12月佐田玄一郎 → 渡辺喜美政治資金問題を受け佐田が辞任
2007年5月松岡利勝 → 若林正俊(兼務)松岡が死去
2007年6月若林正俊 → 赤城徳彦農水相の後任を正式任命
2007年7月久間章生 → 小池百合子原爆投下をめぐる発言で久間が辞任
2007年8月赤城徳彦 → 若林正俊政治資金問題を受け赤城が退任
2007年8月27日内閣改造参院選敗北後、12人の新任閣僚を起用して立て直し
2007年9月遠藤武彦 → 若林正俊補助金問題を受け遠藤が短期間で辞任

農林水産大臣はなぜ何度も交代した?

第1次安倍政権で最も人事が不安定だったのが農林水産大臣です。発足時の松岡利勝が2007年5月28日に死去し、環境相の若林正俊が一時兼務しました。その後、赤城徳彦が就任しましたが、政治資金をめぐる問題で8月に退任し、若林が再び農水相を担当しました。

8月27日の改造では遠藤武彦が新しい農水相となりましたが、補助金問題が発覚して約1週間で辞任しました。そのため若林が再度就任しました。政策能力だけでなく、閣僚の政治資金・組織管理をめぐる問題が政権全体への信頼に影響した時期でした。

就任時に期待された仕事はどうなったか

安倍政権中に成立・実施まで進んだもの

政策主な担当政権中の到達点
教育基本法改正安倍晋三・伊吹文明2006年12月成立、12月22日公布・施行
防衛庁の防衛省昇格安倍晋三・久間章生2007年1月9日、防衛省発足
教育関連三法改正伊吹文明2007年成立
国家公務員制度改革渡辺喜美2007年に国家公務員法改正

安倍政権で法制化し、後に本格施行されたもの

政策安倍政権での到達点その後
国民投票法2007年5月成立・公布2010年5月18日に全面施行

小泉政権から引き継いだもの

政策安倍政権での位置づけ
教育基本法改正法案は小泉政権期に提出。安倍政権で成立・施行
防衛省昇格小泉政権期から法案準備・国会審議。安倍政権で成立・発足
国民投票法制関連法案は小泉政権期に国会提出。安倍政権で成立
構造改革・成長政策小泉改革を大田弘子、甘利明、渡辺喜美らが継続

教育基本法・防衛省・国民投票法は何を変えた?

教育基本法改正は第1次安倍政権を代表する制度改革です。改正案は小泉政権期から国会で審議されていましたが、安倍政権で2006年12月に成立し、12月22日に施行されました。教育の目標や家庭教育、学校・家庭・地域の連携などが新たに明記されました。

防衛庁は2007年1月9日に防衛省へ移行しました。これにより防衛庁長官は防衛大臣となり、防衛行政の組織上の位置づけが変わりました。久間章生が初代防衛大臣です。

国民投票法は2007年5月に成立・公布され、憲法改正案を国民投票に付すための手続きを定めました。憲法そのものを改正した法律ではありません。全面施行は2010年5月で、安倍政権中には法律成立まで到達した政策です。

年金記録問題と参院選敗北

2007年、基礎年金番号に統合されていない年金記録が約5,095万件あることが大きな政治問題となりました。政府は照合・通知などの対策を進めましたが、短期間で完了できる規模ではなく、処理は次の福田・麻生政権以降にも続きました。

年金記録問題に加え、農水相を中心とする閣僚の相次ぐ問題、久間防衛相の辞任などが重なり、2007年7月29日の参議院選挙で自民党は大敗しました。与党は参議院で過半数を失い、衆議院と参議院で多数派が異なる「ねじれ国会」へ入ります。

改造内閣はなぜ短期間で終わった?

安倍首相は参院選敗北後も続投し、2007年8月27日に内閣を大幅改造しました。増田寛也、舛添要一、町村信孝、額賀福志郎、高村正彦、与謝野馨、岸田文雄、上川陽子らを起用し、政権の立て直しを図りました。

しかし発足直後に遠藤武彦農水相が辞任し、政治的な立て直しは進みませんでした。参議院で与党が少数となったため法案審議も難しくなり、テロ対策特別措置法の延長など重要課題が迫っていました。安倍は9月12日に辞任を表明し、26日に福田康夫内閣へ交代しました。参院選敗北だけでなく、年金問題、閣僚人事、ねじれ国会、政権運営の弱体化が重なった末の退陣でした。

33人の閣僚たちはその後どうなったか

第1次安倍内閣には、その後の日本政治を担う人物が多くいました。菅義偉は2020年、岸田文雄は2021年、高市早苗は2026年に首相となり、麻生太郎も2008年に首相を務めています。町村信孝、額賀福志郎、伊吹文明は衆議院議長、高市や菅は総務大臣、上川陽子は法務大臣・外務大臣を歴任しました。

一方、佐田玄一郎、久間章生、赤城徳彦、遠藤武彦のように、第1次安倍政権中の辞任が政治経歴の大きな転機になった人物もいます。小池百合子は防衛相を短期間務めた後、2016年に東京都知事へ就任しました。渡辺喜美は後に自民党を離れ、みんなの党を結成しました。

第1次安倍政権の主要な出来事を時系列で見る

  • 2006年9月26日 第1次安倍内閣発足。
  • 2006年10月 北朝鮮が核実験。日本政府が制裁を強化。
  • 2006年12月22日 改正教育基本法が公布・施行。
  • 2006年12月 佐田玄一郎行政改革担当相が辞任、渡辺喜美が後任。
  • 2007年1月9日 防衛省発足。久間章生が初代防衛大臣。
  • 2007年5月18日 国民投票法公布。
  • 2007年5月28日 松岡利勝農水相が死去。
  • 2007年6月 赤城徳彦が農水相に就任。
  • 2007年7月 久間章生防衛相が辞任、小池百合子が後任。
  • 2007年7月29日 参議院選挙で自民党が大敗。
  • 2007年8月 赤城徳彦農水相が退任、若林正俊が後任。
  • 2007年8月27日 第1次安倍改造内閣発足。
  • 2007年9月 遠藤武彦農水相が短期間で辞任、若林正俊が再び後任。
  • 2007年9月12日 安倍首相が辞任を表明。
  • 2007年9月26日 第1次安倍内閣総辞職。福田康夫内閣へ。

政権シリーズ:小泉純一郎第1次安倍晋三(現在の記事)福田康夫麻生太郎鳩山由紀夫菅直人野田佳彦第2次~第4次安倍晋三菅義偉岸田文雄石破茂高市内閣

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外交の背景:日米・日中・日韓・日露関係を形づくった条約・共同声明

主な一次資料